第2章 第5話 行ってみたい理由
ギルドを出た頃には、空が少し赤くなり始めていた。
「今度こそ宿だね」
「はい」
「絶対だからね」
「はい」
「ダンジョンには行かないからね」
「はい」
「……なんで全部同じ返事なの?」
「全部合っていますから」
「ワン」
にゃん吉くんが、ユニちゃんの頭の上で鳴いた。
私は振り返る。さっきまでいたギルド。その中に、あの依頼がある。
『西部第七ダンジョン 魔石採取』
「……」
ちょっとだけ。いや、かなり気になる。
「ルナ」
「なに?」
「宿はあっちです」
「分かってるよ!」
私は慌ててユニちゃんを追いかけた。
*
教えてもらった宿は、ギルドから歩いてすぐの場所にあった。一階が食堂で、二階が客室になっている。
荷物を置き、少し休んでから、私たちは食堂へ降りた。
「お腹すいた……」
「たくさん歩きましたから」
「列車にも半日乗ってたけどね」
「座っていました」
「それはそうだけど」
席に着いてしばらくすると、大きなお皿が運ばれてきた。パンに野菜のスープ。それから、焼いたお肉。
「おいしそう!」
「ワン!」
にゃん吉くんが、今日一番大きな声で鳴いた。
「にゃん吉くんもお腹すいてたんだ」
「ワン」
「ずっとユニちゃんの頭に乗ってたけど」
「ワン」
「……疲れたの?」
「ワン」
絶対に違う気がする。
「いただきます」
「いただきます」
「ワン」
パンをちぎり、スープにつけて口へ運ぶ。
「おいしい……」
温かい。
王都を出て、列車に乗って、知らない街へ来た。いろんなことを知って、ようやく一日が終わる。そんな気がした。
「明日はどうする?」
食べながら聞くと、ユニちゃんは私を見た。
「ルナはどうしたいですか?」
「私?」
「はい」
少し考える。
西の魔法都市へ向かう。それが私たちの目的だ。ここは途中の街なのだから、次の列車に乗ればいい。
でも。
「……もう少し、この街を見たい」
「では、見ましょう」
「いいの?」
「急いでいません」
「そっか」
私はスープを一口飲む。それから、もう一つ気になっていることを口にした。
「あと、ダンジョンも気になる」
「知っています」
「……そんなに顔に出てた?」
「出ていました」
「ワン」
「にゃん吉くんまで!」
ユニちゃんは、いつも通りパンを食べている。
行こうとも、やめようとも言わない。
だから私も、それ以上は言わなかった。
*
翌朝。
宿を出ると、昨日とは違う音が聞こえた。
カン。カン。カン。
金属を叩く音。木を切る音。荷車が道を進む音。街は朝から動いていた。
「昨日より工事してる人、多くない?」
「時間が違います」
「あ、そっか」
歩いていると、昨日見た修復途中の建物が見えた。何人もの人が、新しい木材を運んでいる。
その少し先には、一台の荷車が止まっていた。周りには作業着姿の人たちが集まっている。
「これだけか?」
「今日はな」
「また?」
「仕方ないだろ。入ってこないんだから」
何かを話している。
私は足を止めた。
荷車には小さな箱がいくつも積まれていた。そのうちの一つが開いている。中に入っていたのは、淡く光る石だった。
「……魔石」
見覚えがある。
ゲートから現れた魔獣を倒したあと、ユニちゃんが拾っていた石。でも、あの時はその先のことまで考えなかった。
「復旧に使うのかな」
「使うと思います」
ユニちゃんの声が聞こえたのか、近くにいた男の人がこちらを見た。腰に工具を下げている。
「ああ。使うよ」
「やっぱり?」
「街灯に工房、給水設備。工事用の魔道具にもな。直すものが多いから、今はいくらあっても足りねえ」
男の人が箱を見る。
「そんなに使うんだ……」
「普段ならここまでじゃねえんだけどな」
男の人は苦笑いした。
「復旧中だ。それに、近くから入ってくる量も安定してなくてな」
「近くから……」
昨日見た依頼書を思い出す。
『西部第七ダンジョン 魔石採取』
「ダンジョン?」
「ああ。この辺りじゃ、あそこから採れる魔石も多い」
ユニちゃんから聞いたことがある。ダンジョンは、魔石が多く採れる場所。列車を動かしている魔石も、そういう場所から運ばれてくる。
知識としては知っていた。
でも今、目の前には、その魔石を待っている人がいる。
「ないものは仕方ねえ。ある分でやるさ」
