第4章 第19話 木漏れ日の書庫
書庫の机に、葉の影が落ちていた。
風が吹くと、文字の上を明るい斑点が渡っていく。係の女性が窓の薄布を引き、ルナの前へ椅子を寄せた。
「こちらなら、読みやすいですよ」
「ありがとうございます」
ルナはエリスから受け取った記録を置いた。
何度も収納バッグから出した紙だった。けれど、初めて会う人の前へ広げるときには、少し指に力が入る。
「魔法を使えない理由を、調べてもらいました。まだ分かっていません。昔にも同じような人がいたか、ここで探せますか?」
女性は表紙を読み、ルナへ顔を上げた。
「古い記録の、どの言葉を探せばよいかから考えましょう。今と同じ名前で分けていないものもあります」
用意してきた手帳を開く。
魔法を使えない人。
昔の測定。
その下に、世界樹、と書いてあった。
*
最初に開いた本には、火を灯す練習が載っていた。
うまくいかない場合の説明が何通りもある。
ルナは身を寄せたが、読み進めるうちに、思っていたものとは違うと分かった。
濡れた薪。
炎を向ける先の間違い。
灯っても、長く保てない人。
「この人は、一度は火を出せているんですね」
係の女性が頷いた。
「これは教える人のための本です。使えない、という言葉でも、意味が広いでしょう」
ルナは本を閉じた。
題を見ただけでは、自分と同じことが書かれているように思えた。
女性は目録の別の欄を指す。
「測定の記録から探してみましょうか。こちらなら、何を試したかも残っていることがあります」
今度の冊子には、器具の図が載っていた。
腕輪のようなもの。石を並べた台。薄い板を立て、色の変わったところへ印をつけるもの。
アステリアで見た装置とは、形が違う。
ユニが一枚の図を指した。
「こちらは、手を触れる場所が二つありますね」
「ほんとだ。両手で使うのかな」
説明の文字は読めるところと、読めないところがあった。
係の女性は図を確かめ、片側の小さな印へ目を留める。
「同時に両手を置くものではなさそうです。これは器具を確かめるための側ですね」
ルナは図の外へ、その言葉を書き添えた。
*
高い棚で、梯子が動いた。
若い係が箱を抱えて下りてくる。机の向こうでは、別の人が傷んだ紙へ薄い紙を当てていた。
広い建物の中で、話し声は低い。
だが、静まり返っているわけではない。紙を揃える音も、遠くで椅子を引く音も、ずっと続いていた。
ルナは目を休めようと、窓の外を見た。
枝に留まった小鳥が、細い繊維を引き抜こうとしている。窓の近くに吊った小箱には、糸くずが少し詰めてあった。
「巣を作るのかな」
「さっきも運んでいました」
ユニが言った。
にゃん吉君も、椅子の上から窓を見ていた。鳥が飛び立つと、顔だけで追いかける。
係の女性が戻ってきた。
「続きがありそうですよ」
ルナはすぐに机へ向き直った。
渡された目録には、さっきの器具と同じ形の印がある。
その下に、別の保管先が書かれていた。
「世界樹の記録室……」
「ここにあるのは、使い方を抜き書きしたものです。実際に使ったときの帳面は、向こうの目録に載っています」
ルナはエリスの紙へ手を添えた。
誰かが試した結果も、残っている。
「そこへ行けば、読めますか?」
「保存状態と内容によります。こちらから照会の紙は書けますが、閲覧は守り手に相談してください」
ルナは頷いた。
「お願いします。この図と、同じ器具のものを見たいです」
*
昼は、書庫の裏の中庭へ出た。
持ってきた包みを開くと、薄いパンの間から香草の葉がのぞく。今朝、ネラの隣の店で作ってもらったものだった。
庭の端では、子供たちが木札を並べている。
一枚を持ち上げ、もう一枚と重ね、違うと言って取り替える。その横で、老人が石を机に置いていた。
「字の練習ですか?」
ルナが尋ねると、老人は札を一枚見せてくれた。
「古い字だよ。普段は使わないが、読める者がいなくなると困るからね」
木札の表に細い線があり、裏には今の字で意味が書いてあった。
一人の子がルナの机を見た。
「中で、あの字の本を読んでるの?」
「読んでもらってるところ。知らない字が多くて」
「僕も、こっちはまだ駄目」
見せた札を老人が裏返す。
子供はすぐに答え、得意そうに笑った。
ルナも笑った。
昔の言葉は、本の中だけにあるものだと思っていた。目の前では、それを覚えている途中の子供がいる。
午後に戻った机には、照会の紙が置かれていた。
係の女性が記録の番号を二つ、読み上げてくれる。
ルナは自分の手帳と見比べた。
「合っています」
「では、これを持って守り手の窓口へ。なぜ読みたいのかも、今日のように話してください」
ルナは紙を受け取った。
朝、収納バッグから出したのは、エリスにもらった記録だけだった。
帰りには、その隣へ入れるものが一枚増えていた。
*
高い歩道を戻ると、昨日の窓からまた弦の音が聞こえた。
今日は短い旋律が途中で止まらず、最後まで続いた。
ルナは欄干のそばで、音が終わるのを待った。
「昨日の続きだね」
「はい」
ユニも窓を見ていた。
向こうから、大きな拍手が一度聞こえる。
ルナは収納バッグへ手を添え、歩き始めた。
明日は、自分で守り手に話そう。
何も分からないまま頼むのではなく、今日見た図を指して、続きを読みたいと言える。




