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願いを魔法に  作者: 由吉


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第1章 第25話 どやです

 歓声が、まだ闘技場を包んでいた。


 空には、もう何もない。


 巨大な隕石も、その欠片さえ一つも残っていなかった。


「ワン」


 にゃん吉君は、何事もなかったようにユニの頭の上にいる。


「……まったく」


 マグナスが小さく息を吐いた。


「お前だけでも十分だと思っていたが」

「?」

「その相棒まで、とんでもないとはな」

「にゃん吉君はすごいです」

「ワン」


 ユニが少しだけ胸を張る。


「それはもう分かった」

「はい」


 マグナスが杖を下ろす。


 そして改めて、ユニを見る。


「だが」

「はい」

「最後に一つだけ、見せてもらいたい」

「?」


 マグナスが杖の先をユニへ向ける。


「お前自身の攻撃だ」

「……」


 ユニが少しだけ首を傾げる。


「攻撃ですか?」

「ああ」

「さっきも言ったが、魔法でなくても構わん」

「……」

「儂に向けて、お前ができることを一つ見せろ」


 ユニがしばらく考える。


 そして。


「分かりました」


 小さく頷いた。


     *


「まだやるんだ……」


 ルナが闘技場を見つめる。


「どうやら、そのようですね」


 エレナが答える。


「でも」


 ルナが少し不思議そうに首を傾げた。


「ユニちゃん、何するんだろ」

「さあな」


 ガルドが楽しそうに笑う。


「ガルドさんでも分からない?」

「ああ」

「今日ずっとそれだね」

「はは。違いない」


 ガルドが背もたれへ身体を預ける。


「ここまで来たんだ。最後まで見せてもらおうじゃないか」

「うん」


     *


 闘技場の中央。


 ユニがマグナスを見る。


「一つ、いいですか?」

「なんだ?」

「動かないでください」

「……分かった」


 マグナスが杖を構える。


「来い」

「はい」


 ユニが右手を上げる。


「これなら」

「ん?」


 人差し指を空へ向けた。


「一応」

「……」

「魔法? です」

「なぜ疑問形なんだ」

「よく分からないので」

「……そうか」


 マグナスが小さく笑う。


「なら、その魔法らしきものを見せてもらおう」

「はい」


     *


 何も起きない。


「……?」


 ルナが空を見上げる。


 青い空。


 白い雲。


 何も変わらない。


「何するんだろ」

「さあな」


 ガルドも同じように空を見る。


 その時。


「……待ってください」


 エレナが呟いた。


「え?」

「上……」


 ルナが、もう一度空を見る。


「……あ」


 雲が動いていた。


 一つの場所へ、ゆっくりと集まり始めている。


 白かった雲が重なり、厚くなり、やがて空が暗くなっていく。


「……」


 光が走った。


 雲の中。


 一瞬、白い光が。


 ――ゴロ。


 低い音が遅れて届く。


「雷……?」


 ルナが呟く。


「みたいだな」


 ガルドが答える。


 だが、その顔から少しずつ笑みが消えていった。


「……いや」

「ガルドさん?」

「ちょっと待て、お嬢ちゃん」


 空がさらに暗くなる。


 雲の中心で光が何度も、何度も走っている。


 そのすべてが一点へ。


 マグナスの真上へ。


「……ユニちゃん?」


     *


 マグナスも空を見上げていた。


「雷か」

「いかずちです」

「……同じではないのか?」

「たぶん」

「たぶんか」

「はい」


 ユニがマグナスを見る。


「大丈夫です」

「何?」

「守ってます」

「……」


 マグナスが自分の身体を見る。


 何も見えない。


「儂を?」

「はい」

「いつからだ?」

「さっきです」

「……そうか」


 マグナスが、しばらくユニを見る。


 そして、構えていた杖をゆっくりと下ろした。


「なら」


 空を見上げる。


「受けよう」

「はい」


 ユニが指を下ろした。


     *


 世界が白くなった。


 音よりも、何よりも先に、光が闘技場を飲み込んだ。


 一本。


 ただ、一本。


 それだけだった。


 だが、あまりにも大きい。


 天と地を一本の光で繋いだような雷。


 いや。


