↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
願いを魔法に  作者: 由吉
四章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
100/147

第4章 第14話 雨の日の食卓

雨は、昼を過ぎても弱くならなかった。


 次の宿場へ着いたルナたちは、乗合車から屋根の下へ駆け込んだ。


 雨具の裾から水が落ちる。


「間に合わなかったね」

「宿には着きました」

「うん。それはよかった」


 にゃん吉君は、雨の筋を避けるように入口から入ってきた。


 宿の主人が、床へ古い布を広げる。


「外套はこっちへ。靴も拭いていきな」


 食堂には、同じ車に乗っていた人たちが集まっていた。


 火鉢のそばで手を温める人。濡れた荷紐を取り換える人。


 ルナは荷物を置き、窓際の席へ座った。


 港までは、もう一度乗り継げば着くという。


 今日は、ここで雨を待つことになりそうだった。


     *


 向かいの席に、長い耳の女性が座った。


 布を巻いた筒を三本、大事そうに椅子の下へ入れる。


「隣、濡れていませんか?」


 ルナが聞くと、女性は腰を上げて確かめた。


「大丈夫。ありがとう」


 袖口に、葉のような模様の刺繍がある。


 女性はルナの視線に気づき、袖を少し広げて見せた。


「気になる?」

「綺麗だなって。模様を縫ってるんですか?」

「ええ。こっちへ布を仕入れに来ていたの。私はネラ」


 ルナも名乗った。


 ネラはユニとにゃん吉君へも挨拶し、それから自分の濡れた髪を布で押さえた。


「あなたたちはどちらへ?」

「西の港です。人間の大陸へ渡って、そこから南の港を目指そうと思っています」

「ずいぶん長い旅ね」

「エルフの街へ行きたいんです。古い魔法の記録があると聞いて」


 ネラの手が止まった。


「南の海を渡った先の街?」

「はい」


 ネラは笑った。


「私、そこから来たのよ。ちょうど帰るところ」


 ルナは思わず背筋を伸ばした。


     *


 料理が運ばれてきた。


 根菜を煮た鍋と、平たいパン。それから、小さな塩の皿。


 ネラは食べる前に、指を一度、胸元へ当てた。


 隣の席の老人は、鍋の湯気へ手をかざしてから匙を取った。


 ルナは二人の違う仕草を見た。


「今のは、お祈りですか?」


 ネラが頷く。


「旅先で食卓につけたことへのお礼。母に教わったの」


 老人もこちらへ顔を向けた。


「うちじゃ、火を絶やさなかった者に礼を言う。神様にも、人にもな」


 宿の主人が皿を置きながら笑った。


「それなら、今日はうちの若いのに言っておくれ。朝から薪を運んでた」


 奥にいた少年が、急に礼を言われて戸惑っていた。


 ルナは微笑んで、自分も礼を言った。


 ヴェラから聞いた神の話は、遠い昔のことばかりではない。


 こうして、誰かが毎日の食事の前にも思い出している。


「願いの泉の話も、街にありますか?」


 ネラは匙を止め、少し考えた。


「物語で読んだことはあるわ。でも、泉がどこにあるかは、私も知らないの」

「エルフの街にも、その名前は残っているんですね」

「ええ。子供の頃に読んだ本よ」


 ルナは静かに頷いた。


「それでも、聞けて嬉しいです」


 自分が追っている名前を、また別の土地の人が知っていた。


「題名を覚えていたら、教えてもらえますか?」

「今すぐには思い出せないけれど、どこで読んだかは覚えているわ。街へ戻ったら、確かめてみる」

「ありがとうございます」


     *


 食事のあと、ネラは濡れていない布を一本、机に広げた。


 深い緑色の織物だった。


 光の当たり方を変えると、細い金色の糸が見える。


「あの町の染め物なの。持ち帰って、街の糸と組み合わせるつもり」

「違う大陸のものを?」

「そう。いつも同じ布では、作れるものも同じになってしまうでしょう」


 ネラはユニの袖へ目を向けた。


「青と赤。はっきりした組み合わせが似合うわね」

「ありがとうございます」


 ユニは自分の袖を見た。


 ルナは長杖の二色の紐を指した。


「私も、この大陸で色が増えました」


 橋へ吊るすはずだった大灯籠を、河原へ運んだ話をした。


 向こう岸から見えるか、ヘナが走らずに確かめに行ったこと。サジの祖父が台を作り、両方の岸から火を運んだこと。


 ネラは布を畳む手を止めて聞いていた。


「それで、みんなの小さな灯籠も、周りへ並べたんです」

「見てみたかったわ」

「綺麗でしたよ」


 ルナはそう答えてから、少し嬉しくなった。


 ここへ来るまでは、自分が話を聞く方だった。


 今は、誰かに見せたい景色を持っている。


     *


 夕方、雨が止んだ。


 雲の下に、細い明るさが残っている。


 宿の主人が外へ出て、明日の車の札を掛け直した。


「朝の便は出せそうだよ」


 ネラも同じ車に乗るという。


 ルナは部屋へ戻る前に、もう一つだけ尋ねた。


「世界樹を、見たことはありますか?」


 ネラは頷いた。


「一度だけ。近づく前に、影の大きさに驚いたわ」


 ルナは窓の外の木を見た。


 雨粒が葉の先から落ちている。


 その木とは、どれほど違うのだろう。


「港へ着いたら、もう少し聞いてもいいですか?」

「ええ。明日は道が揺れるから、地図は止まってから広げましょう」


 ルナは笑って頷いた。


 手帳へ、世界樹の名を書き留めた。


 窓の外では、雨のしずくが葉を揺らしていた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。