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願いを魔法に  作者: 由吉


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第1章 第22話 決戦の幕が上がる

 試験を翌日に控えた朝。


「これで最後?」

「はい」


 ルナが両手で小さな箱を抱える。その隣を、ユニが歩いていた。


「このお店です」

「あ、本当だ」


 依頼書に書かれた名前と店の看板を見比べる。


 間違いない。


「こんにちはー」


 扉を開けると、中から年配の男性が顔を出した。


「おお、ギルドからか?」

「はい。お届け物です」

「助かったよ。そこに置いてくれ」

「はい」


 ルナが箱を机の上へ置く。


「これで全部ですね」


 ユニが言う。


「うん」

「終わりました」

「今日は早かったね」

「近かったです」

「昨日は結構歩いたもんね」

「はい」

「ワン」


 にゃん吉君が、ユニの頭の上で鳴いた。


 この数日、ユニとルナは毎日のように冒険者ギルドへ顔を出していた。


 荷物を届けたり、王都の近くで薬草を集めたり、店の手伝いをしたり。危険の少ない、簡単な依頼ばかり。


 それでも、ルナにとってはどれも初めてのことだった。


 知らない店へ行って、知らない人と話して、依頼を受けて、自分の足で歩く。終わったらギルドへ報告する。


 少しずつ、旅をしているということが形になっていく。


「じゃあ、ギルド戻ろっか」

「はい」

「ワン」


 ルナたちは店を出た。


     *


「明日だってよ」

「知ってるよ。もう席取った」

「いいなぁ。俺は取れなかったぞ」

「朝から並んだからな」


 通りを歩いていると、そんな声が聞こえてきた。


「……」


 ルナがそちらを見る。


 最近、どこへ行っても同じ話を聞く。


「本当にマグナス様が出るんだろ?」

「王宮が正式に発表してるんだぞ」

「相手は?」

「ほら、黒龍の件でSランク候補になったっていう」

「ユニ・N・スターチスだろ?」

「そう、それ」

「まだ子供だって聞いたぞ」

「マグナス様相手に大丈夫なのか?」

「試験なんだから、そこを見るんだろ」


「……」


 ルナが隣を見る。


 話題の本人は、露店を見ていた。


「ユニちゃん」

「はい?」

「聞こえてる?」

「聞こえてます」

「気にならないの?」

「何がですか?」

「……いや、いい」

「?」


 数日前から、王都のあちこちに一枚の告知が貼られるようになった。


 ――Sランク昇格特別試験。


 試験官。


 元Sランク冒険者にして、王直属の最高魔術師。


 マグナス・ヴァルハイト。


 昇格候補。


 ユニ・N・スターチス。


 場所は王都中央闘技場。


 そして明日、その試験が行われる。


「すごいことになってるね」

「そうですね」

「ユニちゃんのことだよ?」

「はい」

「緊張しない?」

「しません」

「……そっか」

「ルナは?」

「私?」

「はい」

「なんで私が緊張するの?」

「してるように見えました」

「……ちょっとだけ」

「そうですか」

「ワン」

「にゃん吉君は?」

「ワン」

「……分かんない」


 その時。


「ユニさん」


 後ろから、聞き慣れた声がした。


「?」


 ルナたちが振り返る。


 そこにはエレナがいた。


「エレナさん」

「依頼は終わりましたか?」

「はい」

「今日は配達でした」


 ルナが答える。


「そうですか」


 エレナは、この数日も変わらずユニの監視役を続けていた。


 四六時中、隣にいるわけではない。それでも、ユニが王都の外へ出る時や、ギルドで依頼を受ける時。必要な時には必ず姿を見せた。


「明日のことですが」

「はい」

「朝、宿まで迎えに行きます」

「分かりました」

「ルナとお姉さんも一緒に案内します」

「私たちも?」

「はい。関係者席を用意しています」

「関係者席……」

「ユニさんの同行者ですから」

「ありがとうございます」

「それとユニさんは、途中から別の入口になりますので」

「はい」

「間違えて一般入口に行かないでくださいね」

「分かりました」

「……本当に?」

「はい」

「ならいいです」


 エレナは、この数日で少しだけユニの返事を疑うことを覚えていた。


     *


「なんでしょう」


 少し歩いたところで、ユニが立ち止まった。


 中央広場の近く。妙に人が集まっている。人の隙間から、大きな板が見える。


「何だろ?」

「見てみますか?」

「うん」


 エレナも二人のあとについていく。


「マグナスに五十!」

「俺もマグナスだ!」

「いや、俺はユニって子にいくぞ!」

「本気か?」

「倍率見ろよ。当たればでかいぞ!」


「……」


