第2章 第16話 勝負の条件
第2章 第16話 勝負の条件
「私が勝ったら、その白い使い魔とは、私が再契約するわ」
アメリアさんが、にゃん吉君を見ながら言った。
「にゃん吉君は、使い魔ではありません」
ユニちゃんが答える。
「違うの?」
「はい。それに、私が契約しているわけでもありません」
「でも、ずっとあなたの頭に乗っているじゃない」
「にゃん吉君が、そこにいたいからです」
アメリアさんが、にゃん吉君を見る。
にゃん吉君も、アメリアさんを見た。
「ワン」
次の瞬間、にゃん吉君がユニちゃんの頭から飛び上がった。
白い身体が、アメリアさんの頭へ乗る。
アメリアさんが目を見開いた。
「私を選んだの?」
「今は、そこにいたいだけだと思います」
「……そう」
アメリアさんは少しだけ残念そうな顔をした。
でも、にゃん吉君を頭から下ろそうとはしなかった。
「あなたが、この子の持ち主じゃないことは分かったわ」
アメリアさんが、もう一度ユニちゃんを見る。
「それでも、あなたとは勝負する」
「どうしてですか?」
「確かめたいからよ」
「何をですか?」
アメリアさんは、すぐには答えなかった。
「私には、強い相手が必要なの」
「戦う相手ですか?」
「違うわ」
アメリアさんの声が少し低くなる。
「背中を任せられる相手。私と一緒に来ても、足手まといにならない相手よ」
「どこへ行くんですか?」
「それは、あなたが強かったら話す」
アメリアさんは腕を組んだ。
「弱ければ、何も話さない」
「分かりました」
ユニちゃんが答えた。
「ちょっと待って」
私は二人の間へ入る。
「本当に戦うの?」
「ええ」
アメリアさんが迷わず答える。
「訓練みたいなもの?」
「そんなものでは、強さは分からないわ」
「でも、怪我をしたら……」
「殺すつもりはないわ。でも、受け損ねれば死ぬ攻撃も使う」
「死ぬ……?」
身体が固くなった。
アメリアさんは、本気で言っている。
「訓練場には防護結界がある。命に関わる攻撃は、結界に止められるわ」
「それなら、訓練場の方がいいんじゃないの?」
「それでは意味がないの」
アメリアさんはユニちゃんから目をそらさない。
「危険だと分かっていても、動けるのか。誰かに背中を任せられるのか。それを確かめたい」
「ユニちゃん……」
私はユニちゃんを見る。
ユニちゃんの表情は、いつもと変わらない。
「受けます」
「決まりね」
「危なくなったら、やめてね」
「分かりました」
その時。
アメリアさんの頭に乗っていたにゃん吉君の身体が、一瞬だけ淡く光った。
白い光が、アメリアさんの身体を一度だけ包む。
光は、すぐに見えなくなった。
アメリアさんは気づいた様子もない。
「にゃん吉君?」
「ワン」
何をしたのかは分からなかった。
ユニちゃんも、何も言わない。
「場所は、街の西にある古い採石場にしましょう」
アメリアさんが言った。
「今は使われていないし、近くに人もいない。広さも十分にあるわ」
「いつですか?」
「明日の朝」
アメリアさんは部屋の出口へ向かう。
その前に、にゃん吉君が頭から飛び上がった。
白い身体が、ユニちゃんの頭へ戻る。
アメリアさんが足を止めた。
「本当に、好きな場所へ行くのね」
「はい」
「ワン」
アメリアさんは、にゃん吉君を見たあと、私たちへ向き直った。
「まだ名乗っていなかったわね」
赤い髪が、窓から入った光に揺れる。
「アメリア・レヴァンテ。冒険者ランクはS」
「Sランク……」
「明日の朝、宿の前へ迎えに行くわ」
アメリアさんは、それだけ言って部屋を出ていった。
扉が閉まる。
私は、ユニちゃんを見る。
「本当に大丈夫なの?」
「はい」
「死ぬかもしれない攻撃をするって言ってたよ」
「聞いていました」
「怖くないの?」
ユニちゃんは少し考えた。
「ルナは、怖いですか?」
「怖いよ」
ユニちゃんが怪我をするかもしれない。
アメリアさんが怪我をするかもしれない。
どちらかが、死ぬかもしれない。
そう考えるだけで、胸が苦しくなる。
「なら、見ていてください」
「私が?」
「はい」
ユニちゃんは、にゃん吉君を見上げた。
「最後まで」
「ワン」
*
次の日の朝。
宿の外へ出ると、アメリアさんはすでに待っていた。
昨日と同じ赤い髪。
腰には、二本の剣を下げている。
二本とも白い鞘に収められていた。柄には、赤と金の飾りがついている。
「遅くはないわね」
「まだ約束の時間より前です」
「知ってるわ」
アメリアさんが街の西を見る。
「採石場までは、歩けば一時間半くらいかかる」
「そんなに遠いの?」
「普通に歩けばね」
アメリアさんが片手を地面へ向けた。
足元に、緑色の魔法陣が広がる。
風が私たちの周りを回り始めた。
「この風の中から出ないで」
「これで移動するの?」
「そうよ」
足元を風が包んだ。
アメリアさんが走り出す。
私も足を動かすと、風が身体を前へ押した。
一歩で、いつもの何倍も先へ進む。
草原が横へ流れていく。
速い。
それでも、昨日聞いた言葉が頭から離れなかった。
受け損ねれば、死ぬ。
前を走るアメリアさんの背中は、少しも迷っていないように見える。
隣を進むユニちゃんも、いつもと変わらない。
怖がっているのは、私だけだった。
私は長杖を強く握った。
歩けば一時間以上かかる道を、私たちは二十分ほどで進んだ。
*
古い採石場には、大きく削られた岩の壁がいくつも残っていた。
地面は広く、草もほとんど生えていない。
近くに人の姿はなかった。
アメリアさんが風の魔法を止める。
「ここなら、誰も巻き込まないわ」
アメリアさんは採石場の中央へ歩いていく。
ユニちゃんも、その後を追った。
私は少し離れた場所で立ち止まる。
にゃん吉君が、ユニちゃんの頭から私の頭へ飛んできた。
「にゃん吉君は戦わないの?」
「ワン」
たぶん、戦わない。
これは、アメリアさんとユニちゃんの勝負だ。
二人が向かい合う。
「条件を確認するわ」
アメリアさんが言った。
「私の攻撃をすべて受け切るか、私を倒す。それができたら、あなたを認める」
「認めたら、話してくれますか?」
「ええ。私がどこへ行くのか。あなたに何を頼みたいのか。全部話すわ」
「アメリアが降参しても、終わりですか?」
「私は降参しない」
アメリアさんが即座に答えた。
ユニちゃんは、何も持っていない。
いつもの青いコートを着て、アメリアさんの前に立っているだけ。
アメリアさんが腰の剣へ手を伸ばした。
白い鞘から、二本の剣が抜かれる。
刀身も白かった。
右の剣へ、赤い光が流れる。
左の剣へ、青い光が流れる。
火と水。
同時に、二つの魔法が剣を包んだ。
周りの空気が熱くなる。
その中へ、冷たい霧が広がっていく。
アメリアさんからあふれた魔力が、採石場全体を満たした。
息をするだけで、胸が重くなる。
それでも、ユニちゃんは動かない。
「始めるわよ、ユニ」
「はい」
次の瞬間。
アメリアさんの足元が砕けた。




