↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
願いを魔法に  作者: 由吉
五章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
129/146

第5章 第20話 道を横切るもの

 建物の間を抜けると、石畳は草の下へ消えた。


 ルナは長杖の先で草を分けた。平たい石が二枚、同じ向きに並んでいる。その先にも、土に埋もれた角が見えた。


「こっちにも、道が続いてたんだね」


 木々の間には、人が並んで歩けるほどの隙間があった。


 張り出した枝をくぐり、先へ進む。潮の匂いが薄れ、湿った土の匂いがした。


 ルナは一度、後ろを振り返った。


 女性の姿はもうない。崩れた建物が、木の間に少し見えるだけだった。


「ルナ?」


「ううん。行こう」


 顔を戻したとき、前方の茂みが大きく揺れた。


 灰色の背中が横切った。


 ルナは立ち止まり、長杖を握り直した。


 その後ろにも、もう一つ。


 枝を押し分けて、角のある頭が現れた。


     *


 角は頭の両側へ張り出し、先だけが上を向いていた。分厚い首の後ろには、硬そうな突起が並んでいる。


 背はルナの頭より高かった。


 魔獣は鼻を低くして道へ出ると、反対側の草を食べ始めた。


 その脇を、ひと回り小さな二頭が通り抜ける。さらに奥から、大きなものが続いた。


「ユニちゃん、少し戻ろう」


「はい」


 ルナは群れから目を離さず、太い木のそばまで下がった。


 重い足が土を踏む音が、次々と近づいては遠ざかる。


 道の右側は緩い斜面になっていた。その下に草地が広がり、魔獣たちはそこへ下りているらしかった。


「通り過ぎるまで、待ってみようか」


 五頭、六頭。


 数えかけたところで、また奥の枝が揺れた。


 まだいる。


 小さな一頭が道の途中で立ち止まり、鼻を上げた。


 ルナたちの方を向いている。


 ルナは息を詰めた。


 すぐ後ろから来た大きな魔獣が、その脇へ鼻先を押しつけた。小さな方は足を踏み替え、斜面を下っていった。


 ルナはゆっくり息を吐いた。


 草地では、灰色の背中がいくつも並んでいた。首を下げ、少し進んでは、また草を食べている。食べた跡だけ、地面がまだらに見えていた。


 町の近くの草も、こうして短くなったのだろうか。


 木の陰から見ている間にも、新しい魔獣が道へ出てきた。


 最後の一頭を待つには、まだかかりそうだった。


 ルナは左手の斜面を見た。木の根が段のように露出し、その上から光が差している。


「こっちから、上へ回ってみたい」


 ユニが頷くのを見て、ルナは斜面へ杖をついた。


     *


 落ち葉の下で、石が動いた。


 ルナは足を戻し、露出した根の手前へ置き直した。下からは、まだ群れの足音が聞こえる。


「ここ、石が動くよ」


「はい」


 後ろのユニへ伝え、一歩ずつ登った。


 頭上では、にゃん吉君が枝の隙間をすいすいと進んでいる。


「にゃん吉君は、楽そうだね」


「ワン」


 返事をされて、少し笑った。


 最後の段差で、ルナは上へ杖を寝かせた。根に手を掛け、片膝をついて身体を持ち上げる。


 立ち上がると、風が頬に当たった。


「……わあ」


 草地は、木の間から見たよりずっと広かった。


 群れが長い列になって、森から出てきている。遠くの魔獣は草に身体が隠れ、角と背中だけが動いていた。


 その向こうには、また森がある。


 低い山の奥へ、青みがかった稜線が幾重にも続いていた。いちばん遠い山には雲がかかり、その先は見えない。


 左右を見渡しても、反対側の海はなかった。


「こんなに、奥があるんだ」


 ルナは来た方を振り返った。


 崩れた町の壁が、木々の間にわずかに見える。その向こうで海が光っていた。


 浜から町へ上がり、森を歩き、また町へ戻った。ずいぶん歩いたつもりでいた。


 それでも、目の前の山の一つにも届いていなかった。


 低い音が響いた。


 ルナは草地へ顔を戻した。


 魔獣たちが、一斉に頭を上げていた。


 草をくわえたまま、動きを止めているものもいる。小さなものが大きな身体の間へ入り、群れの端がゆっくり内側へ寄った。


 森の奥で、木が揺れた。


 その間を、黒いものが動いている。


 初めは岩のように見えた。


 けれど、枝の向こうから太い脚が現れ、その上に、黒い剛毛に覆われた肩が続いた。


 ルナは杖を引き寄せた。


