↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
願いを魔法に  作者: 由吉
五章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
117/147

第5章 第8話 嵐の向こう

 船底の板が取り替えられ、継ぎ目の詰め直しが終わるまで、数日がかかった。


 その間、バルトは船乗りたちを造船場へ連れてきた。


 死海に近づくと聞いて断った者もいた。船を見て、ロークの話を聞いてから返事をした者もいた。


 必要な人数が揃うと、ルナたちは航海の目的と報酬を改めて確認した。


 そして、修理を終えた船が海へ戻された。


「……揺れてる」


 岸壁に立ったルナは、船の手すりを見上げた。


 木の台に支えられていた船が、今は波に合わせてゆっくり上下している。


 親方とロークが船内の確認を終えて戻ってきた。


「水は入っていない。帆も舵も確かめた」


 親方が開いた帳面には、板を替えた場所と、継ぎ目の補修が書き足されていた。点検で見つかった古い補修は、時期が分からないまま記されている。


 ルナはロークと一緒に内容を確かめた。


 修理代と船の残金を払い、引き渡しの書類を受け取る。


「これで、この船はあんたたちのものだ」


 船主が言った。


「ありがとうございます」


 書類をしまって船へ上がると、にゃん吉君が先に船室へ入っていった。


「ワン!」


 覗いてみると、寝台の一つで丸くなっている。


「にゃん吉君、まだ朝だよ」

「場所を確かめているんですね」

「もう決めてるみたいだけど」


 ルナが笑っている間にも、水樽や食料が運び込まれていく。


 甲板へ戻ると、ロークが帆の上の旗を見ていた。


 港の外へ目を向け、しばらく波を確かめる。


「よし。出すぞ」


 声を受け、船員たちが持ち場へ散った。


 岸壁との間を渡していた板が外される。


 ルナはユニと並び、少しずつ離れていく港を見ていた。


     *


 陸が見えなくなると、どちらを向いても海だった。


 朝には眩しかった水面が、夕方には赤くなる。夜、甲板へ上がると、ロークは空を見ていた。


 ルナも見上げたが、星の数に目が迷った。


 翌日も、その次の日も、船は進んだ。


 ある朝、水平線に黒い帯が現れた。


「……雲?」


 目を凝らしていると、その内側が青白く光った。


 遅れて、低い音が届く。


「見えてきたな」


 隣へ来たロークが、海の向こうを見据えた。


「あれが死海ですか?」

「その周りの嵐だ。前に来たときも、ああなっていた」


 黒い雲は右にも左にも続いている。


 また光が走った。今度は雲から海へ、細い筋が落ちた。


 ルナは手帳を開いた。


 写した入江の形。その横にある、双岬泊の文字。


「あの方角に、船が通っていたんですよね」

「記録どおりならな」


 ロークは海図を見てから、再び顔を上げた。


「双岬泊へ向かう海は、今はあの雲に隠れている。そこまでは、この目で確かめられた」


 低い雷鳴が、また届いた。


「何が変わったのかまでは、まだ分からんがな」


 船が大きく持ち上がり、ルナは手すりを握った。


 ロークが船員へ短く指示を出す。帆が調整され、船の進み方が変わった。


 しばらく風と波を見ていたロークが言った。


「ここまでだ」


 ルナは手帳を閉じた。


「ここから先は、船では行かないんですね」

「ああ。戻れるうちに向きを変える」

「分かりました」


 島はまだ見えない。


 ルナは荷物を確かめ、長杖を持ち直した。


「皆さん、ここまでありがとうございました」


 バルトが片手を上げた。


「港へ戻ったら、見つかったか聞かせてくれ」

「はい」


 ロークにも向き直る。


「帰りも、気をつけてください」

「船は任せろ。そっちも無理はするなよ」


 ユニが隣へ来た。


「行きましょうか」

「うん」


 にゃん吉君がルナの頭上へ移る。


 ユニに抱えられ、甲板から足が離れた。


 ルナはユニの肩につかまってから、船へ手を振った。


 下では、ロークたちが帰港に向けて帆を動かしていた。


     *


 近づくと、雲の下まで雨が垂れ込めているのが見えた。


 白く砕ける波の間に、黒い海が覗く。


 風が吹きつけ、ルナの頬を雨粒が打った。


「ルナ、つかまっていてください」

「うん」


 ユニが抱え直すと、頬に当たる雨と風がふっと遠のいた。


 すぐ向こうでは、雨が斜めに走っている。


 にゃん吉君は、ルナの頭上に浮いたままだった。


