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願いを魔法に  作者: 由吉


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第2章 第17話 赤金色の魔法使い

地面が砕けた。


アメリアさんの身体が、まっすぐユニちゃんへ迫る。


右手の白い剣には炎。


左手の白い剣には水。


赤と青の光が交差する。


ユニちゃんは動かない。


「ユニちゃん!」


私が名前を呼んだ時には、アメリアさんの右の剣が振り下ろされていた。


炎が地面を走る。


ユニちゃんの姿が、その中へ飲み込まれた。


熱が離れた場所にいる私のところまで届く。思わず腕で顔を隠した。


けれど、アメリアさんの攻撃は止まらない。


左の剣が横へ振り抜かれる。


大量の水が炎へぶつかった。


白い蒸気が爆発する。


採石場の一角が、何も見えないほどの白に覆われた。


「どこを見ているの?」


声が聞こえた。


でも、アメリアさんの姿は見えない。


白い蒸気の中で、金属がぶつかるような高い音が続く。


一度。


二度。


三度。


それより先は、数えられなかった。


蒸気が風に押し流される。


アメリアさんが、ユニちゃんのすぐ前にいた。


右から炎。


左から水。


二本の剣が、違う方向からユニちゃんの身体へ迫っている。


ユニちゃんは、その間を一歩だけ後ろへ下がった。


二本の剣が、目の前で交差する。


アメリアさんが手首を返す。


切っ先が向きを変えた。


ユニちゃんの青いコートへ、炎をまとった白い剣が触れる。


「――取った!」


アメリアさんが叫ぶ。


炎が膨れ上がった。


轟音と一緒に、ユニちゃんの身体が炎の中へ消える。


私は長杖を強く握った。


けれど、炎が消えた後。


ユニちゃんは、同じ場所に立っていた。


青いコートには傷一つない。


焦げた跡も、切れた場所もなかった。


銀色の髪さえ、変わっていない。


「硬いのね、その服」


アメリアさんは驚いていた。


それでも、止まらない。


左の剣から水が伸びる。


鞭のように曲がり、ユニちゃんの足へ巻きつこうとする。


ユニちゃんが飛び上がった。


水が空を切る。


その瞬間、アメリアさんの足元で風が弾けた。


アメリアさんも地面を離れる。


空中で身体を回転させながら、ユニちゃんへ追いついた。


「逃がさない!」


二本の剣が振るわれる。


ユニちゃんは身体を傾け、右の剣を避ける。


続く左の剣を、コートの袖で受けた。


水が弾ける。


その水滴が、青いコートへ触れたまま凍った。


ユニちゃんの左腕が氷に包まれる。


アメリアさんが笑った。


「それなら、動けないでしょう!」


右の剣を大きく引く。


炎が剣へ集まっていく。


ユニちゃんが左腕を小さく振った。


氷が砕け、細かな光になって落ちる。


「なっ――」


アメリアさんの表情が崩れた。


でも、その驚きは一瞬だった。


炎をまとった右の剣が、空中で振り抜かれる。


赤い光が、横一線に走った。


ユニちゃんは、その上へ身体を浮かせる。


炎が背後の岩壁へぶつかった。


岩が赤く染まり、内側から破裂する。


崩れた石が地面へ落ちていく。


アメリアさんは、さらに上へ飛んだ。


風が赤い髪を大きく揺らしている。


「まだよ!」


左手の剣が光った。


ユニちゃんの周りに、水の塊がいくつも現れる。


一つ一つが、鋭い槍へ形を変えた。


前。


後ろ。


左右。


下。


逃げ道を塞ぐように、すべての水の槍がユニちゃんへ向く。


アメリアさんが左の剣を振り下ろした。


水の槍が、一斉に放たれる。


ユニちゃんの姿が動いた。


一つ目を横へ避ける。


二つ目の横を抜ける。


三つ目へ手を触れ、向きを変える。


