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願いを魔法に  作者: 由吉


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第1章 第21話 物差しの外

 夕方。


 王都の南門が見えてきた。


「……」


 エレナは、遠くに見える城壁を眺める。


 朝、ここを出た。馬車なら片道二日。そのはずだった。


「帰ってきましたね」


 隣からユニの声がする。


「……そうですね」

「間に合いました」

「何にですか?」

「今日中に」

「……確かに」

「ワン」


 にゃん吉君が、ユニの頭の上で鳴く。


 エレナは、もう一度だけ後ろを見る。


 南へ続く街道。その遥か先に、リュネの森がある。薬草を採って、魔獣と遭遇して、昼食まで取った。


 それでも、日が沈む前に王都へ戻ってきた。


「……」

「エレナさん?」

「はい?」

「疲れました?」

「少し」

「休みますか?」

「いえ」


 エレナは、城門へ向かって歩き出した。


「まずは依頼の報告を済ませましょう」

「はい」

「そのあと」

「?」

「忘れてませんよね?」

「何をですか?」

「魔力測定です」

「あ」

「忘れてたんですね」

「少し」

「……行きますよ」

「はい」

「ワン」


     *


 王都冒険者ギルド。


 夕方になっても、中には多くの冒険者がいた。依頼を終えて戻ってきた者。酒場で食事をする者。明日の依頼を探している者。


 その間を、ユニたちは進む。


「お願いします」


 ユニが受付で何もない空間へ手を伸ばす。


 取り出したのは、森で採取したリュカ草。一束、また一束。十束すべてを受付台へ並べていく。


「リュカ草の採取依頼ですね」

「はい」

「少々お待ちください」


 受付の女性が、一束ずつ確認していく。


 葉の状態。種類。量。


 やがて顔を上げた。


「はい。十束すべて確認できました。状態も問題ありません」

「よかったです」

「依頼達成となります。お疲れさまでした」

「ありがとうございます」


 ユニが小さく頭を下げる。


「ワン」

「にゃん吉君も、お疲れさまでした」

「ワン」


 エレナは、そのやり取りを横で見ていた。


 馬車で二日の森へ行って、その日のうちに帰ってきた。それなのに、やっていることだけ見れば、ただの薬草採取依頼だった。


「……」

「エレナさん?」

「はい」

「終わりました」

「そうですね」


 エレナは、思い出したように受付を見る。


「すみません。もう一つお願いしても?」

「はい?」

「魔力量の測定をしたいんですが」

「魔力量ですか?」

「はい」


 受付の女性がユニを見る。


「こちらの方の?」

「はい」

「分かりました。少々お待ちください」


 受付の女性は奥へ向かった。


     *


 しばらくして、受付台の上に一つの魔道具が置かれた。


 透明な水晶。その下には、いくつもの数字が刻まれた台座がある。


「これが?」


 ユニが水晶を見る。


「魔力量を測定する魔道具です」


 エレナが答える。


「初めて見ました」

「本当に測ったことがないんですね」

「はい」


 受付の女性が、水晶を軽く確認する。


「手を置いて、少しだけ魔力を流してください」

「分かりました」


 ユニが水晶へ手を置く。


「……」


 エレナが見る。受付の女性も水晶を見る。


「……」


 何も起きない。


「?」


 ユニが水晶を見る。


「これでいいですか?」

「もう少し魔力を流していただけますか?」

「はい」

「……」


 何も起きない。


 光らない。数字も出ない。針も動かない。


 ただ、そこにあるだけ。


「……」


 エレナが眉を寄せた。


 森で自分が魔力を探った時と同じ。


「一度、手を離してください」

「はい」


 ユニが手を離す。受付の女性が魔道具を確認する。


「おかしいですね……」

「故障ですか?」

「その可能性もあります」


 エレナが水晶を見る。


「私が試します」

「お願いします」


 エレナが水晶へ手を置き、魔力を流す。


 次の瞬間、水晶の内部に淡い光が灯った。台座の数字が動き始め、やがて一つの数値で止まった。


「……正常ですね」


 受付の女性が言う。


「はい」


 エレナは手を離し、ユニを見る。


「もう一度、お願いします」

「はい」


 ユニが同じように手を置く。


