↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
願いを魔法に  作者: 由吉


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
18/45

第1章 第17話 王宮

 王都の門をくぐってから、ルナは何度足を止めそうになったか分からなかった。

 広い。

 人が多い。

 それだけではない。

 道の両側には、三階、四階と続く建物が並んでいる。一階には店があり、開け放たれた扉から焼いた肉の匂いが流れてきた。

 少し先では、色鮮やかな果物が店先いっぱいに積まれている。

 聞いたことのない楽器を鳴らす人。大きな荷物を抱えて走る人。獣の耳を持つ人も、杖を背負った魔術師も、当たり前のように人混みの中を歩いていた。

「……」

 見たい。

 あっちも。

 こっちも。

 でも、今は衛兵についていかなければならない。

 ルナは通り過ぎていく店を振り返りながら歩いた。

「あとで来られます」

 前を歩いていたユニが言った。

「……分かった?」

「はい」

「そんなに見てたかな」

「かなり」

「……そっか」

「ワン」

 ルナは少し恥ずかしくなって、前を向いた。

 その先、建物の隙間から白い王城が見えていた。


     *


 王城が近づくにつれて、街の様子は少しずつ変わっていった。

 賑やかな店が減り、道幅がさらに広くなる。石畳も綺麗に整えられていた。

 そして、目の前にもう一つの門が現れた。

 その向こうに、王城がある。

「……ここに入るの?」

「そうだ」

 案内していた衛兵が答えた。

「私も一緒でいいんですか?」

「話があるのはユニ殿だが、同行者も一緒に来て構わないと聞いている」

「……」

 ルナは自分の服を見る。

 旅をしてきた服。靴には、まだ少し土が残っている。

「私、このままで大丈夫かな」

「大丈夫です」

 ユニが答えた。

「ユニちゃんは気にならないの?」

「はい」

「……だよね」

 門を通る。

 広い庭。綺麗に刈り込まれた木々。陽の光を反射する噴水。

 その先に、巨大な扉があった。

 ルナは無意識に背筋を伸ばした。


     *


 城の中は、外の王都とはまるで音が違った。

 静かだった。

 高い天井。磨かれた床。壁には、ルナより大きな絵が飾られている。

 歩くたび、靴の音が小さく響く。

 ルナは、なるべく周りを見すぎないように歩いた。

 でも、気になる。

 ちらりと右を見る。

 大きな窓。

 ちらりと左を見る。

 立派な鎧。

「ルナ」

「なに?」

「首が忙しいです」

「見てないよ」

「見てます」

「……ちょっとだけ」

「ワン」

 にゃん吉君も、ユニの頭の上から左右を見ていた。

「にゃん吉君も見てるじゃん」

「ワン」

「観光です」

「私もだよ」

「そうでしたか」

 少しだけ緊張がほどけた。

 そのとき、前を歩いていた衛兵が止まった。

「こちらです」

 目の前に大きな扉がある。

 衛兵が、扉の横に立つ兵士へ声をかけた。

「ユニ・N・スターチス殿をお連れした」

 兵士がユニを見る。

 その頭を見る。

「……」

「ワン」

「……確認した」

 扉が開いた。


     *


 中には、一人の老人がいた。

 窓際に立ち、背中を向けている。

 ルナたちが入ると、老人はゆっくりと振り返った。

 白髪。深く刻まれた皺。年齢は高く見える。

 けれど、背筋は真っ直ぐに伸びていた。

 老人の目がユニを捉える。

「……貴様が、ユニ・N・スターチスか」

「はい」

「城門では随分と衛兵を困らせたそうじゃな」

「質問に答えました」

「素直に答えんから困ったんじゃろうが」

「そうなんですか?」

「すでに報告は受けておる!」

「早いですね」

「王都じゃぞ!」

 老人は一度息を吐いた。

「……マグナス・ヴァルハイトじゃ」

「ユニ・N・スターチスです」

「知っとるわ!」

 ルナは笑っていいのか分からなかった。