向きを変えられた水の槍が、四つ目とぶつかって砕けた。


残った槍が後ろから迫る。


その直前、ユニちゃんの姿が少しだけ沈んだ。


頭の上にいたにゃん吉君が、ふわりと離れる。


「ワン」


白い身体が空中を飛び、私の頭の上へ降りてきた。


「にゃん吉君?」


「ワン」


次の瞬間。


ユニちゃんの身体が地面へ向かって落ちた。


水の槍が、誰もいない空中でぶつかり合う。


ユニちゃんは音も立てずに着地した。


でも、足元が光った。


「そこよ!」


地面から岩の柱が突き上がる。


ユニちゃんが横へ動く。


その先からも、別の柱が伸びた。


一つを避ければ、次の岩が現れる。


前へ進めば地面が割れ、後ろへ下がれば石の壁がせり上がる。


アメリアさんは空中からユニちゃんを見下ろし、両手の剣を動かしている。


ただ大きな魔法を使っているんじゃない。


ユニちゃんがどちらへ動くのかを見ている。


避けるより先に、その場所を潰している。


さっきまでは、その場で攻撃を受けていたユニちゃんが、止まらずに動いている。


それでも、まだ届かない。


岩の柱が伸び切る前に、ユニちゃんは次の場所へ移っている。


アメリアさんが歯を食いしばった。


その姿が空中から消えた。


「え?」


どこへ行ったのか分からなかった。


次に見えた時、アメリアさんはユニちゃんの背後にいた。


短い距離を一瞬で移動している。


白い双剣が、背後からユニちゃんへ振り下ろされる。


ユニちゃんは振り向かない。


身体を横へずらし、二本の剣を避けた。


アメリアさんが再び消える。


右。


左。


上。


背後。


姿が見えるたびに、違う場所から剣が迫る。


炎が走る。


水が弾ける。


風の刃が岩を切る。


地面から石の槍が伸びる。


光の矢が、ユニちゃんの逃げた先へ降り注ぐ。


五つの魔法が、次々に形を変える。


私は目で追うことすらできない。


ユニちゃんの青い姿と、アメリアさんの赤い髪が、採石場の中を何度も行き来する。


光が弾けるたびに、岩が崩れる。


地面が揺れるたび、足元から細かな石が跳ねた。


「これが……Sランク」


声が震えた。


遠くから見ているだけなのに、息が苦しい。


一歩でも中へ入れば、何が起きたのか分からないまま巻き込まれる。


アメリアさんは強い。


間違いなく、強い。


けれど、ユニちゃんを動かすことはできても、その動きを止められない。


アメリアさんが空中で両方の剣を交差させた。


ユニちゃんの周囲へ水が広がる。


逃げる方向へ岩壁が立ち上がった。


さらに風が吹き込み、水を渦のように回転させる。


「凍りなさい!」


水が一瞬で凍った。


ユニちゃんを閉じ込めたまま、氷が大きくなっていく。


地面を覆い、岩壁を飲み込み、さらに外側へ広がる。


採石場の一角を覆うほどの巨大な氷塊が作られた。


その中心に、ユニちゃんがいる。


氷の中には、青い姿が小さく見えた。


今度は、避ける場所そのものがない。


アメリアさんが地面へ降りる。


呼吸が少し乱れていた。


額から汗が流れている。


それでも、両方の剣を地面へ突き立てた。


氷塊の周囲に、何本もの亀裂が走る。


地面が持ち上がった。


左右から巨大な岩盤がせり上がり、氷塊を挟み込む。


「押し潰す!」


岩盤が内側へ動く。


大きな氷塊が、少しずつ圧縮されていく。


亀裂が増える。


氷の砕ける音が、採石場全体へ響く。


岩と氷が中心へ向かい、ユニちゃんのいた場所を押し潰した。


最後に、大きな音が鳴った。


氷塊が砕け散る。


冷たい風が吹き抜けた。


細かな氷が、日の光を反射しながら降ってくる。


その中から、青いコートが見えた。


「ユニちゃん……」


ユニちゃんが、砕けた氷の上に立っていた。


傷はない。


