第1章 第13話 次の道
翌朝。
ユニとにゃん吉君は、昨日の夕方にはセレナへ帰ってきていた。
戻った頃には、すでに日が暮れていた。
森で何があったのか。黒くなった木々や、森に残っていた大鹿のことも、ユニはルナに話してくれた。
そして今。
ルナは昨日運べなかった荷物を受け取り、もう一度、東側の農園へ向かっていた。
「昨日は途中になって、すみませんでした」
荷物を受け取った農園の女性は、首を横に振る。
「森の方が大変だったんでしょう? 一便は届いていたし、気にしなくていいよ」
「ありがとうございます」
残っていた荷物をすべて渡し、ルナはセレナへ戻った。
*
冒険者ギルドへ入る。
昨日ほどの慌ただしさはなかった。それでも受付では何人もの冒険者が、森や街道の様子を報告している。
「あ、ルナさん。おはようございます」
昨日の受付嬢が気づいた。
「おはようございます。残っていた荷物も、農園へ届けてきました」
「確認しますね」
受付嬢が依頼書へ目を通し、完了を記録する。
「これで依頼完了です。お疲れさまでした」
「はい」
報酬を受け取ると、ルナは受付へ少し身を寄せた。
「森は、どうなりました?」
「今朝も、調査依頼を受けた冒険者の方たちが周辺を確認しています」
「森にも入ってるんですか?」
「浅いところまでです。奥へ入る依頼は、まだ出していません」
「そっか……」
全部が元に戻ったわけではない。
昨夜、ユニから聞いた黒い木々のことを思い出す。
「それと、昨日はありがとうございました」
受付嬢が少し笑った。
「え?」
「住民の誘導です。手伝っていただいて助かりました」
「あ……私、言われたことをしただけです」
「それでもです」
「……はい」
少し照れくさくなり、ルナは隣を見る。
ユニがいた。
「えらいです」
「……聞いてた?」
「はい」
「もっと普通に褒めてよ」
「えらいです」
「同じだよ」
「ワン」
ルナは、にゃん吉君を見る。
「……戻ったね」
「ワン」
「昨日の『にゃ』は何だったの?」
「ワン」
「……まあ、いいか」
にゃん吉君は、いつものようにユニの頭の上で丸くなっていた。
*
ユニは、昨日の森で見たことを受付嬢へ話した。
黒くなっていた木々。森に残っていた大鹿と、その傍らにいた小さな精霊。そして、地下へ広がっていた黒いマナ。
「黒いマナ……」
受付嬢は記録へ書き込んでいく。
「それが、森に広がっていたんですね」
「はい」
「原因は分かりますか?」
「分かりません」
「そうですか……」
受付嬢は少し考えてから、続けた。
「黒いマナは、今も残っていますか?」
「いいえ」
「なくなったんですか?」
「はい」
「どうやって?」
ユニは頭の上を見る。
受付嬢も見る。
「ワン」
「……にゃん吉君が?」
「はい」
「どうやって?」
「分かりません」
「……そうですか」
受付嬢はそれ以上聞かなかった。
「ただ、森の木々は傷んだままです」
「はい」
「分かりました。しばらく森林に関係する依頼は止めておきます。状況を確認しながら、再開できるものから戻していくことになると思います」
黒いマナが消えたからといって、すべてが元通りになるわけではない。
傷んだ木々も、枯れた草も、森に残っている。
*
ギルドを出たあと、ルナたちは西門へ向かった。
門は、まだ閉じられたままだった。
森へ向かう道には、いつもの衛兵たちが立っている。ただ、昨日までの慌ただしさは少しだけ薄れていた。
西門近くの枝に、一羽の小鳥が止まっている。
しばらく辺りを見回してから、森の方へ飛んでいった。
「……戻ってる」
「はい」
ルナは小さく息を吐いた。
昨日、あれだけ多くの生き物たちが森から逃げてきた。
だから、たった一羽でも。
森へ戻っていく姿を見ると、少しだけ安心した。
*
西門を離れたところで、ルナは鞄から地図を取り出した。
「じゃあ、王都に向かおうか」
「はい」
セレナの次に向かう場所は、もう決めていた。
王都。
そこには、村にいた頃から何度も手紙を送ってくれた姉がいる。
「お姉ちゃん、元気かな」
「分かりません」
「そこは元気って言ってよ」
「分かりませんから」
「そうだけどさ」
「ワン」
「にゃん吉君はどう思う?」
「ワン」
「……元気ってことにしとく」
ルナは少し笑った。
そして、地図の上に指を置く。
セレナから王都へ。道をゆっくり辿っていく。
「ここを通って――」
指が止まった。
「……あ」
「どうしましたか?」
「湖」
王都へ向かう道から、少し外れたところに湖が描かれている。
「ここ、湖ある」
ユニは地図を見る。
ルナが指さした一つの湖を、いつもよりほんの少しだけ長く。
「ありますね」
「大きい?」
「大きいです」
「どれくらい?」
「湖くらいです」
「それじゃ分かんないって」
「そうですか」
「そうだよ」
ルナは地図へ視線を戻した。
村の近くにも、川や小さな池はあった。でも、地図に描かれるほど大きな湖は見たことがない。
「……見てみたいな」
ユニは答えなかった。
王都へ向かう道。そこから少し外れた湖。
まっすぐ進めば、そのまま王都へ行ける。湖へ向かえば、少し遠回りになる。
「うーん……」
地図の上を、指が行ったり来たりする。
王都。湖。また王都。
やがて、指が止まった。
「決めた」
「はい」
「湖、寄ってく」
「はい」
「それから王都」
「はい」
「ちょっと遠回りになるけど」
「そうですね」
「……でも、見たいから」
「はい」
ルナは地図を畳み、鞄へしまった。
「よし。行こう」
「はい」
「ワン」
ルナたちは歩き出した。
王都へ続く道を少しだけ外れ、まだ見たことのない湖へ。