 それを、ただの雷と呼んでいいのか。


 誰にも分からなかった。


 天から、まっすぐマグナスへ。


 まるで、神の怒りそのものが落ちてきた。


 ――――轟音。


「――っ!」


 ルナが反射的に目を閉じる。


 地面が大きく揺れた。


 空気が震える。


 観客席を覆う防護結界が激しく明滅する。


 何も聞こえない。


 何も見えない。


 ただ、白かった。


     *


 やがて光が消えた。


 轟音も少しずつ遠ざかっていく。


 それでも、すぐには何も見えなかった。


 巻き上げられた砂煙が、闘技場を覆い尽くしている。


「……」


 誰も声を出せない。


 やがて、風に流されるように砂煙が少しずつ薄れていく。


 最初に見えたのは、崩れた地面だった。


 そして、その先。


 マグナスが立っていたはずの場所が、ゆっくりと姿を現す。


「……え?」


 ルナの口から小さな声が漏れた。


 そこに、マグナスの姿はなかった。


 代わりにあったのは、巨大な穴。


 闘技場の地面を丸ごと抉り取ったような、あまりにも大きな穴が、ぽっかりと口を開けていた。


「……」


 底が見えない。


 砂煙の向こう。暗闇だけが遥か下まで続いている。


 闘技場の地下には、いくつもの施設がある。


 試験のため、今は誰もいない。


 その地下すら、いかずちはまっすぐに貫いていた。


「……どこまで……」


 エレナが呟く。


 どこまで深いのか、ここからでは分からなかった。


     *


「……マグナスさんは?」


 ルナが呟く。


「マグナスさん……!」


 立ち上がる。


 その時。


「心配しなくていい、お嬢ちゃん」

「え?」


 ガルドだった。


 大穴をじっと見つめている。


「でも――」

「見てな」

「……」


 ルナが穴を見る。


 少しして、砂煙の奥で何かが動いた。


「……!」


 一人の男が、ゆっくりと姿を現す。


「マグナスさん!」


 マグナスだった。


 服には土埃がついている。


 髪も少し乱れている。


 だが、それだけ。


 傷一つなかった。


「……無傷?」


 ルナが呟く。


     *


 マグナスが大穴から地上へ戻る。


「……」


 自分の身体を見る。


 傷はない。


 痛みもない。


 その身体を、薄い透明な膜のようなものが包んでいる。


「……これか」

「はい」


 ユニが答える。


「お前が?」

「はい」

「儂に?」

「はい」


 マグナスが大穴を見る。


 そして、もう一度自分を見る。


「儂にはこれを張った上で」

「はい」

「いかずちを落としたのか?」

「はい」

「……」

「危ないので」

「……そうだな」


 マグナスが再び大穴を見る。


「儂だけを守り」

「はい」

「これだけの威力を?」

「はい」

「……」


 長い、長い沈黙。


 そして。


「はは」


 マグナスが笑った。


「十分だ」

「そうですか?」

「ああ」


 大穴を見る。


「十分すぎる」


     *


「……すごい」


 ルナが、ようやくそれだけ言った。


「すごい、で済ませていいのかねぇ」


 ガルドが困ったように笑う。


「でも、マグナスさん無事だった」

「ああ」

「ユニちゃん、最初から守ってたんだね」

「そうみたいだな」


 ガルドが静かにユニを見る。


「力があるだけじゃない」

「え?」

「ちゃんと」


 一度、マグナスを見る。


「傷つけないように使える」

「……うん」


 ガルドが優しく笑う。


「いい友達だな、お嬢ちゃん」

「うん」


 ルナも笑った。


     *


「あ」


 ユニが大穴を見る。


「どうした?」


 マグナスが聞く。


「壊しました」

「……見れば分かる」

「はい」


 ユニが穴の縁まで歩いていく。


「直します」

「……何?」

「直します」

「これを?」

「はい」


 マグナスが大穴を見る。


「……できるのか?」

「たぶん」

「また、たぶんか」

「はい」


 ユニが大穴へ手を向けた。


     *


 小さな音が聞こえた。


 石が動いた。


 一つ、二つではない。


 闘技場全体が、ゆっくりと元の形へ戻り始める。


「……」


 砕けた石。


 抉られた地面。


 吹き飛んだ床。


 地下の壁。


 天井。


 柱。


 すべてが、あるべき場所へ戻っていく。


 大穴が少しずつ塞がっていく。


「……嘘」


