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願いを魔法に  作者: 由吉


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第2章 第12話 揺れる足元

私の小さな笑い声が、結晶の間へ響いた。


でも、笑っても帰る道が現れるわけではない。


魔道灯も使えないまま、地図にない場所にいる。


「戻る道はないんだよね」

「見える範囲にはありません」


転移してきた場所には、光る円も元の通路へ続く道もなかった。


前にあるのは、結晶に囲まれた細い通路だけ。


「進むしかないか」

「はい」


私は長杖を握り直した。


「行こう」

「はい」

「ワン」


私たちは、知らない通路を歩き始めた。



足音が結晶の間へ響く。


一歩。また一歩。


歩くたびに、小さな音が遠くまで続いた。


通路の幅は、二人が並んで歩けるくらい。壁から伸びた結晶が、ところどころで道を狭くしている。


私は長杖で足元を確かめながら進む。


硬い地面。小さな段差。岩の割れ目。


杖の先が触れるたび、乾いた音が鳴った。


「この道、どこまで続いてるんだろう」

「まだ分かりません」

「出口があればいいけど」


返事はなかった。


分からないことを、ユニちゃんは分かるとは言わない。


私は頭の上の光を頼りに先を見る。


通路は少しずつ広くなっていた。壁を覆う結晶も、奥へ進むほど大きくなっている。私の背より高いものもあった。


透明な結晶の中を、銀色の筋が通っている。


「石なのかな」

「石だけではありません」

「違うものも混ざってるの?」

「はい」

「何が混ざってるの?」

「今は分かりません」


ユニちゃんでも分からないことがある。それとも、まだ言わないだけなのか。


今はどちらでもよかった。


必要なのは、ここから戻る方法を見つけること。


私は足元へ意識を戻した。


その時、杖の先が小さな結晶へ触れた。


高い音が鳴る。


音は何度も壁へ反射し、やがて聞こえなくなった。


「よく響くね」

「はい」


その直後、遠くから低い音が聞こえた。


どん。


一度だけ地面が揺れる。


私は足を止めた。


「今の、何?」

「何かが動きました」


どん。


さっきより少し大きい。


長杖を握る手へ、地面の震えが伝わってくる。


どん。どん。


音が近づいている。


「ユニちゃん」

「はい」

「何か来る」

「来ます」


通路の奥。


にゃん吉くんの光が届かない場所で、何かが動いた。


最初は結晶の塊に見えた。


水色。青緑。薄い紫。


周囲の壁と同じ色をしている。


けれど、その塊がゆっくりと持ち上がった。


「……え?」


四本の太い脚。地面すれすれに伸びた首。岩のような頭。


大きな身体の上には、丸く盛り上がった甲羅がある。


亀に似ていた。


でも、私が知っている亀とは大きさが違う。


甲羅全体が無数の結晶鉱物に覆われている。


小さな結晶が何層にも重なり、背中の上で大きな山を作っていた。透明な結晶の中には、壁と同じ銀色の筋が走っている。


私たちの何倍も大きい。


「魔獣……」


魔獣が岩のような頭を持ち上げた。


顔の左右に小さな目がある。でも、私たちを見ていない。


首を動かし、何かを探している。


私は動かないようにした。


魔獣もその場で止まっている。


にゃん吉くんの光は、私たちを照らしている。見えていないはずがない。


それなのに襲ってこない。


足元で小さな石が転がった。


私の靴に当たり、通路の中央へ転がっていく。


石が地面を跳ねた。


次の瞬間、魔獣の頭が石の方へ向いた。


太い脚が地面を掻く。


「え?」


魔獣が頭を低くした。


長い首が、結晶に覆われた甲羅の下へ少しだけ引かれる。


そして、走り出した。


「速い!?」


鈍そうに見えた巨体が地面を蹴る。太い脚が岩を砕く。


結晶の甲羅を乗せた魔獣が、転がった石へ向かって突進する。


「来る!」


私はユニちゃんと一緒に壁際へ寄った。


魔獣はこちらを見なかった。


地面へ落ちた石を踏み潰し、その先にあった岩へぶつかった。


大きな音が響く。


岩が砕け、破片が通路へ散った。


魔獣は何事もなかったように首を伸ばした。甲羅を覆う結晶には傷一つついていない。


「……石の方に行った?」

「はい」

「あの魔獣、どれくらい危険なの?」

「単体では、Bランク相当です」

「Bランク……」


