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願いを魔法に  作者: 由吉
五章

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第5章 第12話 石段の先

 木々の間へ入ると、波の音が遠くなった。


 足元には落ち葉が重なり、その下から細い根がいくつも伸びている。


 ルナは長杖で前の枝を避けながら進んだ。


「……道って、どこだろう」


 森の中には、いくつか隙間があった。


 けれど、どれも人が歩いてできた道には見えない。


 ルナは一度立ち止まり、手帳を開いた。


 二つの岬。


 その間にある入江。


 浜から上へ続く石の階段。


 記録を読み直してから、背後を振り返る。


 木々の間から、かすかに海が見えた。


「浜から上へ……」


 ルナは小さく呟いた。


 森の奥ばかり見ていたが、階段があるなら、海から来た人が上がりやすい場所に作ったはずだった。


 浜の端には岩が重なっている。反対側は崖が近い。


 その間に、少しだけ緩やかな斜面があった。


「ユニちゃん、あっちを見てみたい」

「はい」


 ルナは海の見える方へ戻り、斜面の下を歩いた。


 途中で、杖の先が硬いものに当たった。


「……ん?」


 落ち葉を避ける。


 下から、平らな石の角が現れた。


 ルナはしゃがんだ。


 石は一つだけではなかった。


 少し離れた場所にも、同じような角がある。


「ユニちゃん、これ」


 ユニが隣へ来た。


「石ですね」

「うん。でも、並んでる」


 ルナは立ち上がり、斜面を見た。


 木の根に隠れた石。


 土に半分埋まった石。


 高さを変えながら、同じ方向へ続いている。


「……階段?」


 ルナは最初の石へ足を置いた。


 その上に、もう一段。


 さらに、その上にも。


 落ち葉を払うと、踏み面の端が見えてきた。


「見つけた……!」


 思わず声が大きくなった。


 頭上で、にゃん吉君が鳴く。


「ワン!」


 ルナは笑った。


「うん。あったね」


 手帳を開き、記録に書かれていた場所をもう一度確かめる。


 浜から続く石の階段。


 目の前にあるものと、位置が合っていた。


「ここが、双岬泊だったんだ……」


 ルナは海を振り返った。


 今は静かな入江に、昔は船が入ってきていた。


 その船から降りた人が、この階段を上っていったのだろう。


 ルナは次の段へ足をかけた。


     *


 階段は、思っていたより長かった。


 根が石の間を押し広げ、崩れている場所もある。


 ルナは足場を確かめながら、一段ずつ上った。


 途中で、石の表面に浅いくぼみを見つけた。


 中央だけが、周囲より少し低くなっている。


「……ここ、すり減ってる」


 ユニが覗き込む。


「そうですね」


「たくさん人が歩いたのかな」


 ルナは指先で石に触れた。


 今では落ち葉と土に覆われている階段。


 それでも、人が通った痕跡は消えていなかった。


 さらに上ると、木々の間が少し明るくなった。


 最後の段を越えたところで、ルナは足を止めた。


「……あれ?」


 目の前に、平らな地面が広がっていた。


 落ち葉の間から石畳が覗いている。


 階段は、そこへつながっていた。


 ルナは少し進んだ。


 左側に、低い石壁があった。


 右側にも、同じような壁が続いている。


 屋根はない。


 壁も途中で途切れている。


 けれど、四角く囲まれた場所がいくつも並んでいた。


「……建物?」


 ルナは壁の一つへ近づいた。


 入口だったと思われる隙間がある。


 その先には、小さな石片が散らばっていた。


 さらに奥には、丸い石組みが残っている。


 覗き込むと、暗い穴が下へ続いていた。


「井戸……かな」


 ルナは縁から離れ、周囲を見回した。


 道がある。


 建物の跡がある。


 井戸もある。


 一つずつ見ていたときには分からなかったものが、つながっていく。


「ユニちゃん」


「はい」


「ここ、港だけじゃなかったんだ」


 ルナは石畳の向こうを見た。


 木々に隠れているが、崩れた壁はさらに奥まで続いていた。


「昔は、人が住んでいたんだね」


 ユニは頷いた。


「そうですね」


 ルナはもう一度、井戸を見た。


 水を汲む人。


 道を歩く人。


 浜へ下りる人。


 今は誰もいない場所に、かつての暮らしを思い浮かべた。


     *


 石畳を進むと、道の幅が少し広くなった。


 左右の建物は、どれも大きく崩れていた。


 ルナは一つの壁の前で立ち止まった。


「……変だね」


 その壁は、途中から石の形が変わっていた。


 下の方は、角のある石が積まれている。


 けれど、上の方では石同士がくっつき、表面が滑らかになっていた。


 光の当たり方によって、黒いガラスのように見える。


 ルナは指先を近づけた。


「これ、溶けたのかな」


 ユニも壁を見る。


「そのように見えますね」


「石なのに……?」


 ルナは辺りを見回した。


 少し先には、石畳が大きくえぐれた場所もあった。


 その周囲では、石が不自然な方向へ傾いている。


 別の建物には、壁の一面だけが残り、反対側が崩れていた。


 古くなって壊れたものもあるのだろう。


 けれど、それだけでは説明できそうにない跡が混じっていた。


「ここで、何があったんだろう」


 ルナはしゃがみ、地面を見た。


 えぐれた石畳の端にも、先ほどと同じ滑らかな部分がある。


 普通の火で、こんなふうになるのだろうか。


 魔法なら。


 そう考えて、ルナは手を止めた。


 魔法で何ができるかは、これまでの旅でいくつも見てきた。


 アメリアの双剣。


 ネイの固定魔法。


 そして、先ほど十二災神が使った巨大な魔法陣。


 力が大きければ、地形そのものが変わることもある。


 けれど、この跡が魔法によるものかどうかは分からない。


 ルナは手帳を開いた。


 石の階段。


 建物の跡。


 井戸。


 溶けたような石。


 大きく壊れた道。


 見たものを書き留める。


 その下に、短く一行を加えた。


 何か大きな出来事があった?


