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願いを魔法に  作者: 由吉


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第2章 第14話 魔法都市ルクシア

翌朝。


私は、新しくなった長杖を持って、冒険者ギルドへ向かった。


片方には、淡い青緑色の消魔鋼。光に当てると、結晶の奥で銀色の筋が細く輝く。


反対側には、丸い蓄魔珠。中には、橙色の光が浮かんでいた。


歩くための杖に、二つの役目が増えた。


でも、まだ一度も使ったことがない。


持っているだけでは、何もできない。


「緊張していますか?」


隣を歩くユニちゃんが聞く。


「少しだけ」


「そうですか」


「失敗して壊したりしないかな」


「そのための練習です」


「そうだけど」


「ワン」


にゃん吉くんが、私の頭の上で鳴いた。


「にゃん吉くんも応援してくれる?」


「ワン」


たぶん、してくれている。


私たちは、ギルドの扉を開けた。



受付へ行くと、昨日の女の人が待っていた。


「おはようございます」


「おはようございます」


「杖は問題ありませんか?」


「はい。まだ使ってはいませんけど」


「では、訓練場へ行きましょう」


ギルドの奥を通り、建物の裏へ出る。


そこには、土の地面に囲まれた広い訓練場があった。


何本もの木の柱。矢が刺さった的。傷だらけの人形。朝から、何人かの冒険者が身体を動かしている。


女の人は、訓練場の端で立ち止まった。


「まずは、蓄魔珠から試します」


「はい」


私は、橙色の珠がついた方を前へ向ける。


珠の根元には、細い銀色の輪がついていた。


「その輪を回してください」


指で触れる。少し固い。


力を入れると、小さな音がした。橙色の光が、さっきよりも強くなる。


「それが使用できる状態です。杖の先を地面へ向けてください」


「こうですか?」


「はい。そのまま、珠を地面へ触れさせてください」


私は、ゆっくり杖を下ろした。


丸い珠が地面へ触れる。


その瞬間。


空気が弾けた。


「わっ」


杖の先から、見えない何かが広がる。


足元の土が、円を描くように押しのけられた。私は思わず一歩下がった。


「今のが、蓄えられた魔力の放出です」


「びっくりした……」


「相手を倒すほどの力はありません。ただし、近くにいる相手を驚かせたり、距離を作ったりすることはできます」


戦うためではない。


離れるための力。


今まで教わってきた、長杖の使い方と同じだった。


「使ったあとは、輪を元の位置へ戻してください」


「はい」


銀色の輪を回す。橙色の光が弱くなった。


「これで勝手に出たりしないんですね」


「通常は出ません。ただ、使わない時は必ず戻してください」


「分かりました」


私は、銀色の輪の位置を確かめた。


次に長杖を持ち替え、消魔鋼がついた方を前へ向ける。


「こちらは、動いている魔法へ当てる練習をします」


女の人が、訓練場の中央へ手を向ける。


白い光が、小さな球になって現れた。


「これは練習用の魔法です。当たっても痛くありません」


「はい」


「では、始めます」


白い光が、ゆっくりこちらへ飛んでくる。


速くはない。見えている。


私は消魔鋼を光へ向けた。


でも、杖の先は光の下を通り過ぎた。


白い球が私の肩に触れ、そのまま小さな光になって消えた。


「外した……」


「もう一度です」


新しい光が現れる。


今度は、さっきより杖を高く出した。


でも、早すぎた。杖を戻そうとした時には、光が腕へ触れていた。


「難しい……」


見えているのに、うまく合わせられない。


長い杖の先が、自分で思っていた場所と少しずれている。


「もう一度お願いします」


「はい」


三つ目の光が現れる。


私は、すぐには動かなかった。


光を見る。杖の先を見る。


距離が縮まる。


今。


私は、消魔鋼を前へ出した。


淡い青緑色の結晶が、白い光へ触れる。