「……」


 何も起きない。


「……」


 受付の女性が水晶を見る。


 エレナも見る。


 ユニも見る。


「……」

「……」

「……」

「ワン」


 にゃん吉君の声だけが、妙に響いた。


「……壊れてませんね」


 ユニが言った。


「そこじゃありません」

「?」

「ユニさん」

「はい」

「ちゃんと魔力を流してます?」

「流してます」

「本当に?」

「はい」

「……」


 エレナは水晶を見る。


 森では、自分の感知が届かなかった。だから、自分の技量の問題かもしれないと思った。


 けれど、これは違う。


 王都の冒険者ギルドで、何人もの冒険者を測ってきた魔道具。それすら、ユニには何の反応も示さない。


「上限を超えた場合は?」


 エレナが受付の女性に聞く。


「表示が振り切れます」

「魔力が極端に少なければ?」

「数値は出ます。小さくても反応自体はあります」

「では……」


 エレナが、もう一度ユニを見る。


「これは?」

「……分かりません」


 受付の女性も困った顔をしていた。


 数値が高いわけではない。低いわけでもない。測定不能という表示すら出ていない。


 ただ、何も起きない。


「……」


 エレナは、森で感じた違和感を思い出す。


 少ないわけではない。大きすぎると感じるわけでもない。隠しているようにも思えない。


 ただ、分からない。


「ユニさん」

「はい?」

「これ、本当に気にならないんですか?」

「初めてなので」

「初めてだからこそ気になりません?」

「……」


 ユニが少し考える。


「測れないんですね」

「そういうことになります」

「なるほど」

「それだけ?」

「はい」

「……」

「ワン」


 エレナは額に手を当てた。


「マグナス様に報告することが増えました……」

「大変ですね」

「誰のせいだと思ってるんですか」

「?」

「……いえ。もういいです」


 その時。


「ワン」


 声がした。


「……」


 エレナが、ゆっくり横を見る。


 少し離れた受付。昨日、にゃん吉君が飛びついた女性がいる。


 いつの間に移動したのか、にゃん吉君が受付台の上にいた。


「……」


 女性は、にゃん吉君を見て、いつもと変わらない顔で書類を整理している。


「ワン」

「そうですね」

「……」


 エレナがそちらを見る。


「何がですか?」


 女性が顔を上げる。


「はい?」

「今、そうですねって」

「ああ」


 女性は、にゃん吉君を見る。


「こちらの話です」

「……」

「ワン」

「……そうですか」


 もう追及する気力がなかった。


     *


 ギルドを出る頃には、空が少し赤く染まり始めていた。


「エレナさん」

「はい?」

「これからどうしますか?」

「私は一度、王宮へ戻ります」

「マグナスさんに?」

「はい」


 エレナがユニを見る。


「今日見たことを報告します」

「分かりました」

「ユニさんは?」

「ルナのところへ戻ります」

「そうですか」

「はい」

「では、明日の朝。また迎えに行きます」

「分かりました」

「今日はもう、どこか遠くへ行かないでくださいね」

「行きません」

「本当に?」

「はい」

「……信じます」

「ワン」


 エレナは、王宮へ続く道へ向かう。


 数歩進んで、振り返った。


「ユニさん」

「はい?」

「今日はありがとうございました」

「?」

「いろいろ見せてもらいましたから」

「私は薬草を採っただけです」

「……そうですね」


 エレナは少し笑った。


「では、また明日」

「はい」

「ワン」


 ユニとにゃん吉君は宿へ。エレナは王宮へ。


 同じ道を歩いていた一行が、二つに分かれた。


     *


 宿へ戻り、扉を開けると。


「あ!」


 声がした。


「ユニちゃん!」


 ルナがこちらを見る。


「ただいまです」

「おかえり!」


 朝から姉と王都を歩いていたルナ。その顔は少し疲れている。でも、楽しそうだった。


「どうだった?」

「薬草を採りました」

「それだけ?」

「魔獣もいました」

「え?」

「エレナさんが飛ばしました」

「……飛ばした?」

「はい」

「どこに?」

「森の奥です」

「……」

「強かったです」

「そ、そうなんだ……」

「ワン」


 ルナは、何から聞けばいいのか少し迷った。


 でも。


「そうだ!」


 思い出す。


「ユニちゃん、ちょっと待って」

「?」


