↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
願いを魔法に  作者: 由吉
六章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
141/147

第6章 第7話 水の行く先

 岩の隙間は、奥で少し広くなっていた。


 ルナは身体を横にし、収納バッグを前へ寄せて通った。


 岩肌には苔がついている。肩が触れそうになり、少しかがんだ。


 向こうへ出ると、細い木々の間に斜面が続いていた。


 泉は見えなかった。


 ルナは足元から順に見ていった。


 落ち葉。木の根。岩の間にたまった土。


 くぼ地の奥だからといって、何かがあるとは限らない。


 それでも、引き返す前に見ておきたかった。


 後ろからユニが出てきた。


 にゃん吉君は岩の上を越え、少し先で浮かんでいる。


 ルナが一歩進むと、靴の下で小さく水の音がした。


 足を止めた。


 落ち葉の間が、黒く濡れていた。


 しゃがみ、長杖をそばへ置く。


 葉を一枚持ち上げると、その下を水が流れていた。


 指ほどの幅しかない、細い流れだった。


「水がある」


 ルナは顔を上げた。


 流れは斜面の上から来ていた。


 小石の間を通り、今くぐってきた岩の脇へ向かっている。


「どこへ行くんだろう」


 立ち上がり、水を踏まないように横へ寄った。


 岩の陰で、細い流れは深い割れ目へ落ちていた。


 ルナはのぞき込んだ。


 暗くて底は見えない。耳を近づけると、水の落ちる音だけが聞こえた。


     *


 いったん隙間を戻り、くぼ地の側へ出た。


 奥の岩の位置を確かめる。


 さっき見た流れは、この裏にあった。


 ルナは岩の下へしゃがんだ。


 土が細くくぼみ、くぼ地の中央へ続いている。落ち葉を少しよけると、小石が並んでいた。


 けれど、こちらは濡れていなかった。


 指先で土に触れてみる。


 乾いた粒が、ぽろりと崩れた。


「前は、こっちへ流れていたのかな」


 ルナは岩の裏と、目の前のくぼみを見比べた。


 水が通っていた跡なのかもしれない。


 雨が降ったときだけ、水の通るところなのかもしれない。


 今の自分には、どちらとも分からなかった。


 ただ、裏で見た水が、このくぼ地へ出てきていないことは分かった。


 ルナは手帳を取り出した。


 泉の絵を開く。


 男の絵には水面が描かれていたが、どこから水が入っていたかまでは、分からなかった。


「聞いておけばよかった」


 ユニが、ルナへ目を向けた。


「水が、どこから来ていたのか」


 道は何度も聞き返した。


 岩の形も写した。


 けれど、泉の水については、ただ、そこにあると思っていた。


 ルナは絵の横へ、小さく書き足した。


 岩の裏に、流れる水がある。


 割れ目へ落ちている。


 くぼ地には、流れ出ていない。


 書き終えてから、手帳を閉じた。


「今の水を、たどってみよう」


     *


 岩の裏へ戻り、流れに沿って斜面を上がった。


 水は、葉の下へ隠れては、少し先でまた現れた。


 ルナは見失うたびに立ち止まった。


 急いで上へ行けば、違うところへ進んでしまいそうだった。


 途中で、流れが根の下へ入った。


 ルナはその向こうへ回った。


 小さな虫が水際から逃げ、濡れた葉の裏へ潜った。


 その先で、地面が平らになっていた。


 ルナは顔を上げた。


 木の根元と岩の間に、水がたまっていた。


 両腕を広げたくらいの幅だった。


 底の小石が透けて見え、端に落ちた葉が、ゆっくり回っている。


 ルナは近づいた。


 水は奥の岩の下から、少しずつ出ていた。たまったところを満たし、低い縁から細い流れになって落ちていく。


 先ほどたどってきた水だった。


「ここから……」


 ルナは膝をついた。


 水面に、自分の顔が映っていた。


 その上へ、白い丸が入り込む。


「にゃん吉君、ちょっと待って」


「ワン」


 白い姿が横へ動いた。


 ルナは袖をまくり、水へ指先を入れた。


 冷たかった。


 指を動かすと、底の小石の形が揺れた。


 水を見つけた。


 胸の奥で、さっきまで縮んでいたものが、少しほどけた。


 けれど、男の絵にあった泉とは違う。


 岸に人が座れるほどの広さもない。木々の並びも、岩の形も違っていた。


 ルナは濡れた手を引き上げた。


「水が見つかっただけで、こんなに嬉しいんだね」


 ユニが隣へしゃがんだ。


 ルナはもう一度、水を見た。


「さっきは、もう何もないのかと思ったから」


 水の出ている岩の下は暗かった。


 ここで湧いているのか、もっと奥から流れてきているのかは、見えなかった。


 ルナは顔を近づけかけて、やめた。


 岩の下へ手を入れるのも、今はやめておいた。


     *


 少し離れたところへ座り、食べ物を取り出した。


 食べ始めると、思っていたより時間がたっていたことに気づいた。


 木々の間から落ちる光が、来たときより傾いている。


 ルナは、くぼ地までの道を振り返った。


 ここからでも、岩の重なりが見えた。


 水のたまった場所は、くぼ地より高い。


 今は割れ目へ落ちているこの水が、昔は、あのくぼ地を満たしていたのだろうか。


 そう考えると、男の絵と目の前の景色が、つながりそうだった。


 けれど、途中がまだ見えていない。


 ルナはパンを飲み込み、ユニを見た。


「泉がなくなったんじゃなくて、水の流れるところが変わったのかもしれない」


「そうかもしれませんね」


 ユニはルナの話を聞いていた。


 答えを急がせる様子はなかった。


 ルナは手帳の新しい頁を開いた。


 くぼ地を描き、その奥に岩を置く。


 岩の裏から斜面を上がったところへ、小さな水たまりを描いた。


 水の流れる線は、見たところまでつないだ。


 割れ目から先は空けておいた。


 前の頁には、水面のないくぼ地があった。


 今の頁には、細い流れが加わっている。


 何も見つからなかったわけではなかった。


     *


 食べ終えると、ルナは水際へ戻った。


 小さな葉が一枚、縁に引っかかっていた。


 水に押され、何度か向きを変えたあと、細い流れへ滑り出していく。


 ルナはそれを目で追った。


 葉は根の下へ入り、見えなくなった。


 流れていく水を見ているうちに、故郷の本を開いていたときのことを思い出した。


 あの頃、泉はずっと遠くにあった。


 どうやって行くのかも分からず、挿絵の水面へ指を置いていた。


 今は、自分の手が濡れている。


 ルナは掌を上にした。


 指の間に残った水が、手首へ伝った。


 ここで願えば、灯りがつくのだろうか。


 言葉にしかけて、唇を閉じた。


 まだ、何も確かめていなかった。


 見つかった水へ、手当たり次第に願うつもりで来たわけではない。


 ルナは布で手を拭いた。


「今日は、この辺りを見ておきたい」


 ユニへ向き直る。


「水が出ているところと、あの割れ目。それから、くぼ地の低い方も。流れ出るところがあったのか、見たいんだ」


「はい」


 収納バッグを掛け直し、長杖を取った。


 戻る途中、ルナは流れのそばで足を止めた。


 水は、今も割れ目へ落ちていた。


 地面の下から、かすかな音が返ってくる。


 ルナは岩の脇へしゃがみ、今度は、くぼ地の方へ目を向けた。


 あの乾いた土の下へ、水が続いているのかもしれない。


 見えている場所だけで、泉を探していた。


 ルナは立ち上がった。


「下へ回ってみよう」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。