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願いを魔法に  作者: 由吉


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第2章 第3話 黒龍が残したもの

ガタン。ゴトン。


ガタン。ゴトン。


朝からずっと聞いていた音が、少しずつゆっくりになっていく。窓の外を見ると、さっきまで流れていた景色も、だんだん形を取り戻していた。


家がある。畑がある。その向こうには、大きな駅。


「着くの?」

「はい」


ユニちゃんが立ち上がる。頭の上では、にゃん吉くんが小さく揺れていた。


「ワン」

「にゃん吉くん、ずっとそこにいたね……」

「ワン」


何の返事なのかは分からない。


私は荷物を持って、もう一度窓の外を見る。


ここが、黒龍が暴れた場所から、そう遠くない街。


お姉ちゃんの手紙で読んだ場所が、今、目の前にある。



列車を降りた瞬間、思っていたのと違うと感じた。


「……普通だ」


人が歩いている。荷物を運ぶ人。駅前で客を待つ馬車。大きな声で何かを売っている商人。子供たちまで走り回っている。


もっと暗い街を想像していた。


壊れた建物ばかりで、人も少なくて。そんな場所なのかと思っていた。


「ルナ」

「なに?」

「止まってます」

「あ」


いつの間にか、ユニちゃんたちは少し先へ進んでいた。


「待って!」


慌てて追いかける。


駅を出て、大きな通りへ。そこにも店が並んでいた。


焼いた肉の匂い。果物を積んだ荷車。冒険者らしい人たち。


王都ほどではないけれど、思っていたよりずっと賑やかだ。


「ちゃんと、みんな暮らしてるんだ……」

「はい」


ユニちゃんは短く答えた。私は少しだけ安心した。


その時だった。


「危ないぞ!」

「え?」


腕を引かれる。


次の瞬間。


ガラガラガラッ!


