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願いを魔法に  作者: 由吉


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第2章 第7話 初ダンジョン

入口の前では、何人かの冒険者が荷物を確認していた。


大きな鞄を背負った人。剣を腰に下げた人。採掘用らしい道具を持った人。


奥から出てくる人たちもいる。服は土で汚れ、背負った袋は入る時よりも重そうだった。


「みんな、魔石を採りに来たのかな」

「別の依頼かもしれません」

「魔石だけじゃないんだ」

「ダンジョンには、いろいろあります」

「いろいろ?」

「いろいろです」

「またそれ?」

「ワン」


ユニちゃんは、それ以上説明しなかった。


私たちは、入口の隣にある建物へ向かった。



管理所の中には机が一つ。その向こうに、腕の太い男の人が座っていた。


「依頼で来ました」


私はギルドでもらった依頼書と冒険者証を差し出す。


男の人は依頼書を読み、次に私の冒険者証を見た。


「Fランク?」

「はい」


声が少し小さくなった。


「責任者は?」

「私です」


ユニちゃんが冒険者証を出す。


男の人はそれを受け取り、名前とランクを確かめた。それから、ユニちゃんの顔を見る。


「十三人目のSランク冒険者、ユニだな」

「はい」

「話は届いている」


私はユニちゃんを見る。


「もうここまで?」

「ギルドですから」

「そういうものなの?」

「そういうものです」


男の人が冒険者証を返す。


「責任者があんたなら問題ない。二人とも入っていい」

「ワン」


にゃん吉くんが鳴く。


男の人は、初めてその存在に気づいたように顔を上げた。


「使い魔か?」

「いえ、にゃん吉くんです」

「猫?」

「ワン」


男の人は少しだけ黙った。


「まあ、暴れないならいい」


男の人は依頼書に印を押した。


「採取区域は第一層の西側だ。壁に青い印がある。赤い印より先には行くな」

「分かりました」

「第一層にも魔獣はいる。多いのはスライムやゴブリンだ」

「外にもいる魔獣ですよね?」

「ああ。ただし、ダンジョンの中にいるものは少し違う」

「違う?」

「暗闇や狭い道に慣れている。外で見かけるものと同じつもりで近づくな」


男の人は私を見た。


「特にスライムだ。足元だけじゃない。岩や壁に紛れていることもある」


私は自分の足元を見る。今は何もいない。


「壁も見ておけ」

「あ、はい」


男の人が笑った。少しだけ肩の力が抜ける。


「中で何かあったら、入口まで戻れ。無理に進むなよ」


ギルドの受付の女の人にも、同じことを言われた。


私はもう一度頷く。


「はい」


依頼書を受け取り、管理所を出る。


ダンジョンの入口が、さっきより近くなっていた。



入口から冷たい空気が流れてくる。


外は明るい。それなのに、数歩先から急に色がなくなったように見えた。


私は入口の前で立ち止まり、鞄から魔道灯を取り出した。


何度も使ったことがある。手順も覚えている。それでも、指が少しだけ動かしにくかった。


灯りをつける。


白い光が、暗闇の中へ細く伸びた。


「……思っていたより、暗いね」


声に出した途端、胸の奥にあったものが少しだけ形を持った。


怖い。


昨日までは、知らない場所へ行ってみたかった。魔石を必要としている人がいると知り、自分で行くと決めた。


それでも、怖くなくなったわけではない。


「ユニちゃんは、怖くないの?」


ユニちゃんは暗い道の先を見ていた。しばらく返事はなかった。


にゃん吉くんがユニちゃんの頭の上から、入口を覗き込む。


「ワン」


小さな声が、暗闇の中へ吸い込まれていった。


「怖くないことと、進めることは、同じではありません」


ユニちゃんは、それだけ言った。


大丈夫とも、危なくないとも言わなかった。


私は目を閉じ、細くゆっくりと息を吐いた。


旅に出る前、何度も練習した呼吸。


胸の音は消えない。それでも、魔道灯を持つ手から少しだけ力が抜けた。


この先に魔石がある。それを必要としている人たちがいる。


