第2章 第2話 西へ続く線路
その翌朝。
私たちは、再び王宮を訪れていた。
朝、宿へ届いた知らせには、王宮へ来てほしいと書かれていた。大きな門をくぐり、前にも通った長い廊下を進んでいく。
一度来た場所なのに、やっぱり少し緊張する。
隣を見る。ユニちゃんは、いつも通りだった。頭の上には、にゃん吉くん。
「ユニちゃんは緊張しないの?」
「しません」
「だよね」
「ワン」
にゃん吉くんまで返事をした。
案内された部屋には、見覚えのある人たちが待っていた。マグナスさんもいる。そして、セレナさんも。
私たちが席に着くと、机の上に大きな地図が広げられた。
王都。いくつもの町。遠く離れた国。海。
村にいた頃に見ていたものより、ずっと細かい地図だった。
「さて」
マグナスさんがユニちゃんを見る。
「Sランク試験も終わった。王都での用事も、これでひとまず一区切りじゃ」
「はい」
「それで、ユニ。お前さんたちは、これからどうするつもりじゃ?」
ユニちゃんは少しも迷わなかった。
「ルナと世界樹へ行きます」
「……!」
思わずユニちゃんを見る。
旅に出た時から決めていたこと。それでも、ユニちゃんの口から改めて聞くと、少し嬉しかった。
「世界樹か」
マグナスさんは地図へ目を落とした。
「世界樹は、死海の先にあると伝えられとる」
「死海……?」
初めて聞く名前だった。
「ああ」
マグナスさんの指が地図の上を進む。王都から遠く離れた場所。その先に広がる海。
「じゃが、死海まで行けば世界樹へ辿り着ける、というほど簡単な話ではない」
「……どういうことですか?」
「死海の先へ向かった者そのものが、ほとんどおらんのじゃ」
マグナスさんは地図を見ながら続けた。
「大昔、一度だけ、大規模な調査隊が向かったという記録が残っとる。当時でも名の知れた冒険者や魔法使いが集められた。今で言えば、Sランクに届くような者も含まれていたと言われとる」
「Sランク……」
私はユニちゃんを見る。
数日前、十三人目のSランクになったばかりの、小さな女の子。そんな人たちまでいたのに。
「帰ってきたのは、一人だけじゃ」
「……一人?」
「その一人が世界樹まで辿り着いたのか、それすら分からん」
部屋が静かになる。
「じゃあ、願いの泉は?」
「世界樹の先にある。願いを叶える泉――そう伝えられとる」
「でも……」
私は少し考えた。
「誰も辿り着いたか分からないのに、どうしてそんなことまで分かるんですか?」
「そこが、世界樹の伝承の不思議なところじゃ」
マグナスさんが言う。
「似た話は、一つの国にだけ残っとるわけではない。遠く離れた土地にも、大きな樹と、その先にある泉の伝承が残っとる」
言葉も違う。文化も違う。それでも、似た伝承が残っている。
だから、ただのおとぎ話とも言い切れない。
私は地図の向こう側を見つめた。
死海。その先にあるという世界樹。そして、願いの泉。
行きたい。
でも、今の私たちが、すぐに向かえる場所ではない。
「それと」
ユニちゃんが言った。みんなの視線が集まる。
「その前に、ルナのことを調べたいです」
「私?」
「はい」
ユニちゃんが私を見る。
「ルナが、どうして魔法を使えないのか」
私は自分の手を見る。
旅に出る前から、ずっと分からないままのこと。みんなが当たり前のように使える魔法を、私は使えない。
「何か、手がかりがあるかもしれません」
ユニちゃんは、それ以上答えを言わなかった。
あるとも、ないとも。ただ、調べる。それだけだった。
「それなら」
マグナスさんが地図の上へ手を伸ばした。指が王都から西へ動いていく。
「行ってみるといい場所がある」
「どこですか?」
「西の魔法都市じゃ」
「魔法都市……」
「わしの故郷でもある」
「マグナスさんの?」
「ああ」
マグナスさんは頷いた。
「魔法の研究なら、王都より進んどる。魔法そのものだけではない。魔石、魔道具、古い魔法の記録。様々な研究者が集まる都市じゃ」
私は地図の一点を見る。
そこなら。
「私が魔法を使えない理由も……?」
「分かるとは言えん」
マグナスさんは、すぐに答えた。
「じゃが、手がかりくらいは見つかるかもしれん」
手がかり。それだけでも十分だった。
私はユニちゃんを見る。
「行ってみたい」
「はい」
ユニちゃんは短く頷いた。
「ワン」
にゃん吉くんも鳴いた。
「では、こちらを」
セレナさんが、机の上に三枚の切符を置いた。
「王都から西へ向かう列車の切符です。お二人と、にゃん吉くんの分も用意しておきました」
「にゃん吉くんの分も?」