青いコートも、銀色の髪も、戦う前と何も変わっていない。


ユニちゃんは自分の袖についた小さな氷を見た。


それを指で払う。


「冷たかったです」


アメリアさんの眉が動いた。


「それだけ?」


「はい」


「押し潰したのよ」


「はい」


「……どうして、無傷なのよ」


ユニちゃんは答えなかった。


アメリアさんの指が、剣の柄へ強く食い込む。


肩が上下している。


何度も大きな魔法を使った。


空を飛び、転移を繰り返し、五つの魔法を同時に操った。


そのすべてを重ねて、ようやく完全に捕らえた。


それでも、ユニちゃんは何も変わらない。


アメリアさんは一度、深く息を吸った。


「いいわ」


低い声だった。


「ここからは、目で追えると思わないことね」


アメリアさんが、二本の剣を身体の横へ下ろす。


風が止まった。


さっきまで舞っていた砂埃が、急に地面へ落ちる。


何も聞こえない。


その静けさの中で、アメリアさんの声だけが響いた。


「身体強化――極み」


赤い光が、アメリアさんの足元から立ち上った。


髪の根元から、色が変わっていく。


鮮やかな赤に金色の光が混ざる。


毛先まで変わった時、アメリアさんの髪は赤金色に輝いていた。


空気が震える。


足元の地面へ、細かな亀裂が広がった。


アメリアさんの身体からあふれた魔力だけで、周りの小石が浮かんでいる。


ユニちゃんが、初めて少しだけ姿勢を変えた。


アメリアさんの口元が上がる。


「今度こそ、触れる」


地面が爆発した。


そう見えた。


アメリアさんの姿が消えた後で、立っていた場所が砕けた。


次の瞬間には、ユニちゃんの前で白い剣が振るわれている。


ユニちゃんが後ろへ下がる。


アメリアさんが追う。


一歩の間に、何度剣が振られたのか分からない。


白い光だけが、ユニちゃんの周囲へ網のように残る。


ユニちゃんの身体が空中へ浮いた。


アメリアさんも飛ぶ。


風の音が、遅れて地上へ届いた。


空中で光が衝突する。


ユニちゃんが方向を変える。


アメリアさんはその先へ転移する。


剣を振るうと同時に炎を放つ。


避けた場所へ水を伸ばす。


水をかわした先へ光を落とす。


下へ逃げれば岩の槍。


上へ逃げれば風の刃。


一つ避けるたび、次の攻撃が待っている。


さっきまでとは違う。


ユニちゃんが、止まっていない。


一度だけでもない。


地面から空中へ。


空中から岩壁へ。


岩壁を蹴り、向きを変える。


そのすぐ後ろを、赤金色の光が追っている。


アメリアさんの剣が青いコートへ触れる。


甲高い音が鳴った。


けれど、刃は通らない。


傷一つ残らない。


アメリアさんは構わず、次の剣を振るう。


何度防がれても。


何度避けられても。


一度も止まらない。


赤金色の光が、少しずつ強くなる。


そのたびに、アメリアさんの身体が軋んでいるように見えた。


地面へ降りた足が、一瞬だけ揺れる。


剣を握る指が震える。


息はさっきよりも荒い。


それでも、アメリアさんは笑っていた。


「ようやく、動いたわね!」


嬉しそうだった。


自分の攻撃が届かないことに怒っている。


それなのに、ユニちゃんが続けて避け始めたことを喜んでいる。


アメリアさんが二本の剣を振り上げる。


頭上へ巨大な炎が生まれた。


その外側を水が包む。


風が二つを回転させる。


岩の破片が巻き上げられ、光がすべてを貫いていく。


五つの魔法が、一つの渦になった。


「これなら!」


渦がユニちゃんへ落ちる。


地面へ触れた瞬間、炎と水が爆発した。


風が岩を飛ばし、光がその間を走る。


採石場が白く染まった。


何も見えない。


音が大きすぎて、耳が痛い。


私はその場にしゃがみ込んだ。


長杖を地面へ突き、飛ばされないように両手でしがみつく。