 ルナが立ち止まった。


「賭けてる……」

「みたいですね」


 明日の試験で、どちらが勝つのか。


 いつの間にか、そんな賭けまで始まっていた。


「王都ではよくあるんですか?」


 ルナが聞く。


「闘技場の試合では珍しくありません」


 エレナが答える。


「今回は正式な試合じゃなくて試験ですけど……」

「やってるんですね」

「やってますね……」

「……」


 その横で、ユニがじっと板を見ていた。


「ユニちゃん?」

「はい」

「何見てるの?」

「私です」

「それは分かるけど」

「高いです」

「……倍率?」

「はい」


 ルナも見る。


 マグナス。


 そして、ユニ・N・スターチス。


 二人の数字には、かなりの差がある。


「そりゃ、みんなマグナスさんに賭けてるからじゃない?」

「なるほど」

「元Sランクで、王都じゃ有名な人なんでしょ?」

「はい」

「だから――」

「少し待っててください」

「え?」


 ユニが歩いていく。


「……」


 ルナが、その背中を見る。


「まさか」

「?」


 エレナも見る。


 少しして、ユニが戻ってきた。


「お待たせしました」

「ユニちゃん」

「はい?」

「何してきたの?」

「賭けてきました」

「やっぱり!」

「……」


 エレナが目を瞬く。


「誰にですか?」

「私です」

「自分に!?」


 ルナとエレナの声が重なった。


「はい」

「なんで!?」

「増えます」

「何が!?」

「旅のお金です」

「……」

「どやです」

「どやです、じゃないよ!」

「ワン」


 にゃん吉君が頭の上で鳴いた。


「いくら賭けたの?」

「秘密です」

「なんでそこだけ秘密なの!?」


「……」


 エレナは黙って板を見る。


 マグナス。


 ユニ・N・スターチス。


「……」

「エレナさん?」

「はい?」

「何見てるんですか?」

「何も」

「今、ユニちゃんの方見てましたよね?」

「見てません」

「見てました」

「……」


 エレナは、もう一度数字を見る。


 この数日、自分はユニを監視してきた。


 馬車で二日の距離を一日で往復した。


 魔獣より先に、その存在に気づいた。


 魔力を探っても何も分からなかった。


 測定器すら何の反応も示さなかった。


 それでも、ユニが何者なのか、まだ分からない。


「……」


 エレナが小さく息を吐いた。


「少しだけなら」

「え?」

「少しだけ」

「エレナさん?」

「監視役としての判断です」

「絶対違いますよね!?」

「違いません」

「じゃあなんで賭けるんですか!?」

「……」


 エレナがユニを見る。


「この数日、見てきましたから」

「?」

「それだけです」


 そう言って、エレナも人混みの方へ歩いていく。


「……」


 ルナがその背中を見る。


 そして、ユニを見る。


「ユニちゃんのせいだからね」

「?」

「ワン」


     *


 翌日。


「おはようございます」

「おはようございます!」


 宿の前で、エレナが待っていた。


 ルナと姉。そしてユニ。


 ユニの頭には、いつも通りにゃん吉君がいる。


「準備はできていますか?」

「はい」

「うん」

「大丈夫です」

「では、行きましょう」


 一行は、中央闘技場へ向かう。


     *


「すご……」


 闘技場へ近づくにつれて、人が増えていく。


 大通りいっぱいに、同じ方向へ向かう人。人。人。


「こんなに来るの……?」

「今日は元々、いくつか試合が予定されていましたから」


 エレナが答える。


「そこへマグナス様の試験が追加されました」

「だからこんなに?」

「はい」


 露店まで出ている。


 マグナスの名前を叫ぶ人。ユニの名前を話す人。どちらが勝つのか。そんな話ばかり。


「昨日よりすごいね」


 姉が言う。


「うん……」


 ルナは隣を見る。


「ユニちゃん」

「はい?」

「本当に緊張してない?」

「はい」

「……すごいね」

「?」

「ワン」


 やがて、中央闘技場の入口が見えてきた。


「ここから別です」


 エレナが言う。


 ユニが立ち止まる。


「私だけですか?」

「はい。出場者はあちらから入ります」

「にゃん吉君は?」

「……」


 エレナが、にゃん吉君を見る。


「ワン」

「……一緒に行くんですか?」

「たぶん」

「たぶん……」

「ワン」


 エレナは少し考えて。


「もういいです」

「?」

「この数日で慣れました」

「そうですか」

「褒めてません」

「?」


 ルナがユニを見る。


「ユニちゃん」

「はい?」

「頑張ってね」

「はい」

「怪我しないでね」

「はい」

「絶対だよ?」

「はい」

「……」


 全部、同じ返事。