そして、ここへ来ると決めたのは私だった。


私は目を開く。


「行こう」


最初の一歩は、まだ明るい場所に落ちた。


次の一歩は、暗闇の中だった。



少し進むと、外の光はほとんど届かなくなった。


代わりに、壁へ取り付けられた魔道灯が一定の間隔で通路を照らしている。でも、灯りと灯りの間には暗い場所が残っていた。


私は手に持った魔道灯を前へ向ける。白い光が、細く通路を照らした。


「もっと真っ暗だと思ってた」

「管理されていますから」

「そっか」


足元には、削られた岩の道が続いている。


天井から落ちる水の音。自分たちの足音。時々、遠くから何かを叩く音も聞こえる。


ほかの冒険者がいる。そう分かっているのに、姿が見えないだけでずっと遠くに感じた。


「ワン」


にゃん吉くんがユニちゃんの頭から飛び降り、そのままふわりと浮かんで、私の頭の上に乗った。


「にゃん吉くん?」

「ワン」


にゃん吉くんの身体が淡く光り始める。


白く柔らかい光が広がり、私の足元から左右の壁までを照らした。


「光った……」

「ワン」

「こんなこともできるの?」

「ワン」


少しだけ得意そうに聞こえた。


手に持った魔道灯は前の暗闇を照らし、にゃん吉くんの光は私の周りを照らしている。


さっきまで見えにくかった足元も、これならよく見える。


「ありがとう、にゃん吉くん」

「ワン」


頭の上で、丸い身体が少しだけ揺れた。


私は壁を見る。矢印の形をした青い線が、西へ続く通路を示していた。


「あっちだね」

「はい」


青い印に沿って歩き出す。


魔道灯で前を照らし、にゃん吉くんの光で足元と壁を見る。


灰色の岩。濡れた地面。天井から伸びた細いひび。


外とは、何もかも違って見えた。


通路の端にある岩へ魔道灯を向ける。


灰色の岩。


その表面が、少しだけ動いた。


「……え?」


立ち止まり、もう一度光を向ける。


岩だと思っていたものが、ゆっくり形を変えた。


丸く柔らかい身体。暗い色をした何かが、壁から剥がれるように地面へ落ちた。


べちゃり。


湿った音が通路に響く。


「スライム……?」


外で見たものより、ずっと色が暗い。


周りが明るくなっていても、動かなければ岩と見分けられなかった。


スライムがゆっくりこちらを向く。その身体の中で、小さな何かが光った。


私は魔道灯を握り直した。


スライムはすぐには動かなかった。身体を低く広げ、私たちの様子を見ている。


たぶん、向こうも同じだ。


「どうしよう」


答えを求めるように、ユニちゃんを見る。


ユニちゃんはスライムを見たまま言った。


「ルナは、どうしたいですか?」


やっぱり、決めるのは私だ。


依頼は魔石を採ること。スライムを倒すことではない。


「通れそう?」

「通ろうと思えば」


通路は狭い。でも、反対側の壁へ寄れば、通れるだけの隙間はある。


「刺激しなければ大丈夫かな」

「分かりません」

「分からないんだ」

「まだ何もしていませんから」


確かに、スライムはそこにいるだけだ。


私はまぶしくないように魔道灯を少し下げ、ゆっくり反対側の壁へ寄った。


スライムの身体が揺れる。


足を止める。


動かない。


また一歩。


スライムも動かない。


「……通れそう」


小さな声で言う。


返事はなかった。ユニちゃんも黙って私の後ろをついてくる。


あと少し。


スライムの横を通り過ぎる。


そう思った時。


「ルナ」


ユニちゃんの声がした。


スライムの身体が急に縮んだ。


「え?」


次の瞬間、地面を跳ねる。


暗い塊が、私の足元へ飛んできた。


私は後ろへ下がる。


着地したスライムが、さっきまで私の足があった場所で広がった。


「危な……」


もう一度、スライムの身体が縮む。


私は魔道灯を向けたまま、さらに距離を取った。


スライムが跳ぶ。


今度は、どこへ来るか見えた。


横へ避ける。


スライムは壁にぶつかり、べちゃりと音を立てて落ちた。


「速くはない……」


跳ぶ前に身体が縮む。飛ぶ方向もまっすぐだ。


分かれば避けられる。


でも、暗闇の中で気づくのが遅れたら。


