↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
願いを魔法に  作者: 由吉
四章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
103/147

第4章 第17話 南の港に残る名前

 人間の大陸が見えた朝、ルナは甲板へ出ていた。


 海から吹く風に、草の匂いが混じっている。


 まだ町の形は小さい。けれど、船員が指した丘の向こうに、南へ続く街道があるという。


「戻ってきたんだね」


 口にしてから、ルナは少し不思議に思った。


 知っている港ではない。岸に立つ人の顔も、まだ見えない。


 それでも、地図で海を隔てていた大陸へ、自分たちの乗った船が近づいていた。


 ユニは手すりの内側に立ち、にゃん吉君がその肩のそばへ浮いている。


「今度は、ここから南ですね」

「うん。エルフの街まで、あと少し……って言うには、まだ遠いかな」


 ルナは笑い、腰の鞄の留め具を確かめた。


     *


 南の港へ着いたのは、大きな港を出て九日目だった。


 乗り継ぎが合わず二晩待った町があり、雨で橋が通れず、宿場に留まった日もあった。


 待つ間に教わった短い歌を、ルナは車の中で口ずさんだ。窓の外に畑がなくなり、海が見えても、最後の一節だけ思い出せなかった。


 ユニが続きを歌う。


「あ、それだ」


 向かいにいた乗客も知っていたらしく、一緒に最後まで歌った。


 町へ入る頃には、その人がどこの宿場で覚えたのかも聞いていた。


 エルフの街へ渡る船は、前日に出たばかりだった。


 次の便は五日後。


 ルナはその日を手帳へ記し、港の案内所で別のページを開いた。


 魔大陸の西の港で写した、古い記録の番号。


 ここなら、その続きを聞ける。


     *


 閲覧室の窓は、船着き場の裏へ向いていた。


 外から荷を運ぶ声がする。風で紙が動かないよう、机の四隅には重りが置かれていた。


 係の男性はルナの手帳を見て、棚の索引を開いた。


「神に見放された島の帰還者ですね。短い写しをご覧になったんですか」

「はい。船の名前が分からないと書いてあって」

「聞き取りの本文なら、こちらにあります」


 差し出されたのは、ほかの紙と綴じ直された数枚だった。


 ルナは椅子へ座る。


 旅人の名と、話を聞いた日。答えをそのまま残したらしい短い文が、行を空けて並んでいた。


 島の東側にある入江。


 向かい合う二つの岬。


 水際から、草に埋もれた石段が続いていたという。


「石段……」


 ルナはその行を読み返した。


 ヴェラから聞いたのは、古い遺跡が残っているという話だった。今は、その島を歩いたと語る人の足元に、初めて形ができた。


「どんな場所だったんだろう」


 ユニが隣から紙を見る。


「段の上については、書かれていませんね」

「うん。ここで話が変わってる」


 次の問いは、帰還についてだった。


 旅人が港へ現れた日と、聞き取りをした日は別になっている。港の宿で休んでから、話を聞いたらしい。


 その下に、少し違う筆跡で追記があった。


『帰港に用いた船舶については確認できず』


「この人は、船に乗らずに帰ったと言ったんですか?」


 ルナが尋ねると、係の男性は紙を確かめた。


「そこまでは書いていません。当時の係が船を特定できなかった、という記録ですね」

「名前を覚えていなかったのかもしれないんですね」

「ほかの港へ着いてから歩いて来たのかもしれません。ここには、その区別まで残っていない」


 ルナは窓の外を見た。


 自分たちも、この港までは車で来た。


 ここへ現れた日だけを記されても、魔大陸を出た船にはすぐに結びつかないだろう。


 ルナは記録の番号の下へ、入江と石段の話を書き足した。


 帰り方には、まだ線を引かなかった。


     *


 係の男性は、手にしていた表紙を閉じかけてから止めた。


「島を訪ねるご予定ですか?」

「今は、エルフの街へ行きます。古い魔法の記録を調べたくて」

「では、この海岸の話も尋ねられるかもしれませんね。昔の地名は、港によって呼び方が違いますから」


 ルナは手帳へ目を戻した。


「島の名前だけでは、見つからないこともあるんですか?」

「ええ。この綴りも、もとは船の話ではなく、旅人の聞き取りの棚にありました」


 男性は表紙の古い題を指した。


 何度も読み直されたらしく、端だけが色を変えている。


「写してもいいですか。この、入江のところを」

「どうぞ。聞き取りの日付も一緒に」


 ユニが紙の重りをずらしてくれた。


 ルナは短い文を一つずつ写し、最後に日付と保管先を添えた。


 その間、にゃん吉君は椅子の脚のそばで丸くなっていた。ルナが筆を置くと、顔を上げる。


「お待たせ。行こうか」

「ワン」


     *


 港の外では、雨上がりの道に小さな水溜まりが残っていた。


 ルナは水を避け、船着き場の向こうを見る。


 白い森の道を通ったときは、歩いた距離も、海を越えた瞬間も分からなかった。


 今は、ここまで九日かかった理由を話せる。途中で覚えた歌もある。


 島から戻った旅人にも、ここへ着くまでの時間があったはずだ。


 その部分だけが、紙の上から抜けている。


 夕方、宿の窓辺で硝子の葉を吊るすと、ユニが菓子の包みを開いた。


 細い生地を輪にした、軽い菓子だった。


「穴が大きいね」

「焼くと、少し膨らむそうです」


 ルナは一つ受け取り、割れないよう指でつまんだ。


 遠くで、船の鐘が鳴った。


 ルナは手帳を閉じる前に、二つの岬を小さく描いた。その間に、海から上がる石段を添える。


 まだ見たことのない岸だった。


 今度、古い地図を見るときには、探したい形が一つある。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。