私より、ずっと上の冒険者が相手をする魔獣。


「ただし」


ユニちゃんが結晶に覆われた周囲を見る。


「この場所では、Aランク相当の危険があります」

「魔法が使えないから?」

「はい」


魔法を使えない場所で、硬い結晶の甲羅を持つ魔獣と戦う。


普通の冒険者にとっては、それだけで危険が大きくなる。


「そんな魔獣が、どうしてこんな場所に……」

「今は分かりません」


魔獣がゆっくりと向きを変える。


また首を動かしている。


探している。


目の前にいる私たちではない。


私は足元を見る。


「音……?」


さっき長杖が結晶へ触れた。そのあと、あの魔獣が近づいてきた。


今も転がった石へ向かって走った。


でも、大きな音が響いても、魔獣は砕けた岩の方を見ていない。


音だけではない。


私は長杖の先を静かに地面へつけ、ほんの少しだけ離れた場所を叩く。


こつ。


魔獣の顔が、すぐに杖の先へ向いた。


私は慌てて杖を持ち上げる。


魔獣は動かない。


「地面だ」

「はい」

「地面の揺れを感じてる」


目よりも、耳よりも、足元から伝わる震えを追っている。


だから、動かなければすぐには見つからない。


私は息をゆっくり吐いた。


旅へ出る前に何度も練習した呼吸。


身体から余計な力を抜く。


慌てて走れば地面が大きく揺れる。そうすれば、あの魔獣が来る。


通路の先を見る。


魔獣の向こうに広い空間が見えていた。その奥には、別の道らしきものがある。


「向こうへ行かないと」

「そうですね」


でも、魔獣が道を塞いでいる。


私は足元に落ちた小さな石を拾い、手の中で握る。


魔獣から離れた壁へ向かって投げた。


石が地面へ落ち、一度、二度と跳ねる。


魔獣の頭が動いた。太い脚が地面を掻き、頭と首が甲羅の下へ引かれる。


走り出す。


私は反対側へ向かって歩いた。


走らない。足を大きく上げない。できるだけ静かに。


それでも、地面の揺れを完全には消せない。


魔獣が投げた石を踏み潰す。


首がこちらへ向く。


「気づかれた……」


太い脚が地面を掻いた。


私は走った。


地面を蹴るたび、魔獣も速度を上げる。


広い空間へ出る。


左右には太い結晶の柱が並んでいた。


私は一番近い柱へ向かう。


背後から、地面を叩く音が迫る。


直前で柱の横へ飛び込んだ。


魔獣の巨体が、すぐ後ろを通り過ぎる。


風が背中へぶつかった。


甲羅から伸びた結晶が柱の一部を削り取り、細かな破片が光を散らしながら落ちる。


魔獣は、正面にあった結晶の壁へ向かっていく。


ぶつかる。


そう思った。


けれど、魔獣は直前で身体を傾けた。


太い脚が地面を削り、丸い甲羅が大きく揺れる。


巨体が進路を変え、壁の横を通り抜けた。


「避けた……?」


ほかの岩には、そのままぶつかった。


結晶の柱も甲羅で削っている。


それなのに、あの壁だけは避けた。


魔獣が広い空間の端で止まり、甲羅の下からゆっくりと首を伸ばす。


また、こちらを探している。


私は柱の陰で動きを止めた。


心臓の音が身体の中へ響いている。


これも地面へ伝わるのだろうか。


頭の上で、にゃん吉くんが小さく鳴いた。


「ワン」

「大丈夫」


声を小さくする。


ユニちゃんは少し離れた場所に立っていた。


いつもと変わらない。


魔獣もユニちゃんの方を見ていない。動いていないからだ。


私は、さっき魔獣が避けた壁を見る。


ほかの場所と同じように結晶に覆われている。


違いは分からない。


もう一度、確かめる必要がある。


私は近くに落ちていた石を拾い、壁の手前へ投げた。


石が地面へ落ちる。


魔獣が反応した。


太い脚で地面を掻き、頭と首を引いて壁へ向かって走り出す。


今度は正面から、魔獣が近づいていく。


それでも、やっぱり壁へぶつかる直前で進路を変えた。


「二回目……」


偶然ではない。


あの魔獣は、あそこへ近づかない。


私は壁をよく見る。


結晶の奥。


銀色の筋に混じって、何かが見えた。


自然にできたものではない。


細い線。曲がった線。いくつもの線が、円を描くようにつながっている。


転移する直前に見たものと、よく似ていた。


「あそこだ」


魔獣がゆっくりとこちらへ向き直る。


私は、結晶に隠された円から目を離さなかった。


「あそこに、帰るための何かがある」


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