 ルナは少しだけ笑った。


「行ってらっしゃい」

「行ってきます」

「ワン」


 ユニが出場者用の入口へ向かう。


 その背中を、ルナたちは見送った。


     *


「こちらです」


 エレナが向かったのは、一般客が並ぶ入口ではなかった。


 闘技場の側面。兵士が警備する別の入口。


「ここから?」

「関係者用です」


 ルナが姉を見る。


「私たちも入っていいの?」

「ユニさんの同行者として席を用意しています」

「……すごい」

「行きましょう」


 エレナに続いて、ルナと姉も中へ入った。


     *


「うわぁ……」


 通路を抜けた瞬間、視界が開けた。


 巨大な闘技場。


 中央には広大な戦いの場。その周囲を、何段にも重なった観客席が囲んでいる。


 すでに、ほとんどの席が埋まっていた。


「何人いるの……?」

「満員なら、五万人ほどです」

「五万……」

「こちらです」


 案内されたのは、一般席より少し高い場所。闘技場全体を見渡せる関係者席だった。


「お」


 声がした。


「……あ!」


 ルナが顔を上げる。


「久しぶりだな」

「ガルドさん!」


 ガルド・レイヴァン。


 黒龍の一件が起きた現場に居合わせた、現役Sランク冒険者。


「どうしてここに?」

「Sランクの昇格試験だぞ」


 ガルドが笑う。


「俺がいてもおかしくないだろ」

「あ、そっか」

「それに」


 ガルドが中央を見る。


「ユニが出るなら、見ておきたかった」

「黒龍の時以来ですよね?」

「ああ」


 ルナが、その隣を見る。


「……あれ?」


 そこにも、見覚えのある女性がいた。


「こんにちは」

「ギルドの……」


 王都の冒険者ギルドで見かけた受付の女性。


「今日は受付じゃないんですか?」

「交代してもらいました」

「見たかったんですか?」

「Sランクの昇格試験ですから」

「なるほど……」


 女性が少しだけ笑う。


「それに、気になる方もいますので」

「?」


 誰のことだろう。


 ルナが考えていると。


「ワン」

「……」

「え?」


 ルナが受付の女性を見る。


「今……」

「どうしました?」

「いえ……」


 ルナは首を傾げた。


 エレナも席につく。


「そういえば」


 ガルドがエレナを見る。


「昨日、面白い話を聞いたぞ」

「……何でしょう」

「試験の賭け」

「……」

「随分と差がついてたらしいな」

「そうですね」

「お前は?」

「何がですか?」

「賭けたのか?」

「……」


 エレナが黙る。


 ルナが横から見る。


「賭けました」

「ルナ」

「ユニちゃんに」

「ルナ」

「ほう」


 ガルドが笑う。


「監視役が候補者に賭けたのか」

「少しだけです」

「監視役としての判断です」

「便利だな、監視役」

「……」


 ガルドは、少しだけ楽しそうにエレナを見る。


「この数日、近くで見てきたんだったな」

「はい」

「それでユニに賭けたと」

「……監視役としての判断です」

「分かった、分かった」


 エレナは答えず、闘技場へ視線を戻した。


 その顔を見て、ルナが小さく笑った。


     *


「マグナスさんって、そんなに強いんですか?」


 試合が始まるまで、まだ少し時間がある。


 ルナがガルドに聞いた。


「強い」


 即答だった。


「どれくらい?」

「……そうだな」


 ガルドは少し考える。


「俺たちSランクにとっても、大先輩みたいな人だ」

「ガルドさんより?」

「比べ方にもよる」

「……」

「ただ」


 ガルドが闘技場を見る。


「元Sランクって肩書きを、昔の話だと思わない方がいい」

「……そんなに」

「ああ」


 ルナは少し黙る。


「ユニちゃん、勝てるかな」

「……」


 ガルドは、すぐには答えなかった。


「分からん」

「ガルドさんでも?」

「ああ」

「Sランクなのに?」


 ガルドがルナを見る。


「Sランクだからだ」

「……?」

「黒龍の時」


 ガルドの表情が少し変わる。


「俺はあいつを見た」

「……」

「それでも」


 中央へ視線を戻す。


「ユニ・N・スターチスが何をできるのか、俺はほとんど知らん」

「……」

「だから分からん」

「私もです」

「一緒に旅してるんだろ?」

「はい」

「それでもか?」

「それでもです」

「……そうか」

「私もですよ」


 エレナが言った。


「エレナさんも?」

「はい」


 森。


 魔力感知。


 測定器。


 数日間、近くで見続けた。


 それでも。


「監視役なのに」


 エレナは少しだけ笑う。


「分からないことが増えました」


 ガルドがエレナを見る。


「……苦労してそうだな」

「とても」


 そう言いながら、エレナは闘技場を見ていた。


