第2章 第8話 できること
暗闇の奥で、何かが動いた。
一つ。その後ろに、もう一つ。
魔道灯の光が届く場所まで、ゆっくり近づいてくる。
小さな身体。尖った耳。手には、岩を削って作ったような棍棒を持っていた。
「ゴブリン……」
一体ではない。
二体。三体。
暗闇の中から、次々と姿を現す。
ゴブリンたちは私たちを見ていた。
スライムとは違う。偶然そこにいたんじゃない。最初から、こっちへ向かってきている。
「戻ろう」
私は後ろを振り返り、来た道へ魔道灯を向ける。
その光の中に、別の影が立っていた。
「え……」
一体。
いつの間にか、後ろへ回り込まれている。
細い通路。前には三体。後ろには一体。
逃げ道がない。
「囲まれた……」
頭の上で、にゃん吉くんの身体が強く光る。白い光が通路の端まで広がった。
その瞬間、後ろの壁際でも何かが動いた。
もう一体いる。
岩の陰に隠れ、棍棒を構えていた。
「後ろにも、もう一体!」
私が声を上げると、ゴブリンが飛び出した。
振り下ろされた棍棒が、ユニちゃんへ迫る。
でも。
届く前に止まった。
ユニちゃんが片手で、棍棒の先を掴んでいた。
「ユニちゃん!」
「大丈夫です」
ゴブリンが棍棒を引こうとする。でも、少しも動かない。
その間にも、前にいた三体が近づいてくる。
「どうしよう……」
前にも後ろにも敵がいる。
今度は、スライムの時のように避けて通ることはできない。
その時。
「伏せて!」
暗闇の向こうから、女の人の声が響いた。
私は反射的に身を低くする。
頭の上を矢が通り過ぎ、前にいたゴブリンの棍棒を弾いた。
続けて、盾を持った女の人が通路へ飛び込んでくる。その後ろには、剣を持った男の人と、弓を構えた人がいた。
「こっちへ!」
女の人が盾を構え、ゴブリンの前へ出る。
私はユニちゃんのところまで下がった。
「怪我は?」
「ありません」
「なら、後ろにいて!」
ゴブリンの棍棒が盾へぶつかる。
ガンッ!
重い音が通路に響いた。
剣を持った男の人が盾の横から踏み込み、ゴブリンを斬りつける。弓を持った人も、後ろから次の矢を放った。
でも。
「右から来る!」
私の声に、女の人が盾を動かす。
岩陰から飛び出したゴブリンの棍棒が、盾にぶつかった。
「助かる!」
私は魔道灯を動かし、周囲を見る。
正面だけじゃない。壁際。岩の陰。暗闇の奥。
戦うことはできない。
でも、見ることはできる。
「左の壁にもいる!」
剣を持った男の人が振り返る。
岩に紛れていたゴブリンが飛び出す。その棍棒を剣で受け止めた。
「よく見つけた!」
それでも、数が減らない。
奥の暗闇から、さらに二体が姿を現した。
女の人は盾で攻撃を受け続けている。男の人も、目の前のゴブリンから離れられない。
弓を持った人が矢をつがえる。
でも、その横から別のゴブリンが近づいていた。
「危ない!」
間に合わない。
私は頭の上を見る。
「にゃん吉くん」
「ワン」
「力を貸してほしい」
にゃん吉くんが、ふわりと浮かび上がった。
白い光が集まっていく。
細く。
まっすぐに。
一本の線になる。
「ワン」
白い線が、縦に走った。
弓を持った人へ近づいていたゴブリンと、その後ろにいたもう一体を光が通り抜ける。
二体の身体が淡い光に変わり、静かに消えた。
あとに残ったのは、地面へ落ちた二つの魔石だけだった。
通路が静かになる。
残っていたゴブリンも、盾の女の人と剣の男の人が倒した。
私は、にゃん吉くんを見る。
私が命令したんじゃない。
にゃん吉くんへ。
力を貸してほしいと言った。
にゃん吉くんは。
自分で応えてくれた。
「……うん」
私は二つの魔石を拾う。
さっき採った一つと合わせて。
これで三つ。
小さな袋の中で。
魔石同士がぶつかる音がした。
「それと」
女の人が。
自分の盾を軽く叩く。
「さっきは助かった。ありがとう」
「私、何も倒してないよ」
「倒すだけが戦いじゃない」
盾には。
いくつもの傷がついていた。
「見つけて、伝える。それも立派な役目だ」
剣を持った男の人が言う。
弓を持った人も頷いた。
私は。
すぐに返事ができなかった。
魔法は使えない。
武器も持っていない。
それでも。
できることはあった。
誰かに与えられた役目じゃない。
戦いの中で。
自分で見つけたこと。
「……うん」
小さく答える。
ユニちゃんを見る。
ユニちゃんは。
少し離れた場所に立っていた。
何も言わない。
褒めることも。
答えを教えることもなく。
ただ。
私が出した答えを見ていた。
「ワン」
にゃん吉くんが。
私の頭の上へ戻ってくる。
柔らかい光が。
少しだけ大きくなった。