 さっきまで大きいと思っていた灰色の魔獣より、さらに大きい。盛り上がった肩が低い枝を押し上げ、分厚い胴が幹の間を埋めていた。


 枝が折れた。


 黒い魔獣は止まらなかった。毛に絡んだ枝を引きずり、ゆっくり森の縁へ出てきた。


 前脚が斜面の石を踏んだ。


 石が傾き、その下から細かな破片がこぼれた。


 ここまで離れていても、爪が石をこする音が届いた。


 ルナは無意識に一歩下がった。


 黒い魔獣が首を動かした。


 群れの方へ、幅広い頭が向く。短い鼻先の下で、牙が白くのぞいた。


 灰色の魔獣たちは動かなかった。


 ルナも、動けずにいた。


 やがて黒い魔獣は顔を戻し、森に沿って歩き始めた。木々の間へ身体が隠れてからも、枝の折れる音がしばらく続いた。


「ユニちゃん、あれ……」


「はい」


 隣に、ユニが立っていた。


 いつもの声を聞いて、ルナは握り込んでいた指を少し緩めた。


 草地では、一頭が再び首を下げた。


 けれど、森の方を向いたままのものもいた。


 ルナは黒い魔獣が消えた辺りを見た。その先にも、歩いてみたいと思っていた森が続いている。


 あの身体が隠れてしまうほど、深い森だった。


「今日は、海の方へ戻ろう」


 ユニを見上げる。


「この先に何がいるのか、もう少し分かってからにしたい」


「はい」


 ルナは来た方へ向き直った。


 町の壁と海の位置を、もう一度確かめた。


     *


 高まりに沿って戻ると、海へ下りる緩い斜面が見つかった。


 ルナは木々の間から町を確かめながら、そこを下った。背後で葉が大きく鳴るたびに、足を止めた。振り返っても、木々の間に魔獣の姿はなかった。


 波の音が近づいてきた頃には、日が傾いていた。


 森を抜けた先は、上陸した浜から少し離れた海岸だった。


「あっちだね。階段が見える」


 見覚えのある場所を指さすと、ようやく肩の力が抜けた。


 浜の上手に、乾いた平らな場所があった。


 ルナは周りを歩いて確かめた。大きな足跡はなく、森からも離れている。波で濡れた砂利の帯より、十分高いところだった。


「ユニちゃん、今夜はここで休みたい」


「分かりました」


 収納バッグを下ろし、敷物を広げる。


 端を石で押さえている間に、にゃん吉君が真ん中へ下りてきた。


「まだ準備してるよ」


 白い身体は、そのまま丸くなった。


 ルナは少し見つめてから、隣へ腰を下ろした。


「……まあ、いいか」


 パンを一切れちぎって口に入れると、急に空腹を感じた。


 海は穏やかだった。


 波が引くたび、濡れた砂利が夕日に光る。ルナはゆっくりかみながら、ときどき森へ目を向けた。


     *


 暗くなる前に、ルナは手帳を開いた。


 草を食べていた群れのことを書く。角の形と肩の突起。小さなものも一緒にいたこと。


 黒い魔獣については、見えたところだけを描いた。


 太い脚。肩を覆う剛毛。幅広い頭と牙。


 身体の後ろ側は、木に隠れていてよく見えなかった。


 続いて、町と海岸、今日歩いた道を簡単な線で結んだ。群れを避けて登ったところには、曲がった線を足す。


 遠くの山を描こうとして、手が止まった。


 稜線がいくつ重なっていたか、もう正確には思い出せない。


 ルナは山を一つだけ描き、その先を空けておいた。


「全部は、見られないね」


 隣のユニへ手帳を傾ける。


「こんなに広いとは思わなかった」


 紙の上では、町と今日の道が近くに収まっている。空いているところの方が、ずっと広かった。


 ルナは少し前の頁へ戻った。


 この世界は、マナで満ちています。


 その下には、天空に浮かぶ島のことが書いてある。


 島の奥にも、まだ見たいものはあった。


 けれど、泉について尋ねたい相手は、別の場所にいる。


 ルナはその一行に指を置いてから、手帳を閉じた。


 収納バッグから毛布を取り出し、横になる。


 目を閉じかけたとき、女性の声を思い出した。


 眠りの中へ入ることができる。


 ルナはもう一度、目を開けた。


 すぐそばで、にゃん吉君が丸くなっている。その向こうにユニが座っていた。


「ユニちゃん」


「はい」


 何を聞こうとしたのか、少し迷った。


 それから、毛布を肩へ引き寄せた。


「おやすみなさい」


「おやすみなさい、ルナ」


 目を閉じた。


 砂利を洗う波が、引いては戻ってくる。


 しばらくは、その音を聞いていた。


 次の波を待っているうちに、ルナは眠っていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。