第2章 第9話 持ち帰ったもの
小さな袋の中で、三つの魔石がぶつかる音がした。
もっと探せば、まだ見つかるかもしれない。
でも、ゴブリンは七体もいた。ほかにも隠れているかもしれない。
私は袋の口を閉じた。
「戻ろう」
ユニちゃんには聞かなかった。
自分で決めて、自分から言った。
「はい」
ユニちゃんが答える。
「ワン」
にゃん吉くんの光が少しだけ揺れた。
盾を持った女の人も頷く。
「私たちも戻る。管理所へ報告したほうがいい」
「奥へ行かなくていいんですか?」
「行かない」
女の人は、すぐに答えた。
「予定より魔獣が多い。こういう時は、調べるより先に知らせる」
魔石より、依頼より、まず戻る。
ギルドの受付で聞いたことと同じだった。
「一緒に行こう」
「はい」
私たちは、来た道を戻り始めた。
*
先頭には盾を持った女の人。その後ろを、剣と弓を持った二人が歩く。
私たちは三人の後ろをついていく。
行きよりも足音が多い。それだけで、暗い通路が少し狭く感じた。
「皆さんは、もっと奥へ行く予定だったんですか?」
私が聞く。
「ああ。今日は下の階層で素材を探す予定だった」
剣を持った男の人が答えた。
「下って、どこまであるんですか?」
「分からない」
「分からないんですか?」
「このダンジョンが、どこまで続いているのかはまだ確認されてない」
私は足元へ続く岩の道を見る。
この下にも、ずっと同じような場所がある。
「誰も一番下まで行っていないということですか?」
「そういうことだ」
「では、どれくらい深いんですか?」
「それも分からないな」
二十五階層かもしれない。五十階層かもしれない。百階層よりも深くまで続いているかもしれない。
誰にも分からない。
「深くなるほど、魔獣も強くなるんですか?」
「基本的にはな」
盾を持った女の人が答える。
「その代わり、質のいい魔石や珍しい素材も見つかる。宝箱が現れることもある」
「宝箱ですか?」
「誰が置いたのか分からないけどな」
「誰が置いたか分からない物を開けるんですか?」
「開ける」
「怖くないんですか?」
「怖い」
女の人は、当たり前のように答えた。
「罠があることもある。それでも、中にはダンジョンでしか見つからない物が入ってる」
珍しい道具。特殊な素材。今では作り方の分からない物。
そういうものが、ダンジョンの奥で見つかることがあるらしい。
「でも、そんなに深かったら、行って戻るだけで何日もかかりますよね」
「だから、階層の主を倒す」
「階層の主ですか?」
「いくつかの階層ごとに、ほかより強い魔獣がいる。冒険者は階層ボスって呼んでる」
階層ボス。
初めて聞く言葉だった。
「倒すと、その先へ行けるようになる。それと、近くにある転移台が使えるようになる」
「転移台……」
「入口と、その階層を行き来できる。毎回、一階層から歩かなくてもよくなるんだ」
「便利ですね」
「便利だけど、最初にそこまで行く時は歩くしかない」
一度も到達していない場所へは転移できない。
最初の人たちだけは、自分の足で下りなければならない。
「誰がそんな仕組みを作ったんですか?」
返事はすぐにはなかった。
三人とも顔を見合わせている。
「分からない」
弓を持った人が答えた。
「どうしてダンジョンがあるのかも、誰が作ったのかも分かってない」
「昔からあるんじゃないんですか?」
「古いダンジョンもある。でも、ある日突然現れたものもある」
「突然ですか?」
「昨日まで何もなかった場所に、入口ができることがある」
私は思わず足を止めそうになった。
「そんなことがあるんですか?」
「ああ。逆に、消えることもある」
「消えるんですか?」
「一番下まで攻略されたダンジョンが、そのあと消えたという記録がある」