「ええ。ユニさんの頭の上に乗ったままですと、乗務員が困るかもしれませんから」
「ワン」
にゃん吉くんが、どこか満足そうに鳴いた。
「ありがとうございます」
私は頭を下げた。
セレナさんは小さく笑った。
「長い旅になるでしょうから、気をつけて」
「はい」
私はもう一度、地図を見る。
王都から西へ。一本の線が、いくつもの町を繋いでいる。そのずっと先に、西の魔法都市がある。
*
王宮を出たあと、私たちは一度宿へ戻った。
まとめておいた荷物を持ち、王都の駅へ向かう。セレナさんから受け取った切符も、鞄の中に入っている。
ここから先は、私と、ユニちゃんと、にゃん吉くん。三人だ。
駅へ近づくにつれて、人が増えていく。
大きな荷物を持った商人。家族連れ。冒険者。見たことのない服を着た人までいる。
そして、駅の中を抜けた、その先。
私は足を止めた。
「…………」
大きな鉄の塊。その後ろには、いくつもの車両が長く連なっている。
上からは煙。足元からは白い蒸気。
シュウウウウ……。
鉄の車輪。太い管。見たことのないものばかり。
「これが……」
私は見上げる。
「鉄道?」
「列車です」
ユニちゃんが言った。
「こんな大きなもの、どうやって動いてるの?」
「魔石です」
「魔石?」
「はい。魔石の熱で水を沸かして、その蒸気で動かします」
私はもう一度、列車を見上げた。
こんなに大きなものを、魔石が動かしている。
「すごい……」
その時。
ボオオオオッ――!
大きな汽笛が響いた。
「わっ!」
思わず肩が跳ねる。ユニちゃんがこちらを見る。
「びっくりしました?」
「……してない」
「しました」
「ちょっとだけ!」
「そうですか」
「ワン」
なんとなく悔しい。
乗車を知らせる声が響く。
「行きますよ」
「あ、待って!」
私はユニちゃんの後を追った。
*
やがて、列車がゆっくりと動き始めた。
ガタン。ゴトン。
ガタン。ゴトン。
「動いた……!」
私は窓の外を見る。王都の駅が、少しずつ遠ざかっていく。
建物が流れる。人が小さくなっていく。そして、少しずつ速度が上がった。
「速い!」
気づけば、私は窓に張りつくように外を見ていた。
王都の建物が途切れる。畑。草原。遠くの森。
今まで自分の足で歩いて見てきた景色とは、流れる速さがまるで違う。
「すごい……」
「ルナ」
「なに?」
「座った方がいいです」
「もうちょっとだけ」
「転びます」
「大丈夫だよ」
ガタンッ!
「わっ!」
慌てて座席につかまる。ユニちゃんが私を見る。
「転びます」
「……先に言ってたね」
「はい」
「ワン」
私は大人しく座った。少し恥ずかしい。
しばらくして、私はさっき見た列車の大きさを思い出した。
「ねえ、ユニちゃん」
「はい」
「こんな大きな列車を動かすなら、魔石もたくさん必要だよね?」
「はい」
「そんなにたくさん、どこから持ってくるの?」
「ダンジョンです」
「ダンジョン?」
「魔石が多く採れる場所です」
「そんな場所があるんだ……」
「王都の近くにもあります」
「王都の近くにも?」
「はい」
私は少し考えた。
王都では、何度もギルドへ行った。依頼も見た。それなのに、ダンジョンのことを気にしたことはなかった。
「……私、見たことなかった」
ユニちゃんがこちらを見る。
「ルナは、見ていませんでしたから」
「え?」
ユニちゃんは、それ以上何も言わなかった。
「どういうこと?」
「そのうち分かります」
「気になるんだけど……」
「ワン」
にゃん吉くんまで、なぜかユニちゃん側だった。
私は少しだけ頬を膨らませて、また窓の外を見る。
流れていく景色。その向こうには、私がまだ知らないものが、いくつもあるらしい。
「次の街まで、どれくらい?」
「半日ほどです」
「半日か……」
次に降りる街。
そこは、以前、黒龍が暴れた場所から、そう遠くない。
黒龍が直接街を襲ったわけではない。それでも、周辺には大きな被害が出た。今もまだ、復興の途中だという。
私は隣を見る。
ユニちゃんは、いつもと変わらない顔で窓の外を眺めている。
村にいた頃。お姉ちゃんから届いた手紙に書かれていた。
連れ去られた幼い黒龍。その子を取り戻そうと暴れた親の黒龍。そして、幼い黒龍を親元へ返した、白銀の髪の少女。
その少女が、今は私の隣にいる。
あの街の人たちは、ユニちゃんを見たら、何を思うんだろう。
私はまだ知らない。
シュポポポ……。
シュポポポ……。
列車は西へ進んでいく。
次の街へ。
そして、そのずっと先にある、西の魔法都市へ。