     *


 少しして、空気が変わった。

 マグナスがユニを見る。

 さっきまでとは目が違った。

「十四歳と聞いた」

「はい」

「黒龍の一件は知っておる」

「はい」

「それ以前の報告も読んだ」

「はい」

「それでも儂は、貴様がSランクに相応しいとはまだ認めておらん」

 ルナの表情から、少しだけ笑みが消えた。

 ユニは変わらない。

「そうですか」

「……それだけか?」

「はい」

「腹が立たんのか」

「特には」

「Sランクに相応しくないと言われておるんじゃぞ」

「はい」

「……」

 マグナスがわずかに眉を寄せる。

「貴様にとって、Sランクとは何じゃ」

 ユニは少し考えた。

「ランクです」

「それは見れば分かる!」

「そうですか」

 マグナスのこめかみが少しだけ動いた。

 だが、怒鳴らなかった。

「なら聞き方を変える。貴様は、自分がSランクに相応しいと思っておるか」

 ルナはユニを見る。

 少しだけ、答えが気になった。

 ユニはしばらく黙っていた。

 そして。

「分かりません」

 そう答えた。

「……何?」

「決めるのは、私ではないので」

「ならば、なぜ特別試験を受ける」

「断る理由がなかったので」

「名誉にも興味がないと?」

「はい」

「……」

 マグナスはしばらく何も言わなかった。

 そして、一歩ユニへ近づいた。

「ならば」

 空気がわずかに揺れた。

「儂が確かめる」

 ルナの身体が反射的に強張った。

 何かをされたわけではない。

 老人は、ただ立っているだけ。

 それなのに、さっきまでとはまるで違って見えた。

 部屋の中が少し狭くなったような、そんな感覚。

 ルナは息をするのを忘れそうになった。

 マグナスの周囲に何かがある。

 魔力。

 そう気づくまでに、少し時間がかかった。

 今まで見た魔術師とは、あまりにも違う。

 大きい。

 ただ、大きいだけではない。

 静かだった。

 荒れていない。溢れてもいない。

 巨大な何かが完全に押さえ込まれている。

 そんな感覚だった。

 ルナが無意識に一歩下がりそうになる。

 そのとき、ユニがルナの少し前へ出た。

 ほんの半歩。

 それだけだった。

 マグナスの目がわずかに動く。

 そして初めて、ユニを探った。

「……?」

 眉が寄る。

 もう一度。

「……なんじゃ、これは」

 マグナスの顔から苛立ちが消えた。

 代わりに、魔術師の顔になった。

「魔力が……」

 ある。

 ない。

 そのどちらでもない。

 分からない。

 目の前にいる。声も聞こえる。姿も見える。

 なのに、魔術師として何一つ掴めない。

「……なるほど」

 マグナスが呟く。

「ガルドの奴が、ああ言うわけじゃ」

「ガルド?」

 ユニが首を傾げる。

「貴様の推薦人になってもよいと言っておる馬鹿じゃ」

「そうなんですか」

「驚かんのか」

「なんと!」

「それはもうよい!」

「はい」

 マグナスは大きく息を吐いた。

 だが、目だけはユニから離れていなかった。


     *


「一週間後」

 マグナスが言った。

「王都の中央闘技場へ来い」

「闘技場?」

「そこで、貴様がSランクに相応しいか確かめる」

 ルナが思わず口を開いた。

「戦うってことですか?」

 マグナスがルナを見る。

「ああ」

「でも……」

 ルナは老人を見る。

 さっき感じた魔力を思い出す。

 ユニが強いことは知っている。

 それでも、この老人も普通ではない。

「これは喧嘩ではない」

 マグナスが言った。

「貴様を十三人目として認められるか、誰もが納得できる形で確かめる。そのための特別試験じゃ」

「試験……」

「儂も、かつてSランクだった」

 ルナの目が少し大きくなる。

「え?」

「知らんかったか」

「……はい」

「そうか」

 マグナスはもう一度ユニを見る。

「だからこそ、Sの名を軽くするつもりはない」

 ユニは黙って聞いている。

「逃げるなら今のうちじゃぞ」