 ルナが目を見開く。


 誰も何も言わない。


 ただ、元へ戻っていく闘技場を見ていた。


 やがて、最後のひびが消えた。


「……」


 そこには、試験が始まる前と何一つ変わらない闘技場があった。


     *


 マグナスが足元を見る。


 一度、踏んでみる。


「……」

「直りました」

「……全部か?」

「はい」

「地下も?」

「はい」

「……」


 マグナスが額を押さえる。


「そっちまで試験項目には入れてないんだがな」

「壊したので」

「……そうか」

「はい」

「ワン」


 にゃん吉君が、いつものように鳴いた。


 ユニが元通りになった地面を見る。


 右。


 左。


 もう一度確認する。


 そして、少しだけ胸を張った。


「どやです」

「そこなんだ!?」


 ルナの声が闘技場に響いた。


「はははっ!」


 ガルドが声を上げて笑った。


     *


 マグナスもしばらく黙っていた。


 やがて。


「……はは」


 笑った。


「まったく」

「?」

「最後まで、お前らしいな」

「そうですか?」

「ああ」


 マグナスが杖を地面へ置く。


 そして、ユニへ向き直った。


 笑みが消える。


 試験官として。


 一人の冒険者として。


 真っ直ぐにユニを見る。


「ユニ・N・スターチス」

「はい」


 観客席が静かになる。


「今回の試験で、儂が見たものを伝える」

「はい」

「判断力」

「……」

「対応力」

「……」

「そして、戦闘能力」


 マグナスが一度、元通りになった闘技場を見る。


「そのどれも、儂から言うことはない」


 そしてユニを見る。


「だが」

「?」

「儂が一番見たかったのは、そこじゃない」


 ユニが静かにマグナスを見る。


「力を持つ者が」


 マグナスが言う。


「その力を、どう使うのか」


 誰も声を出さない。


「お前は、必要のない攻撃をしなかった」

「……」

「儂が求めるまで、力を見せようともしなかった」

「……」

「そして」


 マグナスが自分の胸へ手を置く。


「これだけの力を儂に向けながら、傷一つつけなかった」


 ユニが少しだけ首を傾げる。


「傷つける必要がなかったので」

「……ああ」


 マグナスが笑った。


「それでいい」


     *


 マグナスが観客席へ向き直る。


 何万人もの人々が、その言葉を待っている。


 マグナスが大きく息を吸う。


「以上をもって――」


 声が、王都中央闘技場に響いた。


「ユニ・N・スターチスのSランク昇格特別試験を終了する!」


 一瞬の静寂。


 そして。


「試験官マグナスの名において」


 ユニを見る。


「その実力と資格を認める」


 マグナスが笑った。


「合格だ」

「……」


 ユニが瞬きをする。


「おめでとう」

「ありがとうございます」


 マグナスが再び観客席へ向き直る。


「ここに――」


 その声が響き渡る。


「十三人目のSランク冒険者が誕生した!」


     *


 次の瞬間、音が爆発した。


 歓声。


 拍手。


 叫び声。


 闘技場全体が揺れるほどの大歓声。


「ユニちゃん!」


 ルナが立ち上がる。


「ユニちゃーん!」


 大きく手を振る。


 ユニが観客席を見る。


 何万人もの人。


 その中から、すぐにルナを見つける。


「……」


 小さく手を振った。


「ワン」


 にゃん吉君も鳴いた。


「おめでとう、お嬢ちゃん」

「え?」

「お嬢ちゃんの友達だろ?」

「……うん!」


 ルナが笑う。


「うん!」


 エレナも静かに拍手をしていた。


 受付の女性も、その隣で笑っている。


 ガルドは腕を組みながら、満足そうに闘技場を見ていた。


     *


 中央。


 マグナスがユニを見る。


「これで、お前もSランクだ」

「はい」

「何か感想は?」

「感想ですか?」

「ああ」

「……」


 ユニが少し考える。


「終わりました」

「……」

「ワン」

「……そうだな」


 マグナスが笑った。


「終わったな」


 ユニが、もう一度観客席を見る。


 そこには笑っているルナがいる。


「ユニちゃーん!」


 その声に、ユニが小さく笑った。


 そして頭の上から。


「ワン」


 いつもの声が聞こえた。


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