音はしなかった。


光だけが消魔鋼へ吸い込まれるように崩れ、何も残さず消えた。


「できた……」


「はい」


女の人が頷く。


「今の距離とタイミングを覚えてください」


私は、消魔鋼を見る。


触れれば、魔法を消すことができる。


でも、持っているだけでは守ってくれない。私が見て、正しい場所へ出さなければならない。


「もう少し練習してもいいですか?」


「もちろんです」


「お願いします」


四つ目の光が現れる。


私は、もう一度長杖を構えた。



練習を終え、ギルドの受付へ戻る。


女の人が、一枚の紙を持ってきた。


「昨日のダンジョンについて、確認が終わりました」


「どうなっていましたか?」


「皆さんが入った左側の通路は、見つかりませんでした」


「なくなったんですか?」


「その可能性が高いです。奥まで調査しましたが、地図にない分岐も、転移陣も確認できませんでした」


昨日、確かにあった道。


私たちが入った通路。


それが、もうどこにもない。


「六つ目の案内板は?」


「元の場所へ戻っていました」


「戻った……」


見つからなかった案内板が、また同じ場所に立っている。


何が起きたのか。どうして私たちが転移したのか。


結局、何も分からなかった。


「しばらくは調査を続けます。何か分かれば、冒険者証を通じて知らせます」


「お願いします」


「持ち帰られた消魔鋼については、装備として登録されています。ほかの街で確認されても問題ありません」


私は、長杖の先を見る。


偶然持ち帰った、小さな欠片。


今は、私の杖の一部になっている。


「ありがとうございます」


ギルドを出る。


朝よりも、街の中を歩く人が増えていた。


駅へ向かう道では、店の人たちが声を上げている。荷車が通り、焼いたパンの匂いがする。


少し前まで知らなかった街。


でも、もう何も知らない街ではなかった。


「行くんですね」


ユニちゃんが言う。


「うん」


私は、長杖を握り直した。


「次へ行こう」



列車が、リーベル駅を離れる。


赤い屋根が、窓の外を流れていく。


大きな通り。冒険者ギルド。昨日まで歩いた場所。


それらが、少しずつ小さくなる。


私は窓際の席に座り、新しくなった長杖を倒れないように支えていた。


「その杖、気に入ったのか?」


近くに座っていた男の人が聞く。


「はい」


私は、消魔鋼がついた先を見せないように、杖を少しだけ自分へ寄せた。


珍しい物だと教わった。


必要もないのに、見せて歩く物ではない。


列車は西へ向かって進む。


山を越え、川を渡り、次の駅へ向かった。



それから、私たちは途中の駅で何度か降りた。


小さな町で食料を買った。駅の近くにある宿で一晩を過ごした。朝の市場を歩き、見たことのない果物を見つけた。


「食べられるのかな」


「売られているので、食べられます」


「それはそうだけど」


半分に切ってもらう。


中は、薄い紫色だった。


一口食べる。


「酸っぱい……」


「ワン」


にゃん吉くんも、小さな欠片を食べる。


身体が、ほんの少し震えた。


「にゃん吉くんも酸っぱかった?」


「ワン」


別の町では、駅の裏に大きな風車が並んでいた。


風が吹くたび、白い羽根がゆっくり回っている。


少しだけ歩き、夕方の列車へ乗った。


降りずに通り過ぎた駅もあった。


名前だけを見た町。遠くから屋根だけが見えた村。煙の上がる工場。畑の中を走る細い道。


すべての場所で、何かが続いていた。


人が暮らし、働き、次の日を迎えている。


私たちは、旅を急いでいない。


それでも、列車へ乗れば少しずつ西へ進んでいく。


目的地は、前よりも近くなっていた。



ある朝。


列車は、長い坂を上っていた。


窓の外には高い山が迫っている。線路は、その山へ向かって真っすぐ伸びていた。


「この先です」


向かいに座るユニちゃんが言う。


「魔法都市?」


「はい」


にゃん吉くんは、ユニちゃんの頭の上で丸くなっている。


「ワン」


列車が、山の中へ入った。