にゃん吉君が頭の上から離れ、私の前へ降りた。


白い身体が、飛んでくる石や風を受け止めている。


「にゃん吉君……!」


「ワン」


いつもと同じ声だった。


光が薄れていく。


中心に、ユニちゃんが立っていた。


足元の地面は大きく沈んでいる。


周りにあった岩は砕け、黒く焼けていた。


その中で、ユニちゃんだけが変わっていない。


アメリアさんが地面へ降りる。


着地した瞬間、右脚が少しだけ沈んだ。


すぐに踏み直したけれど、私は見ていた。


もう、身体が限界に近づいている。


「どうして……」


アメリアさんが息を吐く。


「どうして、何もしないのよ」


ユニちゃんがアメリアさんを見る。


「攻撃は受けています」


「そういうことを言っているんじゃない!」


アメリアさんが剣を構え直す。


赤金色の髪が、魔力に揺れている。


「避けて、受けて、私を見ているだけ」


声に苛立ちが混じる。


「私がどこまでできるのか。いつ諦めるのか。それを待っているんでしょう」


「違います」


「なら、戦いなさい!」


アメリアさんの声が、採石場へ響いた。


「私を倒せるというなら、倒してみなさい!」


ユニちゃんはしばらく答えなかった。


アメリアさんは剣を握ったまま待っている。


肩で息をしている。


脚も震えている。


それでも、一歩も下がらない。


「分かりました」


ユニちゃんがアメリアさんへ身体を向ける。


「では――」


その言葉が聞こえた瞬間。


アメリアさんの身体が、横へ動いた。


風は吹いていない。


転移の光もない。


アメリアさん自身が動こうとしたようにも見えなかった。


身体だけが、何かから逃げるように横へ跳んでいた。


その直後。


大地が二つに分かれた。


音は後から来た。


ユニちゃんとアメリアさんの間から、一直線に亀裂が走っている。


深さは見えない。


亀裂は採石場を横切り、その先にあった岩壁まで二つに断ち割っていた。


アメリアさんが地面へ手をつく。


白い剣が一本、手から落ちた。


何が起きたのか分からない顔で、さっきまで自分が立っていた場所を見る。


亀裂は、そこを通っていた。


もし横へ動いていなければ。


アメリアさんの身体も、大地と同じように二つになっていた。


ユニちゃんの右手は、まだ下にあった。


上げてすらいない。


「……今の」


アメリアさんの声が震えた。


「何を、したの?」


「まだ何もしていません」


「嘘よ……」


「右手を上げようとしました」


それだけ。


ユニちゃんが右手を上げる。


本当に、ただそれだけの動きだった。


アメリアさんの身体が大きく震えた。


落とした剣を拾おうとする。


指がうまく動かない。


呼吸が浅くなっている。


目が、ユニちゃんから離れない。


これまで何度も危険な戦いをしてきたはずのアメリアさんが、初めて見る顔をしていた。


怖がっている。


「どうして……」


アメリアさんが自分の身体を見る。


「どうして私は、避けたの……?」


「アメリアが、生きようとしたからです」


ユニちゃんの声は静かだった。


「身体が、アメリアより先に選びました」


アメリアさんは何も言わない。


地面へついた手が震えている。


死ぬ攻撃も使う。


アメリアさんは、そう言っていた。


でも、言葉で知っていた死と、今そこにあった死は違う。


避けなければ、もういなかった。


そのことを、身体が知ってしまった。


「もうやめよう!」


私は声を上げた。


「アメリアさん、もう十分だよ!」


アメリアさんがゆっくりと私を見る。


その顔には、まだ恐怖が残っている。


「ユニちゃんが強いことは分かったでしょう?」


返事はない。


「これ以上続けたら、本当に死んじゃうよ」


「そうね」


かすかな声だった。


「怖いわ」


