第1章 第4話 王都から来た調査団
「ルナ、今日は学校が休みだろう。ギルドへ行くぞ」
「ギルド?」
父は布に包まれた箱を持っていた。
「おとといの魔獣が残した魔石だ。買取に出す」
「ああ、あれ」
ルナが立ち上がる。
「私も行きます」
ユニも立ち上がった。その頭の上で、にゃん吉君が顔を上げる。
「ワン」
「にゃん吉君も来るのか?」
「いつも一緒です」
「そうだったな」
*
冒険者ギルドは、朝から大勢の人で賑わっていた。
剣を腰に下げた人。弓を背負った人。大きな荷物を抱え、受付の順番を待つ人。
父が受付へ魔石の入った箱を置いた。
「買取を頼む」
受付の女性が箱を開ける。その表情が少しだけ変わった。
「こちらは、おととい町へ現れた魔獣の魔石ですね」
「ああ。守衛所から正式に受け取った」
「確認しますので、少々お待ちください」
女性は箱を持って奥へ入っていった。
しばらくして戻ってくる。
「申し訳ありません。買取の前に、王都から派遣された調査団の確認が必要です」
「調査団?」
「おとといのゲートについて調べています。魔獣の魔石も確認したいそうです」
父は頷いた。
「分かった」
「こちらへお願いします」
*
案内された部屋には、軍服姿の調査員が三人いた。
机の上へ魔石が置かれる。
調査員の一人が魔石を手に取り、光へかざした。
「大きさと残留している魔力から見て、Cランク相当の魔獣でしょう」
「町の中へ現れたとなれば、放置はできませんね」
別の調査員が手元の資料へ何かを書き込む。
「この魔獣を倒したのは、守衛ですか?」
「にゃん吉君です」
ユニが答えた。
調査員たちの手が止まる。
「……誰です?」
「にゃん吉君です」
ユニが自分の頭の上を指した。
全員の視線が、白くて丸いにゃん吉君へ集まる。
「ワン」
「その生き物が?」
「にゃん吉君です」
「名前ではなく、倒した者を聞いているんですが」
「ですから、にゃん吉君です」
「ワン」
調査員はしばらくユニとにゃん吉君を見比べた。
「お嬢さん。これはCランク相当の魔獣が残した魔石です」
「はい」
「その小さな生き物が倒したというのは、さすがに……」
「本当だ」
父が口を挟んだ。
「俺も見ていた。ほかにも大勢が見ている」
「あなたも?」
「ああ」
調査員は困ったように眉を寄せ、別の資料を手に取った。
「守衛隊長からの報告書を」
隣にいた調査員が書類を差し出す。
報告書へ目を通していた調査員の表情が、少しずつ険しくなっていった。
「白く、小型の存在……片腕を上げた直後、対象の魔獣が消失。残された魔石を回収……」
調査員が顔を上げる。
にゃん吉君は、ユニの頭の上で丸くなっていた。
「ワン」
「……複数の守衛が、同じ証言をしています」
「そうですか」
「あなたは驚かないんですね」
「にゃん吉君ですから」
「説明になっていません」
「そうですか?」
「はい」
ユニは少し考えた。
「にゃん吉君は、にゃん吉君です」
調査員は報告書へ視線を戻し、何かを書き留めた。
「現時点では、正体不明として記録します。調査のため、改めて話を聞くことがあるかもしれません」
「はい」
「その時は、もう少し詳しく説明してもらえると助かります」
「分かりました」
調査員はユニを見る。
「では、正体について何か分かっていることは?」
「にゃん吉君です」
「……そうですか」
調査は、あまり進まなかった。
*
調査員は魔石をもう一度確認し、机へ戻した。
「魔石の確認は終わりました。守衛の報告とも一致しています」
「買取に出しても問題ないか?」
父が尋ねる。
「はい。ただし、調査記録には入手経緯を残します」
「構わない」
「ご協力ありがとうございました」
父が箱を受け取る。
*
ギルドの受付へ戻ると、魔石の査定が始まった。
受付の女性が重さや大きさを測り、表面を何度も確認する。
やがて、金貨の入った袋が父へ差し出された。
「こちらが買取金額です」
父が袋を受け取る。予想していたより重かったのか、その手がわずかに下がった。
「ずいぶんあるな……」
「Cランク相当の魔獣から得られた魔石ですから。大きさも、この辺りで扱われるものとしては珍しいです」
父は袋の中身を確認してから、ユニを見る。
「昨日話した通り、宿代に必要な分だけ受け取る。残りはお前の旅費として預かっておくぞ」
「はい」
「本当に分かっているか?」
「おつりです」
「……まあ、間違ってはいない」
ルナが笑う。
ユニは、どうして笑われたのか分かっていないようだった。
*
ギルドを出ると、朝の通りには多くの人が行き交っていた。
父の手には、魔石と引き換えに受け取った金貨がある。
「これだけあれば、しばらく旅費には困らないな」
「じゃあ、旅の準備はできたの?」
ルナが聞く。
「金だけはな」
「それだけじゃ駄目?」
「金があっても、道を知らなければ迷う。食料を持ちすぎれば歩けないし、少なければ途中で困る。雨が降ることもあれば、町のない場所で夜になることもある」
「……そっか」
「昨日も話しただろう。考えることは山ほどある」
「うん」
旅に使えるお金ができた。
けれど、それだけで世界樹へ行けるわけではない。
ルナは自分の足元を見る。
まず、自分がどれくらい歩けるのかも知らなかった。
「帰ったら、まず地図を見てみる」
「そうしろ。分からないことがあったら聞けばいい」
「うん」
ルナは隣を歩くユニを見る。
「ユニちゃんも、一緒に調べてくれる?」
「はい」
「ワン」
「にゃん吉君も?」
「ワン」
「地図、読めるの?」
「ワン」
分からなかった。
けれど、返事だけは自信に満ちていた。
十五歳の誕生日まで、あと半年。
ルナは、帰ったら最初に何を調べるか考えながら歩いた。




