↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
願いを魔法に  作者: 由吉


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
40/50

第2章 第13話 二つの役目

「あそこに、帰るための何かがある」


私は、結晶に隠された円を見る。


でも、その手前には、亀に似た大きな魔獣がいる。壁へ近づこうとすれば、足音の振動に気づかれる。石を投げても、あの魔獣は壁の前で進路を変える。


「どうすれば……」


私は柱の陰から魔獣を見る。


投げた石。走り出した場所。進路を変えた場所。地面に残った、太い脚の跡。


一度目も、二度目も。魔獣は同じくらいの場所で曲がっていた。


壁から、太い結晶の柱三本分。それより近くまで進まない。


「近づきたくないんじゃなくて」


私は、魔獣と壁の距離を見る。


「近づく前に曲がってる……?」


「はい」


ユニちゃんが答える。


魔獣の身体は大きい。走り始めると、すぐには止まれない。進む向きを変えるにも、広い場所が必要になる。


なら。


曲がり始める場所を過ぎてから、壁の近くで振動を起こせば。


「曲がれなくなるかもしれない」


私は壁を見る。


円形の線を覆う結晶。その一部に、細い亀裂が入っている。


魔獣の甲羅でも、結晶の壁を全部壊すことはできないかもしれない。でも、あの亀裂へぶつけることができれば。


「やってみる」


「はい」


私は足元から石を拾った。さっきより少し大きい。片手で持てるくらいの石。


壁へ投げるだけではだめ。遠くから投げれば、魔獣は途中で曲がってしまう。もっと近くまで、魔獣を壁へ向かわせる必要がある。


私は広い空間を見る。


魔獣。結晶の壁。そして、壁の近くに立つ太い柱。


あの柱まで行く。魔獣が近づいてから、亀裂の前へ石を投げる。


失敗すれば、逃げる場所は少ない。


握った手が、少し震えた。


「ルナ」


ユニちゃんの声が聞こえる。


「何?」


「息をしてください」


「……うん」


息を吐く。ゆっくり。


身体に入っていた力が、少しずつ抜けていく。


怖くなくなったわけではない。それでも、足は動かせる。


私はもう一つ、小さな石を拾った。魔獣から離れた場所へ投げる。


石が地面を跳ねた。


魔獣が反応する。太い脚が、石の方へ向かう。


その間に、私は反対側へ歩き始めた。


一歩。もう一歩。


走らない。足を滑らせない。できるだけ静かに、壁の近くにある柱へ向かう。


魔獣が、投げた石の場所へ着いた。首を伸ばし、地面の震えを探している。


私は柱の近くまで来ていた。


あと少し。


その時、靴の下で小さな結晶が割れた。


高い音。足元へ伝わる振動。


魔獣の頭が、こちらへ向いた。


「気づかれた」


太い脚が地面を掻く。頭と首が、甲羅の下へ引かれる。


魔獣が走り出した。


私は、結晶の壁へ向かって走る。


地面が揺れる。後ろから、もっと大きな揺れが近づく。


振り返らなくても分かる。


近い。


私は、壁までの距離を見る。


太い結晶の柱。


一本。二本。三本。


魔獣が、いつも進路を変えていた場所を越えた。


「今!」


私は握っていた石を、壁の亀裂へ向かって投げた。


石が結晶へぶつかる。亀裂の周りへ、小さな振動が広がった。


魔獣の進む向きが、壁へ変わる。


でも、近すぎる。巨体を曲げるための場所がない。


魔獣の脚が地面を削る。身体を横へ向けようとする。


間に合わない。


私は柱の裏へ飛び込んだ。


次の瞬間。


大きな音が響いた。


魔獣の甲羅が、結晶の壁へぶつかる。


壁の亀裂が一気に広がった。水色と青緑の光が細かく砕け、結晶の破片が雨のように地面へ落ちる。


その奥から、円形の線が現れた。


「あった!」


転移する前に見たものと同じ。いくつもの線が、一つの円を作っている。