 鞄を開き、中から小さな包みを取り出した。


「これ」

「なんですか?」

「お土産」

「私に?」

「うん」


 ユニが受け取る。包みを開く。


 中から出てきたのは、星の形をした小さな焼き菓子。


「星です」

「うん」

「どうして星なんですか?」

「なんとなく」

「なんとなく?」

「見たら、ユニちゃんっぽいなって思って」

「……」


 ユニは、手のひらの星を見る。


「ありがとうございます」

「うん!」


 そして、ルナがもう一つの包みを取り出す。


「にゃん吉君にも」

「ワン?」

「はい」


 包みを開く。


 丸い焼き菓子。白い砂糖が、表面に薄くかかっている。


「……」


 にゃん吉君がじっと見る。


「似てたから」

「ワン」

「喜んでる?」


 ルナが聞く。


「ワン」

「……分かんない」

「喜んでます」

「ほんと?」

「たぶん」

「たぶんなんだ」

「ワン」


 ルナが笑う。


 ユニも、星の焼き菓子を一口食べた。


「美味しいです」

「よかった」

「どやです」

「なんでユニちゃんが得意そうなの?」

「……」

「ワン」


 にゃん吉君も、丸い焼き菓子を食べている。


 朝、ルナの鞄の横に置かれていた小さな袋。その中のお金が、星になって、丸になって、ユニとにゃん吉君の手元へ戻ってきた。


「王都、楽しかったですか?」

「うん!」


 ルナは、今日見たものを話し始めた。


 大きな中央広場。初めて近くで見た獣人。たくさんの露店。旅道具の店。美味しかった焼き菓子。


 話したいことは、いくらでもあった。


 ユニは星の焼き菓子を食べながら。


「はい」

「そうなんですね」


 と、一つずつ聞いていた。


 外では、王都の一日がゆっくりと終わろうとしていた。


     *


 その頃、王宮。


「戻りました」


 エレナが、マグナスの前に立っていた。


「早かったな」

「はい」


 マグナスが書類から顔を上げる。


「それで、どうだった?」

「……」


 エレナは、今日一日を思い返した。


「今朝、ユニさんは冒険者ギルドへ向かいました」

「ギルドへ?」

「はい。そこで薬草採取の依頼を受けました」

「薬草採取?」

「リュネの森まで行ってきました」

「……リュネの森?」


 マグナスが少し眉を上げる。


「もう戻ってきたのか?」

「はい」

「馬車なら二日はかかるはずだが」

「そうです」

「どうやって?」

「走ってです」

「……」


 マグナスが黙った。


「正確には、私も一緒に走りました」

「お前もか」

「はい」

「……なるほど」

「それから森では、危険指定されていた魔獣とも遭遇しました」

「怪我は?」

「ありません。私が対処しました」

「そうか」


 エレナは、そこで一度言葉を切った。


「ですが、気になることがありました」

「なんだ?」

「ユニさんは、私より先に魔獣の存在に気づいていました」

「索敵魔法か?」

「いいえ。本人は魔法を使っていないと言っています」

「……」

「魔力を探ったわけでも、音で気づいたわけでもないそうです」

「では、どうやって?」

「本人は――」


 エレナは、ユニの言葉を思い出す。


「『いたので』と」

「……」

「それだけでした」


 マグナスは、しばらく黙っていた。


「それで?」

「私も気になって、ユニさんの魔力を探ってみました」


 エレナの表情が、少しだけ変わる。


「ですが、分かりませんでした」

「分からない?」

「はい。多いのか、少ないのか。それすら判断できませんでした」

「お前が?」

「はい」


 マグナスの目が、わずかに細くなる。


「それで王都へ戻ったあと、ギルドの測定器を使いました」

「結果は?」

「正確には――」


 エレナは一度言葉を切った。


「測れませんでした」

「上限を超えたのか?」

「いいえ」

「測定器の故障は?」

「私で正常に作動することを確認しました」

「……」

「ユニさんが使った時だけ」


 エレナは、あの水晶を思い出す。


「何も起きませんでした」

「……そうか」


 マグナスは、それだけ答えた。


「驚かれないんですか?」

「驚いているさ」


 そう言いながら、マグナスの目には別のものが浮かんでいた。


 六日後。


 中央闘技場。


 自分が直接確かめる。


「面白くなってきたな」


 マグナスが小さく笑った。


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