第5章 第3話 金色の扉の向こう
金色の看板を見上げたまま、ルナはしばらく動けなかった。
昼間だというのに、建物の窓は色とりどりの光で輝いている。大きな扉の両側には、羽を広げた鳥の彫刻。その足元を、着飾った人々が次々と通っていった。
「……本当に入るの?」
「はい」
「迷いがないね」
「ずっと気になっていましたので」
「それは知ってる」
ユニは満足そうに扉へ向かった。
その頭上のにゃん吉君まで、いつもより少し先へ浮いている。
「にゃん吉君も楽しみなの?」
「ワン」
「何があるか知ってる?」
「ワン」
「……知らなくても楽しみなんだね」
三人が入口へ近づくと、揃いの服を着た係員が頭を下げた。
「ようこそ。見学のお客様ですか?」
「はい。あと、遊べるところがあれば」
答えたルナの横から、ユニが顔を出した。
「カジノを見に来ました」
「かしこまりました。賭け事を扱う区画とは別に、見学広間と記念催しの会場がございます」
ルナは少し安心した。
「じゃあ、そっちを見せてもらえますか?」
「もちろんです。見学券はこちらでお求めいただけます。ただし、館内では新たな魔法の発動を制限しております。また、武器や長杖はお預かりします」
ルナは自分の財布から代金を出し、二人分の見学券を受け取った。
係員の視線が、ルナの手元へ落ちた。
「あ、これですね」
ルナは長杖を持ち直した。
父からもらった、旅のための道具。先端には消魔晶があり、石突きには蓄魔具が入っている。
「消魔晶は登録済みです。預けても大丈夫ですか?」
「はい。登録の確認だけさせてください。保管場所は施錠され、お帰りの際に引換札と交換でお返しします」
ルナは係員の示した札と預かり棚を見た。
手放すのは少し落ち着かない。けれど、この先へ持ち込まないという決まりも分かった。
「お願いします」
杖を渡すと、代わりに小さな札が手渡された。
ルナは番号を確かめ、収納バッグへしまう前にもう一度見た。
「なくしませんよね?」
ユニが尋ねる。
「今、なくさないようにしてるところ」
「そうですか」
「そんなに心配そうに見える?」
「二回見ていました」
「……二回くらい見るよ」
係員が今度は、にゃん吉君を見上げた。
「あちらは、お連れ様の……?」
「にゃん吉君です」
「ワン」
係員は手元の案内を一度見た。
「……お名前は承りました。館内では、ほかのお客様のご迷惑にならないようお願いいたします」
「分かりました」
「ワン」
にゃん吉君の返事に、係員がもう一度だけ案内へ目を落とした。
*
扉の向こうには、ルナの想像と違う景色が広がっていた。
天井から吊るされた硝子の飾りが光を受け、壁には色鮮やかな絵が並んでいる。床には波の形の模様が続き、奥から音楽と人々の笑い声が届いていた。
「……すごい」
ルナは思わず天井を見上げた。
たくさんの小さな灯りが、星座のように並んでいる。よく見ると、星の間に船の形があった。
「ユニちゃん、あれ見て。船になってる」
「はい。あちらはお菓子です」
「……見てるところが違う」
ユニの視線の先では、小さな焼き菓子を載せた皿が運ばれていた。
にゃん吉君も、そちらへふわふわと近づいていく。
「にゃん吉君まで!」
「ワン」
近くの売店には、海をかたどった菓子や、色のついた硝子細工が並んでいた。
ルナは青い硝子の小瓶を手に取り、光に透かしてみる。
底の丸い部分が、海の色に見えた。
「これ、綺麗だね」
「買いますか?」
「ううん。今は船を買いたいから」
棚へ戻しかけたところで、ルナは笑ってしまった。
「なんか、変な言い方だね。硝子の小瓶を我慢して、船を買うって」
「大きさが違います」
「そういう話じゃないよ」
ユニも少し笑った。
奥の広間へ進むと、人だかりができていた。
丸い舞台の中央に、大きな硝子の筒が置かれている。筒の中では、船の帆を描いた札がくるくると回っていた。