アメリアさんが認めた。


「こんなに怖いと思ったのは、初めて」


地面に落ちた剣を拾う。


何度も指を動かし、ようやく柄を握った。


脚へ力を入れ、立ち上がる。


途中で膝が折れそうになる。


それでも、自分の力で立った。


「だったら――」


「だから、確かめるのよ」


アメリアさんが私の言葉を止めた。


「私は、あそこへ戻る」


赤金色の髪が、弱く揺れている。


「二年前、何もできなかった場所へ」


アメリアさんはユニちゃんを見る。


「今度は、背中を預ける相手を間違えられない」


右手の剣を持ち上げる。


左手の剣も構える。


「少しくらい強いだけじゃ足りない。私が倒れた後も立っている人じゃないと駄目なの」


「アメリアの身体は、もう限界です」


ユニちゃんが言った。


「分かっているわ」


「これ以上続ければ、壊れます」


「それも分かっている」


アメリアさんは笑った。


いつもの自信に満ちた笑い方ではなかった。


唇が震えている。


怖さを隠せていない。


それでも、剣先は下がらない。


「でも、まだ全部出していない」


アメリアさんの足元から、再び赤金色の光が立ち上る。


さっきまで周囲へあふれていた魔力が、少しずつ内側へ戻っていく。


炎が消える。


水が消える。


風が止まる。


地面を覆っていた光も消える。


すべての魔力が、アメリアさんの身体へ集まっている。


そして、二本の白い剣へ流れ込んでいく。


右の剣が赤金色に染まる。


左の剣も、同じ色へ変わる。


火。


水。


風。


土。


光。


五つの魔力が、二本の剣の中で重なっている。


違う色のはずなのに、最後には一つの赤金色の光になった。


その光が強くなるたび、アメリアさんの身体から何かが失われていく。


顔から血の気が引く。


腕が震える。


脚の周りの地面へ、血が一滴落ちた。


身体強化――極み。


その状態で、アメリアさんは長く戦い続けていた。


もう限界だった。


そこからさらに、残っているすべてを剣へ集めている。


「やめて!」


私は走り出そうとした。


けれど、服の裾が後ろへ引かれた。


振り返る。


にゃん吉君が、私の服を口でくわえている。


「にゃん吉君、離して!」


「ワン」


「止めないと!」


前へ進めない。


にゃん吉君は小さな身体なのに、どれだけ引いても動かなかった。


ユニちゃんが私を見る。


「ルナ」


「でも!」


「アメリアが、決めています」


分かっている。


それでも、決めたからって、死んでいいわけじゃない。


もう一度、アメリアさんを見る。


剣を握る手は震えていた。


息も乱れている。


怖くないはずがない。


それでも、アメリアさんの目はユニちゃんから離れていなかった。


逃げようともしていない。


自分で決めて、まだ立っている。


ここで私が止めたら。


アメリアさんが選んだことまで、奪ってしまう。


私は、服を引く手を止めた。


「……分かった」


にゃん吉君が、私を見上げる。


私は震える手で長杖を握り直した。


「見ています。最後まで」


「ワン」


「それを放てば、アメリアも無事ではありません」


ユニちゃんが言った。


アメリアさんは剣を構えたまま答える。


「あなたもでしょう?」


「私は大丈夫です」


「本当に腹が立つわね」


アメリアさんが笑う。


「最後くらい、少しは困りなさい」


赤金色の光が膨れ上がる。


アメリアさんの身体よりも大きくなる。


周囲の空気が歪み、離れている私の肌まで痛くなった。


二本の剣が、ゆっくりと重なる。


アメリアさんは倒れない。


腕も、まだ折れていない。


剣を振るための力だけを残し、それ以外のすべてを魔力へ変えているように見えた。


ユニちゃんは動かない。


今度は避けようとしていない。