「逃げません」

 即答だった。

「ほう」

「逃げる理由がないので」

「……怖くないのか?」

「何がですか?」

「……」

「……」

 沈黙。

 ユニが両手を頬へ添えた。

「きゃー」

 棒読みだった。

「……ふざけおって」

「ふざけてません」

「なお悪いわ!」

「ワン」

 ルナは俯いた。

 笑わないようにするのが少し大変だった。

「……もうよい。一週間後じゃ」

「はい」

「逃げるなよ」

「はい」

 マグナスは額に手を当てた。


     *


「……ところで」

 マグナスの視線が、ユニからその隣へ移った。

 ルナだった。

「娘」

「は、はい!」

 突然呼ばれ、ルナの背筋が伸びる。

 マグナスはルナの姿を見た。

 旅の汚れが残る服。土のついた靴。

 王都へ着いてから、まだ休んでもいないのだろう。

「長旅だったのか」

「はい」

「今日、王都へ着いたばかりじゃな?」

「はい」

 マグナスが小さく息を吐いた。

「……そうか」

 先ほどまでより、少しだけ声が柔らかくなる。

「着いたばかりのところを呼びつけて悪かったな」

「え……」

 ルナは少し驚いた。

「一週間後と決めたのは儂じゃ。それまで王都に留まってもらうことになる」

 マグナスは近くに控えていた兵士を見る。

「二人が泊まれる部屋を手配しておけ。食事も付けてやれ」

「承知しました」

「えっ、でも……」

「気にするな」

 マグナスはルナを見る。

「こちらの都合で一週間も足止めするんじゃ。そのくらいは出させろ」

「……ありがとうございます」

 ルナは頭を下げた。

「うむ」

「ありがとうございます」

 ユニもぺこりと頭を下げる。

 マグナスが少しだけ目を細めた。

「……貴様は随分と平然としておるな」

「アワアワです」

「どこがじゃ!」

「心です」

「見えんわ!」

「はい」

「もうええ!」

「ワン」

 ルナはまた少し笑った。


     *


 今度こそ、話は終わった。

 ルナたちが扉へ向かう。

 そのときだった。

「ワン」

 にゃん吉君が、ユニの頭からふわりと降りた。

「……なんじゃ?」

 マグナスの前まで行き、小さな前足を差し出す。

 その上に、黒いものが浮かんでいた。

 マグナスの目が鋭くなる。

「……これは」

 一目で分かった。

「セレナで確認された、黒いマナか」

「はい」

 ユニが答えた。

「にゃん吉君が回収しました」

「回収した……?」

「はい」

 マグナスは黒いマナへ目を落とす。

 報告は、すでに届いている。

 森の生き物たちが一斉に逃げ出したこと。

 木々や草が黒く変色したこと。

 地下へ黒いマナが広がっていたこと。

 そして、発生した原因は分かっていないこと。

 王都でも、調査を続けるべきものとして扱われていた。

「これを、どうやって持ち帰った」

「にゃん吉君が」

「ワン」

「……」

 マグナスがにゃん吉君を見る。

 にゃん吉君は黒いマナを差し出したまま、もう一度鳴いた。

「ワン」

「……儂にか?」

「よかったら、だそうです」

「…………」

 マグナスはしばらく黒いマナを見つめた。

 そして慎重に受け取る。

「……もらっておこう」

「ワン」

 にゃん吉君はそれで満足したらしい。

 ふわりと浮かび、いつもの場所へ戻った。

 ユニの頭の上。

「では」

「はい」

 ユニが扉へ向かう。

 ルナもそのあとに続いた。

 扉が閉まる。

「……」

 部屋に残ったマグナスは、手元を見る。

 黒いマナ。

 セレナから届いた報告書では何度も読んだ。

 だが、現物が今、自分の手にある。

 それを、あの白い生き物は、まるで旅先で拾ったものでも渡すように置いていった。

「……なるほど」

 マグナスは閉じた扉を見る。

 そして、もう一度手の中の黒いマナへ目を落とした。

「面白い」

 その声は、先ほどまでよりずっと静かだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。