第6章 第8話 確かめたことを持って
くぼ地の低い方は、木の根が重なる斜面になっていた。
ルナは、その脇を下りた。
土のくぼみは途中で浅くなり、落ち葉の下へ消えている。
下まで回ると、水の音がした。
根の間から、細い流れが出ていた。
ルナはしゃがんだ。
水は小石を濡らしながら斜面を下り、木々の奥へ続いている。
「ここへ出ているのかな」
振り返る。
上には、乾いたくぼ地があった。その向こうに、割れ目のある岩の重なりが見える。
位置は近かった。
けれど、この水が別のところから来ている可能性もある。
ルナは流れのそばに、平たい石を置いた。
「ユニちゃん。少し、ここで見ていてくれる?」
「はい」
「上から葉を流してみたいの。ここへ出てくるか、確かめたい」
ユニが頷いた。
ルナは落ちていた黄色い葉を拾った。
先が二つに裂けている。
表と裏をユニに見せてから、来た斜面を戻った。
*
割れ目へ落ちる手前で、葉を水に置いた。
初めは小石に引っかかった。
枝の先で少し押すと、葉は向きを変え、流れに乗った。
黄色い先端が岩の間へ入り、見えなくなる。
ルナは立ち上がった。
急ぎたくなったが、下り坂で足を滑らせないよう、杖をつきながら戻った。
根の下で、ユニがこちらを見上げた。
「出てきましたよ」
ルナは最後の数歩を早めた。
平たい石のそばに、黄色い葉があった。
ユニが流れの端で押さえていた。
ルナは受け取った。
裂けた先端も、裏の小さな黒い点も同じだった。
「つながってたんだ」
葉を持ったまま、上を見た。
岩の裏で消えた水が、ここへ出てくる。
乾いたくぼ地を通らず、地面の下を流れていた。
ルナは手帳を開いた。
空けておいた二つの線の間を、短い線を並べてつないだ。
地下の形は見ていない。
けれど、入口と出口は確かめられた。
「ありがとう。待っててくれて」
「はい」
黄色い葉を水へ戻した。
葉は小石の間を抜け、森の奥へ流れていった。
ルナは、その先まで追わなかった。
*
くぼ地へ戻り、縁の石へ腰を下ろした。
水の通る場所は分かった。
今は、このくぼ地を満たさずに流れている。
昔も同じだったのかは、今日見たことだけでは分からない。
ルナは泉を描いた頁と、今の地形を描いた頁を並べて見た。
奥の岩は似ていた。
白い岩を過ぎて谷が広がる順番も、教えてもらったとおりだった。
ここに水があれば、もっと絵に近くなるだろう。
ルナは顔を上げた。
もし、岩の割れ目へ落ちる水を、こちらへ流したら。
くぼ地に水がたまり、男の見た景色が戻るのだろうか。
では、それで願いの泉になるのだろうか。
ルナは、手帳を膝へ下ろした。
「水のあるところを、探してたんだね」
ユニがこちらを見た。
「泉を探しているつもりだったけど。水が見つかったら、そこへ着けたと思える気がしてた」
さっき指を入れた水は冷たかった。
見つけられて、嬉しかった。
けれど、願いがかなう場所かどうかを確かめる方法を、自分は知らなかった。
ルナは頁を戻した。
天空の島で聞いた話より前へ。
神に見放された島で、女性の言葉を写したところを探した。
この世界は、マナで満ちています。それを忘れないでください。
その一文へ、指を置いた。
「ユニちゃん。さっきの水にも、マナはあるの?」
「ありますよ」
ルナは岩の向こうへ目を向けた。
指を入れても、自分には冷たさしか分からなかった。
女性は泉の場所を答えずに、この言葉を教えてくれた。
水を見つけることと、どうつながるのだろう。
ルナは、その頁へ細い紙を挟んだ。
*
木々の間の光が、少しずつ傾いていた。
ルナは立ち上がり、くぼ地の縁をもう一度歩いた。
男が、願った人の座っていた場所として指した辺りまで来る。
ここへ座ると、奥の岩が正面に見えた。
絵に似た眺めだった。
けれど、それ以上のことは分からなかった。
ルナは長杖をついて立ち上がった。
「もう一度、話を聞きたい」
ユニへ向き直る。
「天空の島の、あの人に」
教わったときには、道を知りたかった。
山を越え、湖を回り、森へ入れば、その先に泉があると思っていた。
今なら、別のことを聞ける。
岩の裏に水があったこと。
くぼ地には流れ込まず、下の斜面へ出ていたこと。
そして、水を見つけても、願いの泉かどうかは分からなかったこと。
「この絵を見せて、どこが同じで、どこが違うのか、聞いてみたいんだ」
ルナは手帳を閉じた。
「ユニちゃん。天空の島へ、連れていってもらえる?」
「はい」
返事を聞くと、肩から少し力が抜けた。
もう一度あの男と話すことには、ためらいもあった。
命を減らす判断を受け入れると言った声は、まだ覚えている。
それでも、泉へ行ったときのことを尋ねたい相手だった。
ルナは収納バッグを掛け直した。
にゃん吉君が頭上へ戻ってくる。
くぼ地を振り返った。
空振りだった、と書くつもりはなかった。
手帳には、来る前にはなかった絵が増えていた。
*
風が変わった。
湿った土の匂いが遠ざかり、草が足元で揺れた。
ルナは目を瞬いた。
黒龍が身体を伏せていた、開けた場所だった。
今は誰もいない。
木立の向こうに、家の屋根が見えた。
「ありがとう、ユニちゃん」
ルナは長杖をついた。
何日もかけて歩いた距離を、ユニは一度に越えた。
それでも、手帳の中の景色は、歩く前には描けなかったものだった。
草の薄い道を進む。
窓辺の鉢が見えた。
扉は閉まっていた。
ルナが声をかけると、中で椅子の動く音がした。
男が顔を出した。
「おや。ルナさん」
「こんにちは」
ルナは頭を下げた。
「もう一度、お話を聞いてもいいですか?」
「もちろんです。どうぞ」
男は扉を開き、軒下へ出てきた。
ルナは卓の前に立ち、収納バッグから手帳を取り出した。
「教えてもらった山へ、行ってきました」
男の手が、椅子の背で止まった。
「湖を回って、北の森に入りました。白い岩も見つけました。その先に、絵と似た場所があったんです」
自分で描いたくぼ地の頁を開く。
男は椅子を卓へ寄せ、腰を下ろした。
「見せていただけますか」
「はい」
ルナも座り、手帳を二人の間へ置いた。
男の絵を写した頁。
水面を描かなかった頁。
その次に、水の行く先を調べた頁を開いた。
「ここには、水がありませんでした」
男は絵を見ていた。
ルナは、岩の裏へ引いた線を指した。
「でも、こっちにはあったんです。割れ目へ落ちて、下の斜面へ出ていました」
男の指が、頁の端へ添えられた。
「そこまで、見てきたのですね」
「はい」
ルナは頷いた。
道順を聞いたときには、浮かばなかった問いだった。
「あなたが見た水は、どうして願いの泉だと分かったんですか?」
男が顔を上げた。
ルナは、その目を見て続けた。
「水があるだけでは、私には分かりませんでした」