アメリアさんが息を吸う。


「これが、私の全部よ」


声は震えていなかった。


死の恐怖を知った後なのに。


怖いまま、自分で選んでいる。


「ユニ!」


二本の剣が振り下ろされた。


赤金色の光が放たれる。


それは炎でも、水でもなかった。


風でも、岩でも、光だけでもない。


五つの魔法が一つになった、巨大な奔流だった。


地面を削り、周囲の岩を巻き込みながら、ユニちゃんへ迫る。


空が赤金色に染まった。


目を開けていられない。


それでも、私は見ていた。


最後まで見届けると、自分で決めた。


ユニちゃんが、右手を前へ出す。


その手の中に、細い白い光が生まれた。


長い。


まっすぐに伸びている。


剣のように見える。


でも、形があるのかさえ分からない。


白い光だけが、ユニちゃんの手から伸びていた。


ユニちゃんは、迫る赤金色の奔流を見つめる。


「その覚悟に、敬意を」


白い光が振るわれた。


音はしなかった。


赤金色の奔流に、一本の白い線が走る。


次の瞬間。


アメリアさんのすべてを集めた攻撃が、真ん中から二つに分かれた。


分けられた光が、ユニちゃんの左右を通り過ぎる。


その先で、世界が消えた。


音も。


岩も。


地面も。


採石場の壁も。


すべてが赤金色の光へ飲み込まれた。


衝撃が遅れて押し寄せる。


にゃん吉君が私の前へ出る。


「ワン」


白い光が私たちを包んだ。


風が地面を削り、砂と石を空へ巻き上げる。


私はその場にしゃがみ込み、目を閉じそうになった。


でも、閉じなかった。


白い光の向こうを見続けた。


長い時間が過ぎたように感じた。


でも、本当は一瞬だったのかもしれない。


音が消える。


風が止まる。


ユニちゃんは立っていた。


青いコートにも、銀色の髪にも、傷一つない。


白い光の剣は、もう消えている。


その後ろには。


何もなかった。


岩壁も。


積み上がっていた石も。


地面から突き出していた岩の柱も。


ずっと遠くまで、何もない景色が広がっている。


アメリアさんの攻撃が通った場所だけ、採石場の一部が丸ごとなくなっていた。


「……すごい」


私の声は、自分でも聞こえないほど小さかった。


その時。


乾いた音がした。


アメリアさんの右腕が、不自然な方向へ曲がる。


白い剣が手から落ちた。


続いて、左腕からも音が鳴る。


肩。


肋骨。


脚。


究極の一撃を放った反動が、遅れて身体へ返ってきている。


アメリアさんが血を吐いた。


「アメリアさん!」


赤金色の髪から光が抜けていく。


元の赤い色へ戻りながら、アメリアさんの身体が前へ傾く。


それでも、まだ倒れなかった。


折れた脚で立っている。


ユニちゃんを見ている。


自分の最後の攻撃が、届かなかったことを。


自分のすべてが、真っ二つにされたことを。


最後まで見届けている。


アメリアさんの口元が、少しだけ上がった。


「……本当に」


声が途切れる。


「化け物ね……」


ユニちゃんの姿が消えた。


次に見えた時には、アメリアさんの目の前にいる。


アメリアさんは反応できない。


剣を拾うことも。


避けることも。


何もできない。


ユニちゃんの手のひらに、小さな白い光の玉が浮かんだ。


「これで、終わりです」


光の玉が、アメリアさんの身体へ触れる。


白い光が弾けた。


アメリアさんの身体が吹き飛ぶ。


地面へ落ち、一度跳ねる。


何度も転がり、離れた場所で止まった。


動かない。


「アメリアさん!」


私が走り出すより先に、白い身体が横を通り過ぎた。


「ワン」


にゃん吉君が、アメリアさんのそばへ降りた。


私も後を追う。


アメリアさんは仰向けに倒れていた。


目は開いている。


でも、指一本動かせない。