「ワン」


 目の前が白く光った。


 ルナの肩が跳ねる。


 雷鳴が響く間も、ユニの腕は揺れなかった。


「……ありがとう」

「はい」


 ルナは顔を上げた。


 雨の向こうに、陸地は見えない。


 黒いものが見えても、近づけば波の影だった。雲の切れ間も、すぐに雨で塞がってしまう。


 ユニの肩につかまったまま、ルナは左右へ目を向けた。


 そのとき、前方に明るいところが見えた。


「ユニちゃん、あそこ」


 雷の光かと思って待った。


 けれど、消えない。


 ユニもそちらを見た。


「近づいてみましょう」


 雨の筋が、少しずつまばらになった。


 暗い雲の端を抜けると、ルナは思わず息を吸った。


 空が青かった。


 下には、穏やかな海が広がっている。


 ルナは後ろを振り返った。


 黒い雲が続いていた。その中で雷が光る。


 低い音が、今いる海まで追いかけてきた。


 それでも、足の下の水面には小さな波があるだけだった。


「……ここだけ、違う」


 ユニの肩から少し身を起こし、前を見た。


 海の向こうに、今度は消えない黒い輪郭があった。


 上へ続く岩肌。その脇に広がる緑。


「島だ……」


     *


 近づいても、島の端はなかなか見えなかった。


 森の間から岩山が突き出し、海岸線は何度も折れ曲がっている。


 ルナは、その曲がり方を目で追った。


「二つの岬……」

「探すんですね」

「うん。帰ってきた人の話にも、二つの岬の間ってあったから」


 ユニは海岸に沿って飛んだ。


 一つの岩の突端を過ぎる。その先は、海へ向かって崖が張り出していた。


 ルナは首を伸ばした。


 崖の向こうで、海岸が奥へ入り込んでいる。


「待って。あそこ、入江になってない?」


 ユニが進む速さを緩めた。


 角度が変わると、奥まった岸と、その反対側から伸びる岬が見えた。


「二つありますね」

「あの間、もう少し見たい」

「はい」


 岬の間を進むと、黒い小石の浜が現れた。


 船着き場は見当たらない。浜のすぐ後ろまで、木々が迫っている。


「ここが、昔の港だったのかな」


 ルナは岸の形を見比べた。


 二つの岬はある。けれど、これだけでは決められない。


「降りて、確かめたい」


 ユニは浜へ近づき、ゆっくりと足をつけた。


 下ろしてもらうと、靴の下で小石が鳴った。


 ルナは杖を握り、森の方へ顔を向けた。


     *


 木々の間に、動くものがあった。


 大きな四本脚の魔獣が、枝を押し分けて出てくる。


 ルナは足を止めた。


「ユニちゃん」

「はい」


 魔獣が顔を向けた。


 ルナは杖を両手で持ち、ユニの隣で待った。


 魔獣はしばらくこちらを見ていたが、やがて首を戻した。そのまま浜を横切り、離れた木陰へ入っていく。


「……行っちゃった」


 その背中を見送った先にも、別の影があった。


 岩の上に、翼を畳んだもの。


 斜面には、長い脚をゆっくり動かすもの。


 森の奥にも、枝の間を通る大きな身体が見えた。


「こんなに、いるのに……」


 最初の魔獣が、斜面の影とすれ違った。


 どちらも足を止めない。


 ルナたちへ向かってくるものもいなかった。


 波が小石を転がす音がした。


 ルナは背後の浜を確かめ、もう一度森を見る。


「少し、ここで見ていてもいい?」

「はい」


 杖は下ろさなかった。


 今、襲ってこなかった一匹が、木陰から顔を出した。


 こちらを見ずに、また森の奥へ歩いていく。


     *


「ルナ」


 ユニが、別の木々の間を見ていた。


「あの魔獣を、覚えています」


 ルナは視線を追った。


 一匹が低く身を伏せ、浜を見ている。


「どこで会ったの?」

「リーネの町です。ゲートから出てきて、男の子に飛びかかった魔獣です」


 ルナの指に力が入った。


 人の流れから外れた道。


 泣いて動けなかった男の子。


 間に合わないと思いながら伸ばした手の前を、青いコートが横切った。


「……あのときの?」

「はい」


 ルナは木々の間を見つめた。


 魔獣が顔を上げ、ユニへ目を向けた。


 飛びかかってはこなかった。


 ゆっくりと身を起こし、森の奥へ向きを変える。


「ゲートへ、戻ったはずなのに……」


 ルナは声を落とした。


 枝が揺れ、その身体が隠れていく。


「どうして、ここにいるの?」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。