魔獣が、壁へぶつかった反動で後ろへ下がる。甲羅を覆う結晶には、ほとんど傷がない。


岩のような頭を振り、ゆっくりと首を伸ばし始める。


私は結晶の破片の間を走った。


足元に、淡い水色の光が見えた。


壁から落ちた、細長い結晶の欠片。ほかの破片より小さい。でも、中を通る銀色の筋がはっきり見えた。


私は欠片を拾って、鞄へ入れた。


調べてもらうために、持って帰る。


今は、それだけでいい。


「ユニちゃん!」


「はい」


ユニちゃんが、円の前まで来る。


私は転移する前と同じように、長杖の先を溝へ触れさせた。線に沿って、ゆっくりとなぞる。


何も起きない。


「動かない……」


もう一度、円の形を見る。


一か所だけ、線が途切れている。砕けた結晶の下に、まだ隠れていた。


私は長杖で破片を押しのける。最後の線が現れた。


杖の先で、途切れていた円をつなぐ。


かすかに、青い光が走った。


「動いた!」


円の中心から、光が広がっていく。


魔道灯は使えない。それなのに、転移陣は動いている。


「これも魔法なの?」


「魔道灯とは、違う仕組みです」


「誰が作ったの?」


「今は分かりません」


また、分からないものが増えた。


でも、今は動いてくれればいい。


光が少しずつ強くなる。


その時、地面が揺れた。


振り返る。


魔獣が、こちらを向いている。太い脚が地面を掻いた。


「来る!」


頭と首が、甲羅の下へ引かれる。


魔獣が、まっすぐこちらへ走り出した。


転移陣の光は、まだ円の半分までしか広がっていない。


「間に合わない!」


魔獣の巨体が、地面を砕きながら近づいてくる。


その時。


私の頭の上から、白い身体が飛び出した。


「ワン」


にゃん吉くんが、魔獣へ向かって飛んでいく。


「にゃん吉くん!?」


小さな前足が、甲羅の下から出ている顎へ触れた。


次の瞬間。


巨大な身体が、宙へ浮いた。


「え?」


亀に似た魔獣が、一度だけ空中で回る。


結晶の甲羅を下にして、地面へ落ちた。


大きな音が響く。


四本の太い脚が、何もない空中を掻いている。自分では起き上がれないらしい。


「ワン」


にゃん吉くんが、私の頭の上へ戻ってきた。


「……今の、何?」


「アッパーです」


ユニちゃんが答える。


「アッパー……」


「ワン」


転移陣の円が、すべて光った。


「行きます」


「う、うん」


私は、四本の脚を動かしている魔獣を見る。


少しだけ、かわいそうに見えた。でも、近づいて戻すことはできない。


「ごめんね」


「ワン」


私たちは、光の中へ入った。



足元の感覚が、一瞬だけ消える。


次に目を開けた時、見覚えのある岩の通路に立っていた。


右へ続く道。地図にはない左の道。そして、足元に描かれた円。


「戻ってきた……」


頭の上で、にゃん吉くんが光っている。ユニちゃんも隣にいる。


誰も欠けていない。


私は鞄から魔道灯を取り出し、起動させる。


白い光がついた。


今度は、消えない。


「使える」


やっぱり、壊れてはいなかった。あの結晶に囲まれた場所だけで、使えなくなっていた。


私は左の通路を見る。


奥は暗い。さっきまで、あの先にいた。


もう一度入れば、同じ場所へ行けるのか。それとも、別の場所へ飛ばされるのか。


分からない。


「戻ろう」


「はい」


案内板の確認は、最後まで終わっていない。


でも、それより先に知らせなければならないことがある。


私は地図へ、新しい通路と転移陣の場所を書き込んだ。そして、来た道を戻り始めた。



「転移した?」


管理所の男の人が、椅子から立ち上がった。


「はい。地図になかった左の通路の前です」


私は、見たことを順番に話す。


六つ目の案内板がなかったこと。新しい通路が現れていたこと。足元に円形の溝があったこと。知らない区画へ転移したこと。魔道灯が使えなくなったこと。結晶の甲羅を持つ魔獣がいたこと。