息も弱い。


口元に血が残っている。


「アメリアさん、聞こえる?」


アメリアさんの目が、少しだけ私へ動いた。


生きている。


でも、このままでは。


「にゃん吉君!」


「ワン」


にゃん吉君の身体から白い光が広がった。


アメリアさんの全身を包み込む。


折れていた右腕が、ゆっくりと元の位置へ戻る。


左腕も。


肩も。


血で濡れていた口元から、赤い色が消えていく。


不規則だった呼吸が、少しずつ整っていく。


にゃん吉君の声は、いつもと変わらない。


苦しそうでもない。


弱くもなっていない。


ただアメリアさんのそばに立ち、白い光を注いでいる。


しばらくして、アメリアさんの指が動いた。


ゆっくりと腕を持ち上げる。


さっきまで折れていたはずの腕を見て、目を見開いた。


「……治ってる?」


「ワン」


にゃん吉君が答える。


アメリアさんが自分の胸へ手を当てる。


身体を起こそうとして、途中で止まった。


傷は治っている。


それでも、使い切った体力まですぐに戻ったわけではないらしい。


私はアメリアさんの背中へ腕を回した。


「ゆっくりでいいよ」


「……これを、あの白い子が?」


「にゃん吉君だよ」


「そう」


アメリアさんはにゃん吉君を見る。


にゃん吉君も、アメリアさんを見ている。


「あなた、回復もできたのね」


「ワン」


「先に言いなさいよ……」


「ワン」


アメリアさんが小さく息を吐く。


それから、離れた場所に立つユニちゃんを見た。


ユニちゃんは何も言わない。


アメリアさんの返事を待っている。


戦う前と同じ顔。


同じ青いコート。


同じ銀色の髪。


でも、アメリアさんを見る目だけが、ほんの少し違って見えた。


アメリアさんは、私の腕を借りながら立ち上がった。


脚に力が入らず、身体が揺れる。


それでも、ユニちゃんから目を逸らさない。


「私の負けよ」


はっきりと言った。


悔しそうだった。


それでも、言葉をごまかさなかった。


「あなたは私の攻撃を全部受け切った。最後には、私を立てなくした」


ユニちゃんが頷く。


「はい」


「それに……」


アメリアさんは、ユニちゃんの後ろに広がる何もない景色を見る。


「最後の一撃にも、応えた」


赤い髪が、残った風に揺れる。


「約束どおり、認めるわ」


アメリアさんはユニちゃんをまっすぐに見る。


「あなたは、私より強い」


その言葉を口にするのは、とても悔しいはずだった。


最年少のSランク。


自分の強さに誇りを持っているアメリアさんが、初めて会った年下の女の子へ負けを認めている。


それでも、その声に迷いはなかった。


誰も、すぐには答えなかった。


アメリアさんは、形を失った採石場を見ていた。


岩壁は遠くまで消え、地面には大きな亀裂が残っている。


あれほどの力を出しても、ユニちゃんには届かなかった。


ユニちゃんは、その言葉を黙って受け取っていた。


しばらくして、アメリアさんが長く息を吐く。


その時。


ユニちゃんが、ほんの少しだけ胸を張った。


「どやです?」


アメリアさんはユニちゃんを見つめた。


呆れたような、悔しいような顔をする。


それから、もう一度息を吐いた。


「……そうね」


にゃん吉君が、いつもの声で鳴いた。


「ワン」


私は長杖を地面へつき、息を吐いた。


怖かった。


本当に、怖かった。


それでも、私は最後まで見た。


ユニちゃんは立っている。


アメリアさんも生きている。


勝負は終わった。


そして、アメリアさんはユニちゃんを認めた。


次は。


アメリアさんが、なぜあれほど強い仲間を必要としていたのか。


その理由を話す番だった。


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