入口も、中にあった通路も、すべて消えてしまう。
残るのは、そこから持ち帰った物だけ。
「どうしてですか?」
「それが分かれば、苦労しない」
剣を持った男の人が笑った。
「分からないことばかりですね」
「だから潜る奴がいるんだろうな」
強い魔獣。希少な素材。誰が置いたのか分からない宝箱。そして、どこまで続いているのか分からない道。
私は後ろを歩くユニちゃんを見る。
「ユニちゃんは知ってる?」
「何をですか?」
「ダンジョンが、どうしてあるのか」
ユニちゃんは少しだけ考えた。
「知っていることもあります」
「教えてくれる?」
「今は必要ありません」
やっぱり教えてくれない。
でも、前ほど驚かなかった。
今は、自分で見たものだけで十分だった。
*
入口が近づくにつれて、外の光が見えてきた。
にゃん吉くんの身体から、少しずつ光が消えていく。
最後の一歩を踏み出す。
足元へ昼の光が落ちた。
「出られた……」
振り返る。
ダンジョンの入口は、変わらず暗い。
ほんの少し前まで、あの中にいた。
スライムがいて、ゴブリンに囲まれて、知らない冒険者たちと一緒に戦った。
鞄の中で、三つの魔石が小さくぶつかった。
「まずは報告だ」
盾を持った女の人が言う。
私たちは管理所へ向かった。
*
「七体?」
管理所の男の人の表情が変わった。
「ああ。第一採取区域の近くだ」
剣を持った男の人が、見たことを順番に説明する。
最初に五体。そのあと、奥から二体。
男の人は机の上に置いた紙へ書き込んでいく。
「最近、数が増えてるって話はあったが……」
「調べるんですか?」
私が聞く。
「ああ。ほかの冒険者にも注意を出す。必要なら、しばらく入れる区域を狭める」
管理所の人たちが確認するらしい。
私たちが戻ったことで、次に入る誰かが先に危険を知ることができる。
「報告、ありがとう」
「はい」
自分が見たことを伝える。
それも、持ち帰ったものの一つなのかもしれない。
*
街へ戻る頃には、空が赤くなり始めていた。
朝に出た西門を、今度は五人で通る。
そのまま、みんなでギルドへ向かった。
受付の女の人が私たちを見る。
「お帰りなさい」
その言葉を聞いた瞬間、少しだけ力が抜けた。
「ただいま」
私は依頼書と、三つの魔石を机へ置いた。
受付の女の人が一つずつ確認する。
大きさ。光。表面の傷。
最初に採った小さな魔石を持ち上げる。
「これも使用できます」
「本当ですか?」
「はい。大きくはありませんが、問題ありません」
三つとも街で使える。
胸の奥が少しだけ温かくなった。
箱いっぱいの魔石と比べたら、ほんの少ししかない。それでも、何も持って帰れなかったわけじゃない。
「依頼達成です」
受付の女の人が私の冒険者証へ記録を加える。
報酬が机の上へ置かれた。
道具屋で払った分より、少し多い。
私はお金を受け取り、鞄へ入れた。
「戻ってきたね」
「はい」
ユニちゃんが答える。
「誰も欠けずに」
「ワン」
にゃん吉くんが、ユニちゃんの頭の上で鳴いた。
*
翌朝。
私たちは駅のホームに立っていた。
遠くで列車の音が聞こえる。
この街へ来た時より、鞄の中の荷物が少しだけ増えた。
予備の魔道灯。依頼の報酬。そして、ダンジョンで見たもの。知ったこと。
魔石は、もう鞄の中にはない。
街で必要としている人たちのところへ運ばれていった。
それでいい。
列車がホームへ入ってくる。
扉が開いた。
「次は、どんな街かな」
「着けば分かります」
「それはそうだけど」
「ワン」
私たちは列車へ乗り込み、窓際の席に座る。
しばらくして、列車がゆっくり動き始めた。
修復途中の建物。朝から働く人たち。昨日通った西門。
少しずつ街が遠くなる。
私は、見えなくなるまで窓の外を見ていた。
列車は、必ず次の駅へ向かう。