舞台の脇には、三つの絵が並んだ掲示板がある。
青い帆――船の形の焼き菓子。
銀の帆――港の商店で使える券。
金の帆――夕方に開かれる特別催しへの招待。
いちばん下には、港の商会が特別催しに協賛し、大きな賞を用意していると書かれていた。
「……あれ、何してるのかな」
ルナが背伸びすると、近くの案内役が気づいた。
「島の記念抽選ですよ。見学券をお持ちなら、どなたでも無料で参加できます」
「この筒で決まるんですか?」
「ええ。正面の窓に止まった帆の色で、記念品が決まります。お一人一回です」
ルナが見ている間に、筒が止まった。
小さな窓に、青い帆が現れる。
舞台に立っていた男の子が焼き菓子を受け取り、嬉しそうに走って戻ってきた。
「金の帆って、出たことあるんですか?」
「今日の分は、まだですよ。出ればあちらの鐘が鳴ります」
案内役が示した先に、小さな金色の鐘が掛かっていた。
ルナは、その隣の特別賞の案内へ目を戻した。
「……ユニちゃん。これ、船の代金に近づけるかもしれない」
「では、参加しましょう」
「うん。でも、金の帆が出るかは分からないよ?」
「分かっています」
ユニは筒の中を楽しそうに見ていた。
ルナも、もう一度掲示板を見た。
大きな賞のことは気になる。けれど、さっき焼き菓子をもらった男の子も、十分に楽しそうだった。
「……私も、一回やってみたいな」
「ルナもですか?」
「うん。せっかく来たんだもん」
「ワン」
「にゃん吉君も?」
「ワン!」
ルナは笑った。
「にゃん吉君は、見ててね」
*
先に呼ばれたのは、ルナだった。
舞台へ上がると、係員が見学券を確かめ、硝子の筒を指した。
「こちらの窓に、止まった札が出ます」
「はい」
筒の中の札が回り始めた。
青い帆、銀の帆。ときどき金色も通り過ぎる。
ルナは窓を見つめた。
やがて動きがゆっくりになり、青い帆で止まった。
「青い帆です。こちらをどうぞ」
渡された包みを開けると、船の形をした焼き菓子が二つ入っている。
「わ、可愛い」
ルナは笑って舞台を降りた。
「ユニちゃん、見て。船だよ」
「食べられる船ですね」
「うん。今なら私にも買える船」
ルナは自分で言って、少し笑った。
にゃん吉君が包みへ顔を寄せてくる。
「一つは私のだからね」
「ワン」
「まだ何も言ってないのに、返事だけいいんだから」
ユニはそのやり取りを見てから、舞台へ向かった。
ルナは焼き菓子の包みを閉じ、顔を上げる。
硝子の筒が回り始めた。
青、銀、青。
金色の札が、一度だけ窓を横切った。
筒の動きがゆっくりになる。
青い帆が通り過ぎ、銀の帆が見えた。
そのすぐあとで、窓の中央に金色の帆が止まった。
「あ」
ルナは思わず声を漏らした。
掲示板に描かれていたのと、同じ金色の帆だった。
係員も窓を見つめたあと、慌てて背後の鐘へ手を伸ばす。
からん、と澄んだ音が広間へ響いた。
「本日の金の帆が出ました!」
近くにいた人たちが舞台へ顔を向け、拍手が広がった。
「おめでとうございます。夕方の特別催しへご案内します」
係員は舞台の下にいるルナを見た。
「そちらの方も、ご一緒ですか?」
ユニがルナを指す。
「はい。ルナです」
「承知しました。担当の者からお二人にご説明しますので、少々お待ちください」
係員は奥にいた職員へ声をかけた。
しばらくして、金の帆を描いた招待札がユニへ渡された。
「夕方はこちらをお持ちください」
ユニは札を灯りにかざし、少し嬉しそうに眺めた。
ルナは、金の帆が出た窓をもう一度見た。
「ユニちゃん、すごいのが出たね」
「はい。金色でした」
「そこは見てたよ」
「綺麗でしたね」
ルナは笑ってしまった。
特別賞より、ユニは金色の札そのものが気に入ったらしい。
「夕方の説明、ちゃんと聞いてから決めようね」
「はい」
「……その前に、これ食べようよ」
「はい」
「ワン!」
にゃん吉君の声が、三人の中で一番大きかった。