窓の外が、一瞬で暗くなる。車内の魔道灯が灯った。


壁に反射した車輪の音が、何度も重なって聞こえる。


長い、暗い道。


でも、列車は止まらない。


やがて、遠くに小さな光が見えた。


光が、少しずつ大きくなる。


列車がトンネルを抜けた。


「……わあ」


私は、窓へ顔を近づけた。


山の向こう。


広い平地に、大きな街が広がっている。


今まで見たどの街よりも大きい。


高い塔。幾つもの駅。空中に浮かぶ光。建物と建物の間を走る小さな乗り物。


街の中央には、青白い光を放つ、ひときわ高い塔が立っていた。


何本もの線路が、その街へ集まっている。


「見えてきました」


「うん」


西の魔法都市。


ルクシア。


私たちが、ずっと目指していた街だった。



列車は、大きな駅へ入っていく。


何本もの線路が同じ場所に並んでいる。反対側のホームにも、別の列車が止まっていた。


人が降りる。人が乗る。


大きな荷物を運ぶ人。杖を持った人。同じ色の服を着た学生たち。


扉が開く。


私たちは列車を降りた。


「人が多い……」


王都の駅も大きかった。


でも、ここは少し違う。


天井には、幾つもの光る文字が浮かんでいた。


列車の行き先。出発する時間。乗り場の番号。


文字が、一定の間隔で切り替わっていく。


壁にかかった地図も、触れた場所だけが光る。荷物を載せた台車が、誰にも押されずに動いていた。


どこを見ても、魔法と魔道具が使われている。


私は長杖を握る。


魔法が、当たり前に存在する街。


その中で、私だけが使えない。


「ルナ」


「大丈夫」


私は答えた。


「まだ何も聞いていません」


「……そうだったね」


ユニちゃんが私を見る。


いつもと同じ顔だった。


「行きますか?」


私は駅の出口を見る。


鞄の中には、マグナスさんから預かった紹介状がある。


この街へ来た理由。


私が魔法を使えない理由を、調べるため。


「行こう」


「はい」


「ワン」


歩き始めようとした時、大きな掲示板が目に入った。


一枚の紙が、ほかの案内よりも目立つ場所に貼られている。


何色もの魔法に囲まれた、一人の若い女の人。


その下に、大きな文字が書かれていた。


『史上最年少のSランク魔法使い』


名前は、アメリア・レヴァンテ。


「この人……」


列車の中で、名前は聞かなかった。


たくさんの魔法を使う、若いSランクの女の人。


その人が、この街にいる。


「知っているのですか?」


ユニちゃんが聞く。


「ううん。会ったことはないよ」


私は、掲示板の女の人を見る。


「でも、少しだけ聞いたことがある」


魔法を一つも使えない私。


たくさんの魔法を使える人。


同じ街へ来た。


胸の奥が、少しだけ落ち着かない。


でも、ここまで来たのは、その人に会うためだけではない。


「まずは、紹介状を届けよう」


「はい」


私たちは駅を出た。



外へ出る。


広い道の両側に、高い建物が並んでいる。


店の看板が色とりどりに光る。箒に乗った人が、建物の間を飛んでいく。


道の端では、小さな人形が自分で地面を掃いていた。


水路には透き通った水が流れ、その上を青い光が魚のように泳いでいる。


「すごい……」


見たことのないものばかりだった。


何が魔法で、何が魔道具なのか。私には分からない。


道を歩く人たちは、誰も驚いていない。


ここでは、これが普通なのだ。


私は鞄から紹介状を取り出す。


封筒の表には、行き先が書かれていた。


魔法研究院。


街の中央にある、高い塔の近く。


「まずは、そこだね」


「はい」


「迷わず行けるかな」


「地図があります」


「そうだった」


駅でもらった地図を開く。


私たちは、大通りを歩き始めた。


知らない魔法。


知らない人。


まだ分からない、私のこと。


確かめるために。


私は、魔法都市ルクシアへ最初の一歩を踏み出した。


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