     *


 最初の試合が始まった。


 今日、元々予定されていた上位冒険者同士の試合。


 開始の合図と同時に、炎が闘技場を走った。


「わっ!」


 大きな炎。


 対する冒険者が地面から壁を作る。


 激突。


 轟音が響く。


 観客が一斉に沸いた。


「すごい……」


 ルナが呟く。


 一人が地面を蹴る。


 速い。


 一気に距離を詰める。


 もう一人が炎を放つ。


 避ける。


 反撃。


 防ぐ。


 魔法。


 剣。


 また魔法。


 ルナの目では追いきれない瞬間もある。


「……強い」

「ああ」


 ガルドが腕を組んだまま答える。


「あの二人なら、どこのギルドでも上位に入る」

「ガルドさんなら?」

「俺?」

「うん」

「……」


 少し考えて。


「秘密だ」

「えー」

「人の戦いを見てる時くらい、本人たちを見てやれ」

「……はい」


 試合は続く。


 何度も歓声が上がった。


 そして最後、一人の剣が相手の喉元で止まる。


 一瞬の静寂。


 勝敗が決まった。


 次の瞬間、大歓声が上がる。


 ルナも思わず拍手する。


「すごかった……」

「ああ。いい試合だった」


 勝った冒険者が観客へ手を上げる。


 負けた冒険者も立ち上がり、二人が握手を交わした。


 再び拍手が起こる。


 やがて、二人が闘技場から去った。


「……」


 少しずつ会場が静かになる。


 でも、誰も席を立たない。


 むしろ、先ほどより空気がざわついている。


 待っている。


 今日、多くの人がここへ来た理由を。


 ルナも自然と背筋を伸ばした。


「……来るぞ」


 ガルドが言った。


「うん」


 エレナも黙って中央を見る。


 そして、声が響いた。


『皆様、大変お待たせいたしました!』


 大歓声。


『これより――Sランク昇格特別試験を行います!』


 ルナの心臓が大きく鳴った。


『試験官を務めるのは――』


 一つの通路。


 その奥から男が歩いてくる。


『かつてSランク冒険者として数々の功績を残し、現在は王直属の最高魔術師としてその名を知られる――』


 歓声がさらに大きくなる。


『マグナス・ヴァルハイト!』


 闘技場へマグナスが姿を現した。


「……!」


 何万人もの歓声が、音の塊となって身体に響く。


 マグナスは、ゆっくりと中央へ向かう。


「すごい人気……」

「そりゃそうだ」


 ガルドが言う。


「この王都で、あの人を知らない奴の方が少ない」


 マグナスが中央で止まった。


 歓声が少しずつ収まっていく。


 そして。


『対するは――』


 反対側の通路。


 ルナがそちらを見る。


『王都近郊で発生した黒龍の一件を収め、その功績を認められ、Sランク昇格特別試験の候補者となった冒険者――』


 ざわめきが広がる。


 まだマグナスほど、その名は知られていない。


 だが、この数日で王都中に広がった名前。


『ユニ・N・スターチス!』


 通路の奥から、小さな影が現れる。


 白銀の髪。


 青いコート。


 エメラルドグリーンの瞳。


 そして頭の上には。


「ワン」


「……」


 ルナが目を瞬いた。


「本当に一緒に出てきた……」

「……あれも参加者なのか?」


 ガルドが聞く。


「私に聞かないでください」

「一緒に旅してるんだろ?」

「にゃん吉君のことは、私もよく分かりません」

「そうか……」


 エレナが小さく息を吐く。


「止めても無駄だと思いますよ」

「監視役が諦めるなよ」

「数日あれば分かります」

「……苦労してるな」

「とても」


 ユニは何万人もの視線を浴びながら、いつもと変わらない歩幅で中央へ向かっていく。


「ユニちゃーん!」


 ルナが思わず声を上げた。


「……」


 ユニが足を止め、観客席を見る。


「!」


 ルナを見つけた。


 その隣には姉とエレナ、そしてガルドとギルドの受付の女性。


 ユニが小さく手を振る。


「頑張ってー!」


 ルナも大きく手を振り返した。


 ユニは再び歩き出す。


 そして闘技場の中央、マグナスの前で止まる。


「……」

「……」


 元Sランク冒険者にして、王直属の最高魔術師。


 マグナス・ヴァルハイト。


 そして、十三人目のSランクを目指す昇格候補。


 ユニ・N・スターチス。


 何万人もの視線が、二人へ集まる。


 マグナスが小さく笑った。


「待っていたぞ」


 ユニは、いつもと変わらない顔で。


「お待たせしました」


 と、小さく頭を下げた。


 その頭の上で。


「ワン」


 にゃん吉君が鳴いた。


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