私は周りを見る。左には壁。右には少し広い場所がある。


スライムが、また身体を縮めた。


「こっち」


私は右へ走る。


スライムが跳ね、さっきまでいた場所を通り過ぎて反対側の壁にぶつかった。


その間に、私たちは先へ進む。


振り返る。


スライムは追ってこなかった。元いた岩の近くへ戻り、また壁に張りつこうとしている。


「……逃げられた」

「はい」

「倒さなくてもいいんだよね?」

「依頼は魔石の採取です」

「そっか」


戦わなかった。


倒せなかったのか、倒さなかったのか。今はまだ、自分でもよく分からない。


でも、誰も怪我をしていない。


私は息を吐く。


「これでいい」


自分に言う。


ユニちゃんは何も答えず、少し先で待っていた。



青い印に沿って、さらに奥へ進む。


さっきまでより、壁をよく見るようになった。


岩に見えるもの。影に見えるもの。少しでも形が違えば、一度足を止める。


「慎重になりました」

「なるよ」

「さっきまで、下しか見ていませんでした」

「今は全部見てるよ」

「後ろは?」

「にゃん吉くん」

「ワン」


にゃん吉くんが、私の頭の上で後ろを向く。


今度は、あくびをしていない。


「ちゃんと見てる……」

「ワン」


少し誇らしそうだった。


通路の先が急に広くなる。


壁にはいくつもの掘った跡が残り、地面にも小さな岩が積もっていた。


「ここが採取区域かな」


青い印の下に文字が刻まれている。


『第一採取区域』


「着いた」


思わず声が大きくなった。


その声が岩の壁に跳ね返る。


着いた。着いた。


小さくなりながら、奥へ消えていく。


私は慌てて口を押さえた。


「……静かにしないと」


奥に何がいるか、まだ分からない。次からは気をつけよう。


魔道灯を壁へ向ける。


灰色の岩。黒い筋。その中に、小さな光が混じっている。


「これが魔石?」


近づこうとしたところで、受付の女の人の言葉を思い出した。


魔石を見つけても、すぐに触らないでください。


伸ばしかけた手を止める。


「ユニちゃん」

「はい」

「あれ、採っても大丈夫?」


ユニちゃんが壁を見る。少しだけ視線を動かした。


「一番下にあるものなら、大丈夫です」

「上のは?」

「今取ると、周りも落ちます」


見ただけで分かるらしい。


私は壁の一番下を見る。親指の先ほどの石が、岩の間から淡く光っていた。


鞄から採取用の小さな道具を取り出す。


石の周りへ差し込み、少しずつ岩を削る。


カッ。カッ。


音が静かな空間に響く。


焦らない。無理に動かさない。教えてもらった通りに、少しずつ。


やがて魔石が岩から外れ、手のひらに落ちた。


淡い光が指の間を照らす。


「採れた……」


小さい。


街で見た箱いっぱいの魔石と比べれば、本当に小さい。


それでも、初めて自分で採った魔石だった。


「ユニちゃん、見て」

「見ています」

「採れたよ」

「はい」

「ワン」


にゃん吉くんが、私の頭の上から身を乗り出す。


私は魔石を持ち上げた。


「これが、街で使われるんだよね」

「使える大きさなら」

「……使えないこともあるの?」

「あります」


急に、手の中の光が頼りなく見えた。


「でも、持って帰らないと分からないよね」

「はい」


私は魔石を鞄の中の小さな袋へ入れた。


一つ。


まだ一つだけ。


壁には、ほかにも光が見える。


「次も探そう」


そう言って立ち上がった時だった。


カツン。


奥の通路から、何かが岩に当たる音がした。


私は動きを止める。


「今の、何?」


返事はなかった。


ユニちゃんは音がした方を見ている。にゃん吉くんも、頭の上でそちらを向いた。


カツン。


もう一度。


さっきより近い。


私は魔道灯を向ける。


光の届かない通路。その手前の地面に、小さな足跡が残っていた。


裸足に似ている。でも、人のものよりずっと小さい。


管理所で聞いた名前が頭に浮かぶ。


「……ゴブリン?」


暗闇の奥で、何かが動いた。


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