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願いを魔法に  作者: 由吉


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第2章 第15話 魔法を持たない少女

魔法研究院の扉を開く。


中へ入ると、外の音が遠くなった。


白い壁。高い天井。左右へ続く長い廊下。


壁際に置かれた丸い灯りは、火を使っていない。それぞれ違う色の光を浮かべている。


人が前を通るたび、光が少しだけ強くなった。


「これも、魔道具?」


「はい」


ユニちゃんが答える。


にゃん吉君は、ユニちゃんの頭の上に乗っていた。


「ワン」


正面の受付には、薄い青色の服を着た女の人が座っている。


私は鞄から一通の手紙を取り出した。


王都を出る前、マグナスさんから預かった紹介状。


「これを渡すように言われました」


女の人が手紙を受け取る。


封の印を見た途端、その表情が変わった。


「マグナス様から……?」


「知っているんですか?」


「この研究院に所属していた方です。ずいぶん前に王都へ移られましたが、今も名前を知る者は多くいます」


女の人は封を開き、中の手紙へ目を通した。


何度か私を見る。


それから、ユニちゃんの頭の上にいるにゃん吉君を見た。


「事情は分かりました。担当者を呼びますので、少しお待ちください」


私たちは、受付の横にある長椅子へ座った。


廊下では、白い服を着た人たちが行き交っている。


本を何冊も抱えている人。


光る石を箱に入れて運んでいる人。


杖を持ったまま、紙へ何かを書いている人。


その全員が、何かしらの魔法を使っていた。


本を浮かせる。


扉を開く。


離れた場所へ声を届ける。


小さなことばかり。


それでも、私にはできないことだった。


「ルナ」


ユニちゃんが私を見る。


「何?」


「杖を強く握っています」


自分の手を見る。


いつの間にか、長杖を握る指へ力が入っていた。


「……少し、緊張してるみたい」


「はい」


ユニちゃんは、それ以上何も言わなかった。


私は一度だけ息を吐き、指の力を抜いた。


しばらくすると、受付の奥から白い上着を着た女の人が現れた。


髪には白いものが混じっている。片手には、マグナスさんの紹介状があった。


「あなたがルナね」


「はい」


「手紙は読みました。魔法を一度も使えたことがないそうね」


「はい」


「どの属性も?」


「使えません」


女の人が、少しだけ目を細める。


「分かりました。まずは通常の検査をしましょう。こちらへ来てください」


案内された部屋には、丸い机と椅子が置かれていた。


机の上には、透明な水晶がある。


両手で包めるくらいの大きさ。その内側には、細い線が何本も通っていた。


「手を置いて」


私は椅子に座り、水晶へ右手を置いた。


冷たい。


「力を入れなくていいわ。そのまま待って」


女の人が水晶の反対側へ触れる。


細い線へ、淡い光が流れ始めた。


赤。青。緑。黄色。


いくつもの色が、私の手へ向かって伸びてくる。


けれど。


光は、手前で止まった。


水晶の中から、色が消えていく。


「もう一度」


今度は左手を置く。


同じように光が流れる。


そして、同じ場所で止まった。


水晶は、何の色も残さず透明へ戻った。


女の人が紙へ何かを書き込む。


「反応がないんですか?」


「今の検査ではね」


女の人は、棚から薄い金属板を取り出した。


表面には、小さな円がいくつも描かれている。


「次は、これを持って」


渡された板を両手で持つ。


少し重い。


女の人が細い杖を振ると、円の一つに火が灯った。


その隣には水。


次は風。


小さな土の塊と、白い光も現れる。


それぞれの円が順番に光った。


けれど、私が持っている場所だけは何も変わらない。


火は揺れない。


水も動かない。


風も届かない。


すべての光が消えたあと、女の人は金属板を受け取った。


「ここまで完全に反応しない人は、初めて見ました」


胸の奥が、少しだけ重くなる。


分かっていたこと。


村でも、王都でも、何度も確かめた。


それでも、知らない人から改めて言われると、身体の中に何もないと言われたように感じた。


「私は、魔力を持っていないんですか?」


「まだ分かりません」


女の人は、すぐに答えた。


「この道具が調べられるのは、外へ現れる魔力の反応だけ。反応しないからといって、魔力そのものが存在しないとは断定できません」


「でも、魔法は使えません」


「ええ。そこは事実として考えましょう」


優しい言い方ではなかった。


でも、決めつける言い方でもない。


「あなた以外の人は、弱くても、得意な属性がなくても、何らかの形で魔法を使えます。生活魔法さえ一度も発動しない例は、少なくとも私は知りません」


女の人が、二つの検査道具を見る。


「だからこそ、通常の測り方では足りない可能性があります」


「ほかの方法があるんですか?」


「過去の記録を調べます。それから、別の検査も用意しましょう。ただし、今日すぐに答えが出るとは思わないでください」


「はい」


ここまで来れば、すぐに理由が分かる。


心のどこかで、そう思っていたのかもしれない。


でも、知らないものを調べるのに、簡単な答えが用意されているはずはない。


「あなたが知りたいのは、魔法を使う方法?」


女の人が聞いた。


私は少し考えた。


魔法を使ってみたい。


その気持ちは、今もある。


でも。


「どうして私だけ使えないのか、知りたいです」


それが、ここまで来た理由だった。


「分かりました」


女の人が紹介状を折り直す。


「今日は宿へ戻って構いません。明日の朝、もう一度来てください」


「ありがとうございます」


私は椅子から立ち上がった。


部屋を出ようとした時。


廊下の向こうから、硬い足音が聞こえた。


研究院の人たちが道を空ける。


その間を、一人の女の子が歩いてくる。


年は、私より少し上に見えた。


長い赤い髪。


その中で、頭頂部から跳ねるように伸びた一房だけが白い。


黒と赤の外套。


腰には、白い鞘へ収められた二本の剣が下がっていた。


どこかで見た姿。


街の広場にあった掲示。


最年少でSランクになった魔法使い。


アメリア・レヴァンテ。


アメリアさんは部屋の前を通り過ぎようとして、足を止めた。


視線が、ユニちゃんへ向く。


白銀色の髪。


青いコート。


その頭の上にいる、白いにゃん吉君。


「あなた……」


アメリアさんが、こちらへ歩いてくる。


ユニちゃんは動かない。


にゃん吉君が、頭の上からアメリアさんを見た。


「ワン」


アメリアさんの目が、わずかに見開かれる。


「間違いないわ」


まっすぐユニちゃんを見る。


その口元が、少しだけ上がった。


「あなたが、ユニ・N・スターチスね?」


「はい」


ユニちゃんが答える。


「探していたわ」


赤金色の髪が揺れる。


「私と勝負しなさい」


「勝負?」


思わず聞き返した私へ、アメリアさんがちらりと視線を向ける。


けれど、すぐにユニちゃんを見た。


「ええ」


アメリアさんは、にゃん吉君を指さした。


「私が勝ったら、その白い使い魔とは、私が再契約するわ」

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