男の人は箱を持ち上げた。
「じゃあな」
「はい」
仕事へ戻っていく男の人の背中を、私はしばらく見ていた。
*
街を歩く。
昨日とは少し違って見えた。
修復途中の家。新しく取り付けられた街灯。工房。給水設備。
今までなら、ただ通り過ぎていたもの。そのどこかに、魔石が使われている。
あの時、魔獣が残した一つの石。あれも誰かの手に渡り、何かに使われたのだろうか。
「ルナ」
「うん」
「さっきから、魔石ばかり見ています」
「……うん」
歩きながら考える。
昨日、ダンジョンへ行ってみたいと思った。知らない場所だから、見てみたかった。
それだけだった。
でも、今は少し違う。
「ユニちゃん」
「はい」
私は立ち止まった。ユニちゃんも足を止める。
「昨日の依頼」
「はい」
「まだあるかな」
「ギルドに行けば分かります」
「……受けてみたい」
ユニちゃんは何も言わず、ただ私を見る。
だから私は続けた。
「ダンジョンを見てみたいのもあるよ」
「はい」
「でも……」
修復途中の街を見る。
「魔石、必要なんだよね」
「必要としている人はいます」
それだけ。
ユニちゃんは、行くべきとも、助けるべきとも言わない。
私はもう一度、自分で考えた。
それから。
「行ってみたい」
少しだけ間があった。
「分かりました」
ユニちゃんが歩き出す。
「え?」
「ギルドへ行きます」
「あ、待って!」
「ワン」
私は慌てて、その後を追った。
*
昨日と同じギルド。昨日と同じ掲示板。
そして。
「あった」
昨日と同じ場所に、依頼書は残っていた。
『西部第七ダンジョン 魔石採取』
そこには、やっぱり書いてある。
『推奨Cランク以上』
「……私はFランク」
「はい」
「ユニちゃんはSランク」
「はい」
私は二人の冒険者証を見比べた。
「すごい差だね」
「そうですね」
「今さら!?」
「ワン」
私は依頼書から手を離した。
「聞くだけ聞いてみよう」
「はい」
受付へ向かうと、昨日の女の人が私たちを見て、すぐに掲示板へ目を向けた。
「もしかして、昨日のダンジョン依頼ですか?」
「はい」
私は頷く。
「これ、受けられますか?」
「ユニさんは問題ありません」
「私は?」
女の人は私の冒険者証を確認した。
「ルナさんはFランクですから、この依頼の受注者にはなれません」
「うん……」
「ただし、ユニさんが責任者として同行を申請し、ギルドが許可すれば、補助者として入ることはできます。今回は採取区域も危険度の低い範囲に限定されますので、許可できると思います」
「本当?」
「はい。ただし、ダンジョン内での責任は、同行するユニさんに負っていただきます」
私は隣を見る。
「ユニちゃん、いいの?」
「はい」
「すぐ返事したね」
「一緒に行くつもりでしたから」
「そっか」
思わず笑ってしまう。
そこで、昨日聞いたもう一つの決まりを思い出した。
「あれ?」
「どうしました?」
「ダンジョンって、複数人で入る決まりなんですよね?」
「はい」
私は自分を指す。
「私」
次にユニちゃん。
「ユニちゃん」
そして、その頭の上。
「にゃん吉くん」
「ワン」
「三人」
受付の女の人が、にゃん吉くんを見る。
にゃん吉くんも、受付の女の人を見る。
「ワン」
「にゃん吉くんは、冒険者として数えられません」
「ワン!?」
にゃん吉くんが、いつもより大きな声で鳴いた。
「不服そう……」
「ワン」
「でも、ルナさんとユニさんで二人です。複数人という条件は満たしています」
「あ、そっか」
女の人は、もう一度ユニちゃんを見る。
「それに、責任者がSランクですから」
「……Sランクって、すごいね」
「Sです」
「知ってるよ」
「ワン」
にゃん吉くんだけは、まだ納得していない。
受付の女の人が依頼書を外した。
「それでは申請の手続きをします。そのあと、ダンジョンへ入るための注意事項と、必要な準備について説明します」
「はい」
私は返事をして、掲示板から外された依頼書を見る。
昨日まで、存在すら知らなかった世界。
列車の中で名前を知り、ギルドで入口を見つけた。
そして今。
私は、自分の意思でその依頼を選んだ。
「ユニちゃん」
「はい」
「ちゃんと準備して、行こう」
「はい」
「ワン」
初めてのダンジョンへ向けて。
私たちは、その一歩を踏み出した。