男の人の表情が、少しずつ険しくなる。


「今朝まで、そんな通路はなかった」


「誰も入ってないんですか?」


「ああ。少なくとも、ここにある記録にはない」


男の人は、すぐに別の人を呼んだ。


入口を一時的に閉じる。中にいる冒険者を確認する。新しい通路を調べるため、ギルドへ連絡する。


管理所の人たちが、次々に動き始めた。


「その区画から、何か持ち帰ったか?」


「小さな欠片だけです」


私は鞄から結晶の欠片を取り出した。


淡い水色。青緑と薄紫。中には、銀色の筋が通っている。


男の人が手を伸ばしかける。けれど、途中で止めた。


「見たことがない。ギルドで調べてもらおう」


「はい」


私たちは、管理所の人と一緒に街へ戻った。



ギルドの奥にある、小さな部屋。


机の上には、持ち帰った結晶が置かれていた。


受付の女の人と、管理所の男の人。そして、白い髭を生やした年配の男の人が結晶を見ている。


年配の男の人は、ギルドで素材の鑑定をしているらしい。


手袋をはめ、結晶を持ち上げる。光へ透かし、銀色の筋を細い道具で確かめる。


「まさかとは思ったが……」


男の人の声が、少し低くなった。


「何か分かったんですか?」


「これは、消魔鋼だ」


「しょうまこう?」


「魔法に干渉する、非常に珍しい結晶金属だ」


石ではない。金属でもない。その両方に似た性質を持つ。


結晶の形で生まれ、魔法へ触れると、その術式を崩す。


「だから、魔道灯が消えたんですか?」


「おそらくな。小さな欠片なら、触れた魔法か、ごく近くにある魔法にしか作用しない」


男の人が、机の上に置かれた消魔鋼を見る。


「だが、お前さんたちが見たような鉱床なら話は別だ。大量の消魔鋼が互いに影響し合い、区画全体の魔法を封じていたんだろう」


あの場所では、魔道灯が使えなかった。


もし普通の魔法使いが転移していたら、魔法を使えないまま、あの大きな魔獣から逃げなければならない。


「とても危険な場所なんですね」


「場所も危険だが、この素材自体も危険だ」


「きれいなのに?」


「きれいだから安全とは限らん」


消魔鋼をたくさん集めることができれば、魔法を防ぐ盾。魔法使いを閉じ込める牢。魔法を使わせないための道具。いろいろな物を作れる。


誰かを守るためにも使える。でも、誰かを襲うためにも使える。


「そのため、一定以上の大きさの消魔鋼は、採取も売買も厳しく管理されている」


「じゃあ、これは?」


「まずはギルドで記録する。見つかった場所についても、すぐに上へ報告が必要だ」


私は、机の上の小さな欠片を見る。


持って帰ってきた。でも、私の物にしていいとは限らない。


「分かりました」


持ち帰ったものを、必要な場所へ渡す。


前の街の魔石と同じ。それでいい。


そう思った時、年配の男の人が私の持っている長杖を見た。


「その杖は、護身用か?」


「はい。歩く時にも使っています」


「なるほど」


男の人は、消魔鋼と長杖を交互に見る。


「この大きさなら、盾や鎧を作ることはできん。刃物にするにも足りない」


「はい」


「だが、杖の先端へ取り付けることならできるかもしれん」


「この杖に?」


私は長杖を見る。


旅立つ前から使っている。


坂道で身体を支えてくれた。足場の悪い場所を、先に確かめてくれた。今日も転移陣を見つけ、帰るための円を起動させた。


「魔法を消せる杖になるんですか?」


「何でも消せるわけではない」


消魔鋼へ直接触れた魔法だけ。遠くにある魔法は消せない。広い範囲へ広がるものや、強すぎる魔法は受け止めきれないこともある。


魔法で起こされた後の炎や、飛ばされた岩まで消せるわけではない。


「それでも、目の前へ来た魔法から身を守れる可能性はある」


魔法を使えない私が、魔法へ触れられる。


ほんの少しだけ、できることが増える。


でも、使い方を間違えれば守れない。杖を出す場所も、向ける方向も、私が決めなければならない。


「これ、私の杖につけられますか?」


私は、自分から聞いた。


「正式に装備として登録し、ギルドの管理下で加工するなら可能だ。この大きさならな」


「お願いします」


「決めるのが早いな」


「今日、この杖に助けてもらったから」