目の前を、大きな木材を積んだ荷車が通り過ぎた。


「わっ……」

「前を見てください」


ユニちゃんだった。


「ご、ごめん」

「旅先でよそ見をすると危ないです」

「はい……」


さっき列車の中でも、似たようなことを言われた気がする。


「ワン」

「にゃん吉くんまで……」


私は今度こそ、ちゃんと前を向いた。


そして、気づいた。


「あれ……?」


通りの向こう。一軒の建物を、何人もの人が囲んでいる。壁には足場が組まれ、新しい木材が運び込まれていた。


その隣には、新しく塗られた壁。屋根だけ色の違う家。さらに向こうでは、道に石を敷き直している。


「もしかして……」

「復旧工事ですね」


ユニちゃんが言った。


さっきまで、普通の街に見えていた。でも、よく見ると違う。


新しい壁。新しい屋根。途中まで直された道。建物がなく、空き地になっている場所もある。


「これ……全部?」


ユニちゃんは答えなかった。


代わりに、近くで木材を運んでいた男の人の声が聞こえた。


「そっちはもう少し右だ!」

「分かってる!」


何人もの人が働いている。


壊れたものを、少しずつ元に戻すために。


私は立ち止まった。


お姉ちゃんの手紙には、黒龍が暴れたと書いてあった。


文字で読んだ。怖い事件だったんだと思った。


でも、文字だけじゃ分からなかった。


壊れたものは、事件が終わったからといって、すぐ元に戻るわけじゃない。


「……まだ、終わってないんだ」


私が呟くと、ユニちゃんがこちらを見た。


「事件は終わっています」

「え?」

「でも、元に戻るには時間がかかります」

「……そっか」


終わったことと、元に戻ることは同じじゃない。


私は、修復途中の建物を見上げた。



「まず、ギルドに行く?」

「その方がいいと思います」

「宿も探さないとね」

「はい」

「ワン」


私たちは通りを歩き始めた。


その途中、ユニちゃんが急に足を止めた。


「どうしたの?」

「見られています」

「え?」


私は辺りを見る。


最初は分からなかった。でも、少し離れた場所にいた男の人が、こちらを見ている。


作業着を着た、年配の人だった。


正確には、私じゃない。ユニちゃんを見ている。


男の人は手に持っていた道具を下ろすと、じっとユニちゃんを見た。


白銀の髪。エメラルドグリーンの瞳。青いコート。そして、頭の上にいる白くて丸いにゃん吉くん。


男の人が、ゆっくりと近づいてきた。


「……あんた」

「はい」


ユニちゃんが答える。


男の人は、もう一度ユニちゃんを上から下まで見る。


「もしかして……ユニ、か?」

「ユニです」

「やっぱり……」


男の人の顔が変わった。


「新聞の写真を見たんだ。Sランクになったって」

「あ」


そうだ。王都で撮った写真は、新聞に載って各地へ届けられると言っていた。


もう、この街まで届いてるんだ。


「それに、その髪と目……間違いない」


男の人が一歩近づいた。


「黒龍の時の子だろ?」


私は息を止めた。


ユニちゃんは、いつもと変わらなかった。


「はい」

「……そうか」


男の人はそれだけ言うと、深く頭を下げた。


「ありがとう」

「……」


私は男の人を見る。ユニちゃんも何も言わずに、その人を見ていた。


「ここは直接やられたわけじゃない」


男の人が言う。


「だが、あれだけの黒龍が近くで暴れりゃ、何も起きないわけがない。街道は潰れる。建物は壊れる。物も人も入ってこなくなる」


私は周りを見る。


修復されている建物。敷き直されている道。


「それでも、あのまま続いていたら、こんなもんじゃ済まなかった」


男の人はユニちゃんを見る。


「だから、ありがとう」


少しだけ間があった。


ユニちゃんは首を傾げる。


「子供を返しただけです」

「……は?」

「黒龍の子供を、親に返しました」

「いや、それは知ってるが……」

「なので、私は倒していません」


男の人が黙る。私も黙る。


「……そこ、気にするんだ」

「大事です」

「ワン」


男の人は、しばらくユニちゃんを見ていた。


そして、大きな声で笑った。


「はははっ! そうか!」

「?」


ユニちゃんは首を傾げたままだ。


「まあ、あんたがどう思ってても、こっちは助かったんだ」


そう言って、男の人はもう一度、軽く頭を下げた。


今度はユニちゃんも、小さく頭を下げた。


その様子を、周りにいた人たちも見ていた。


「あの子……」

「新聞に載ってた……」

「十三人目の……?」


少しずつ声が増えていく。


私はユニちゃんを見る。


王都では、Sランクになったユニちゃんを、たくさんの人が祝っていた。


でも、ここでは少し違う。


この人たちは、ユニちゃんがSランクだから見ているんじゃない。


あの日、黒龍の子供を返した少女だから見ている。



人が集まりすぎる前に、私たちはその場を離れた。


「すごかったね」

「何がですか?」

「みんな、ユニちゃんのこと知ってた」

「新聞に載りましたから」

「それだけじゃないよ」


ユニちゃんが私を見る。


「みんな、覚えてたんだよ」

「そうですか」


それだけ。


ユニちゃんは前を向いて歩き続ける。やっぱり、自分がすごいことをしたとは思っていないらしい。


「あの」


後ろから声がした。


振り返ると、さっきとは別の人が立っていた。買い物袋を持った、若い女の人だった。


「少しいいですか?」

「はい」


ユニちゃんが止まる。


女の人は少し迷ってから、声を落とした。


「黒龍のこと……どこまで知っていますか?」

「どこまで?」


私が聞き返す。


「どうして、あの黒龍が暴れたのか」

「子供が連れ去られたから……ですよね?」


お姉ちゃんの手紙に書いてあった。


女の人は頷いた。


「そう。私の兄は、あの時、北へ続く街道の警備をしていたの」

「街道の警備……?」

「黒龍が現れる少し前、見慣れない連中が街道を通ったそうよ。北から来て、何かを荷車に隠していたって」


女の人は周りを気にするように、一度辺りを見た。


「そのあと、黒龍の子供が連れ去られていたと分かった。この辺りでは、あの連中が子供を運んでいたんじゃないかって言われてる」

「その人たちは、どこへ?」

「分からない。でも、北から来た連中だったって」


女の人は北の方角を見る。


街の向こう。さらに、ずっと遠く。


「もっと北に、大きな国がある」

「その国が……黒龍の子供を?」


女の人は首を横に振った。


「そこまでは分からない。国が命令したのか、勝手にやった連中なのか。それも分からない」


分からない。


また、その言葉だった。


でも、一つだけ、お姉ちゃんの手紙にはなかったものが見えた。


黒龍は、ただ突然暴れたわけじゃない。


その前に、誰かが子供を連れ去った。


そして、その誰かは、北から来た。


「……北の国」


私は小さく呟いた。


知らない国。まだ名前すら知らない場所。


世界樹。死海。西の魔法都市。ダンジョン。そして、北にある大きな国。


王都を出て、まだ半日。


それなのに、私の知らない世界が、また一つ増えた。



夕方。


私たちは、街のギルドへ向かって歩いていた。


西へ傾いた陽が、修復途中の建物を照らしている。


新しい木材。古い壁。直された屋根。


私は歩きながら、もう一度振り返る。


壊れた場所で、人が働いている。笑い声も聞こえる。子供たちも走っている。


街は、止まっていなかった。


「ルナ」


少し先から、ユニちゃんの声がした。


振り返ると、ユニちゃんが待っていた。頭の上には、にゃん吉くん。


「ワン」


西へ傾いた陽が、新しい屋根と古い壁を、同じ色に染めていた。


「今行く!」


私は、ユニちゃんたちの後を追った。


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