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願いを魔法に  作者: 由吉
六章

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第6章 第10話 岬の先へ

 最初の冊子には、泉へ行った人の話はなかった。


 旅の途中で聞いた言い伝えが、土地ごとに書き留められていた。


 山の向こう。


 深い森の奥。


 どこかで読んだものと似た話もあった。


 ルナは頁をめくった。


 海沿いの町で聞いた話のところで、指が止まった。


「世界の果て、まで行けば……」


 小さく読み上げる。


 続きには、願いをかなえる泉があると書かれていた。


 ルナは前後を読んだ。


 町で宿を営む人から聞いた話だった。書いた人は、その翌日に、北の岬へ向かっている。


 ここからは、自分で歩いた記録になっていた。


 風が強かったこと。


 道の途中に、荷を下ろして休んだこと。


 岬の先まで行っても、見えたのは海だけだったこと。


 最後に、短い一文があった。


 道があると聞いていたが、私は見つけられなかった。


 ルナは、そこをもう一度読んだ。


「この人も、泉を探したんですね」


 男が隣から頁をのぞいた。


「ええ。たどり着いたとは書いていません」


「道があるって、どこに……」


 ルナは話を聞いた場面へ戻った。


 宿の人の言葉が、短く残されていた。


 海へ下りるのではなく、岬の先へ進む。


 その先に、世界の果てへ続く道があるという。


 ルナは地図を引き寄せた。


 町の名前を探す。


 すぐには見つからなかったが、男が北の海岸へ指を置いた。


「こちらです。町の名前は、今も同じですね」


 海へ突き出した岬があった。


 道の線は、その手前で終わっていた。


     *


 ルナは、冊子と地図を並べた。


 書いた人の名前と日付。


 話を聞いた町。


 岬まで歩いたあと、道を見つけられずに戻ったこと。


 その四つを手帳へ写した。


「これを書いた人に、会ったことはありますか?」


「いいえ。その冊子は、別の人から譲っていただきました」


 ルナは頷いた。


 男が実際に歩いた道とは、違う場所だった。


 ほかの冊子にも同じ町が出てこないか、男と手分けして探した。


 一冊には、よく似た言い回しがあった。


 けれど、後ろを見ると、今読んだ冊子から写したと書かれていた。


 ルナは二冊を重ねた。


 二人が確かめた話ではなかった。


 そのあとに開いた本には、泉のそばで花が枯れなくなったという話があった。場所も、見た人の名前も書かれていない。


 ルナはそちらを閉じ、岬の記録へ戻った。


「私は、ここへ行ってみたいです」


 地図の町へ指を置いた。


 男は、すぐには頷かなかった。


「この人も、道を見つけられなかった場所ですが」


「はい」


 ルナは冊子を見た。


「でも、どこまで行って、何が見えたかが書いてあります。まずは、この人が立ったところまで行けるか、調べたいです」


 男の教えた森では、描かれた岩を見つけられた。


 水面がなくても、そこで終わりにはならなかった。


 今度の記録にも、歩いた人がいる。


 見つからなかったという言葉だけで、その先も何もないとは決めたくなかった。


「世界の果てが、本当に岬の先にあるかは分かりません。でも、あの森とは違う場所で、同じ言葉が残っています」


 男は地図へ目を落とした。


「私は、海の端をそう呼んだ話だと思っていました。私が訪ねた泉とは場所も違いますから」


「そうかもしれません」


 ルナは、手帳に書いた二つの言葉を見た。


 願った人も、世界の果てまで来たと言っていた。


 岬の宿の人も、その言葉を使っていた。


 同じ意味なのかは、まだ分からなかった。


 けれど、今度は、その言葉を聞いた土地へ行ける。


     *


 男は棚から紙を取り出した。


「道順のところは、写しておくとよいでしょう。途中で泊まった場所も書いてあります」


「はい。ありがとうございます」


 ルナは必要なところを写した。


 宿の名前も残した。


 今もあるとは限らないが、町で尋ねるときの手掛かりになる。


 書き終える頃には、窓の外が赤くなっていた。


 にゃん吉君が卓の下から出てきた。


 ルナの膝へ鼻先を寄せる。


「待たせちゃったね」


「ワン」


 ルナが手を下ろすと、白い身体はふわりと浮き上がった。


 男は冊子を重ね、紐を掛けた。


「持っていきますか?」


 ルナは少し迷った。


 もう一度、写した頁を見る。


「今日は、写したものを持っていきます。また確かめたいことができたら、読ませてもらってもいいですか?」


「ええ。ここへ置いておきます」


 男は、棚の取りやすいところへ冊子を戻した。


 ルナは手帳をしまった。


 茶器を寄せ、椅子から立ち上がる。


「もう一度、お話を聞けてよかったです」


「私も、あなたが見てきたものを見せてもらえてよかったです。私の絵だけでは、今のあの場所は分かりませんでした」


 ルナは頷いた。


 同じ場所を見ても、持ち帰るものは違った。


 次の岬でも、記録を書いた人と同じものだけを見るとは限らない。


 扉の外へ出ると、風が頬へ当たった。


 草の向こうに、夕方の雲が見えた。


「ユニちゃん。泊まっていた街へ戻って、今日は休みたい」


「はい」


 男へ向き直り、頭を下げた。


「行ってきます」


「お気をつけて」


     *


 ユニに連れられて街へ戻ると、足元が石畳に変わった。


 夕食の匂いが通りに漂っていた。


 ルナは、前に泊まった宿で部屋を取った。


 部屋へ入って収納バッグを下ろすと、足が重くなった。


 朝は湖の岸を歩いていた。


 森へ入り、水を探し、天空の島へ戻った。


 今は、街の寝台に座っている。


 ルナは靴を脱ぎ、足を伸ばした。


「今日は、いろんなところにいたね」


「そうですね」


 ユニが窓を少し開けた。


 外から、荷車の車輪が石畳を通る音がした。


 ルナは手帳を開いた。


 湖と森の頁の後ろに、北の海岸の地図がある。


 その間には、水の流れを描いた絵と、男へ尋ねたことが残っていた。


 最初の場所で泉を見つけられなかったことは、やはり残念だった。


 けれど、次にどこへ行きたいかは、自分で決められた。


 ルナは海岸の頁へ紙を挟み、手帳を閉じた。


 食事を終えると、その夜は早く横になった。


     *


 翌朝、駅で北へ向かう列車を尋ねた。


 海沿いの町までは、途中で乗り換える必要があった。


 ルナは時刻と駅の名前を確かめ、切符を買った。


 出発までは、まだ少し時間がある。


 駅の前の店で昼に食べるものを買い、荷物を持った人たちに交じって、乗り場へ向かった。


 線路の先には、まだ見たことのない町が続いている。


 ルナは切符をしまい、隣のユニを見上げた。


「今度は、海だね」


「はい」


「船に乗るかどうかは、まだ分からないけど」


 ルナが笑うと、ユニも少し笑った。


 列車が入ってきた。


 窓の向こうから、乗っていた人が荷物を下ろすのが見える。


 ルナは脇へ寄り、人が降りるのを待った。


 それから、長杖を持ち直して乗り込んだ。


 席へ座ると、にゃん吉君が窓のそばに浮かんだ。


 ルナも外を見た。


 合図が鳴り、車体がゆっくり動き出す。


 魔法を使えるようになりたい。


 その気持ちは、今も変わらない。


 けれど、泉で願う前に、確かめたいことがあった。


 ルナは膝の上へ手帳を置いた。


 列車は、北へ向かって走り始めた。

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