新しい武器が欲しいわけではない。この杖を、これからも使いたい。


できることを、少しだけ増やしたい。


「分かった。加工できる職人を紹介しよう」



翌日の夕方。


私たちは、ギルドから紹介された工房にいた。


壁には、剣。盾。杖。見たことのない道具が並んでいる。


職人の男の人が、私の長杖を机へ置いていた。その横には、登録を終えた消魔鋼の欠片がある。


男の人が、長杖の片方を指す。


「消魔鋼は、こっちへ取り付ける」


欠片を削って形を変えることはできない。だから、自然に割れた細長い形のまま使う。


魔力を通しにくい陶製の留め具。その周りを覆う、細い銀色の枠。


消魔鋼は、杖の先から少しだけ伸びる形になる。


刃物には見えない。


透明な結晶の先端。その中を通る、銀色の筋。


「きれい……」


「見た目だけで触るなよ。加工が終わるまでは危ない」


「はい」


男の人が、今度は杖の反対側を指した。


「こっちには、何をつける?」


「何かつける必要があるんですか?」


「片側だけ重くすれば、杖のバランスが変わる。今までと同じようには使いにくくなる」


考えていなかった。


消魔鋼をつければ、杖の重さも変わる。歩く時に使うなら、持ちやすさも大切だ。


男の人が、棚から小さな箱を持ってきた。


中には、丸い玉が入っていた。


淡い橙色。内側に、小さな光が浮かんでいる。


「これは?」


「蓄魔珠だ」


「魔石とは違うんですか?」


「魔石を精製して作った魔道具だ。魔石に蓄えられた魔力を、必要な時だけ放出できる」


丸い玉の中へ、あらかじめ魔力を蓄えておく。


杖の先を地面へ当てれば、一瞬だけ光や衝撃を放つ。


相手を倒すためではない。


驚かせる。動きを止める。距離を作る。その間に逃げる。


「護身用の杖には合う。ただし、使える回数には限りがある。中の魔力がなくなれば補充が必要だ」


消魔鋼とは、反対の役目。


片方は、近づいてきた魔法を消す。もう片方は、蓄えた魔力を放つ。


「消魔鋼と一緒につけても大丈夫なんですか?」


「同時には使えん」


男の人が、長い木製の柄を指で叩く。


「両端を離し、消魔鋼を陶製の留め具で固定する。片方だけを使うなら、互いの影響はほとんどない」


「両方一緒に使ったら?」


「蓄魔珠から出た魔力を、消魔鋼が打ち消す。何も起きん」


使う時は、杖を持ち替える。


魔法を防ぐなら、消魔鋼を相手へ向ける。距離を作るなら、蓄魔珠を向ける。


同時には使えない。


その時、必要な方を選ぶ。


「どうする? つけるか?」


職人の男の人が聞く。


私は、ユニちゃんを見なかった。


自分の長杖を見る。


「お願いします」


「分かった」


蓄魔珠の代金は、前の街でもらった報酬と、今回の依頼で支払われた分から出した。


鞄の中のお金は少し減った。


でも、必要だと思って、自分で選んだ。



加工が終わったのは、その日の夜だった。


私は、新しくなった長杖を受け取る。


木製の長い柄は、今までと同じ。


片方には、淡い水色の消魔鋼。青緑と薄紫の光。銀色の細い枠。


反対側には、丸い蓄魔珠。淡い橙色の光が、内側でゆっくりと揺れている。


持ち上げる。


前より少しだけ重い。でも、両端の重さが釣り合っている。


持った時の感覚は、大きく変わらない。


「どうだ?」


「大丈夫です」


長杖を地面へつく。


音が、工房の床へ響いた。


今までと同じ音。


でも、できることは増えている。


「扱いには気をつけろ。消魔鋼があるからといって、何でも防げるわけじゃない」


「はい」


「蓄魔珠も、相手を倒すために使うな。逃げるための時間を作る道具だ」


「覚えておきます」


にゃん吉くんが、ユニちゃんの頭の上から杖を見る。


「ワン」


「どう?」


「ワン」


たぶん、気に入ったらしい。


私は、二つの先端を見比べる。


魔法を消す。


魔力を放つ。


反対の役目を持つ、二つの道具。


どちらを使うのか。


決めるのは、杖ではない。


私は長杖を握り直した。


その時に必要な方を、私が選ぶ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。