「……まだ、決められないね」


 ユニが隣で頷いた。


 そのとき、にゃん吉君が頭上から降り、崩れた壁の上へ着地した。


「ワン!」


「何かあった?」


 にゃん吉君は壁の向こうを見ていた。


 ルナもそちらへ回った。


     *


 壁の裏には、広い空き地があった。


 周囲を低い石垣が囲んでいる。


 中央には、倒れた石柱が一本。


 柱の側面には、文字らしいものが刻まれていた。


「……読めるかな」


 ルナは近づいた。


 指で土を払う。


 いくつかの線が現れた。


 けれど、途中が欠けていて、言葉としては読めなかった。


 別の面も確かめたが、同じだった。


「残念……」


 ルナは手帳に形を写そうとした。


 線が細く、途中で途切れている。


 何度か見比べながら、残っている部分だけを書き取った。


「これで、あとから調べられるかな」


「きっと役に立ちますよ」


 ユニが言った。


 ルナは頷いた。


 その間、にゃん吉君は壁の上で丸くなっていた。


「にゃん吉君、休憩?」


「ワン!」


「じゃあ、私も少し休もうかな」


 ルナは崩れていない石垣を選び、腰を下ろした。


 上からは、入江の一部が見えた。


 二つの岬。


 その間の、穏やかな水面。


 さらに遠くには、黒い雲が壁のように続いている。


「……不思議だね」


「何がですか?」


「ここは、こんなに静かなのに」


 ルナは海の向こうを指さした。


「あの雲の中は、すごい嵐だった」


 船では近づけず、ユニに連れてきてもらった場所。


 今は鳥の声が聞こえ、木々も穏やかに揺れている。


「昔も、あの嵐があったのかな」


 ユニは海へ目を向けた。


「それとも、途中で海が変わったのかな」


 ルナは石段の方を振り返った。


 確かに人が暮らし、港を使っていた時代があった。


 その頃にも嵐があったなら、船はどうやって通っていたのだろう。


 なかったとしたら、いつ、何が起きたのだろう。


 ルナは手帳に書き加えた。


 嵐は、いつから?


 そして、さっき見つけた溶けたような石に目を向ける。


 この二つには、何か関係があるのだろうか。


 まだ、分からなかった。


     *


 休憩を終え、ルナは石柱のある空き地を出た。


 その先で、道が二つに分かれていた。


 一方は、崩れた建物の間を通っている。


 石畳がところどころ残り、奥にも壁の跡が見えた。


 もう一方は、森の斜面を上っていた。


 こちらには石畳がない。


 土が露出し、木々の間へ細く続いている。


「……どっちだろう」


 ルナは分かれ道に立った。


 石畳の道は、かつての町のさらに奥へ続いているように見える。


 森の道は、斜面を上りながら、島の内側へ向かっていた。


 そのとき、森の方で枝が揺れた。


 大きな影が一つ、木々の間を横切る。


 ルナは杖を握り直した。


 けれど、影はこちらへ近づかなかった。


 そのまま森の奥へ消えていく。


「……魔獣」


 ルナは、男の言葉を思い出した。


 この島の奥では、魔獣が召喚されている。


 それを、ゲートでダンジョンや町へ送り出している。


 森の道を進めば、その場所へ近づくのだろうか。


 ルナは二つの道を見比べた。


 石畳の道には、まだ調べていない建物がある。


 森の道には、魔獣が消えていった。


 どちらも気になる。


「ユニちゃん」


「はい」


「先に、こっちを見てもいい?」


 ルナが示したのは、石畳の道だった。


「はい」


「ここに人が住んでいたことは分かったけど、どうして誰もいなくなったのか、まだ分からないから」


 ルナは手帳を閉じた。


「魔獣のことも確かめたい。でも、この町の跡を調べてから、奥へ行こうと思う」


 ユニは微笑んだ。


「分かりました。ルナの決めた道を進みましょう」


 頭上へ戻ってきたにゃん吉君が鳴く。


「ワン!」


 ルナは長杖を持ち直した。


 石畳の先には、崩れた建物がいくつも並んでいる。


 かつて、ここで人々が暮らしていた。


 けれど、今は誰もいない。


 どうして、この島がそんな場所になったのか。


 ルナはまだ知らなかった。


 歩き出そうとして、足を止めた。


「……あれ?」


 石畳の端に、土が落ちていた。


 その上に、大きな足跡が残っている。


 さっき森で見た魔獣のものだろうか。


 ルナはしゃがんだ。


 足跡は一つではない。


 森へ向かうものも、建物の間へ続くものもあった。


 ルナは顔を上げた。


 魔獣は森の奥にいるだけではない。


 かつて人が歩いていた、この道にも来ている。


 崩れた建物の向こうで、何かが動いた。


 ルナは長杖を握り直した。


 石畳の先を、じっと見つめた。

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