フローラ編②
一応婚約者なので、フローラはデクスターの葬儀に出席した。
(デクスター様、本当に亡くなられたのね)
フローラはデクスターに対する興味をすっかり失っており、悲しみを全く感じなかった。しかしそれを表に出すと顰蹙を買うので、俯いて悲しむふりをした。
ふと顔を上げると、デクスターの幼馴染であるサリーが目に入る。
栗毛色の髪にアンバーの目で、小柄で庇護欲をそそる見た目である。
「デクスター様、どうして……!?」
サリーは淑女らしからぬ様子でわんわんと大声をあげて泣いていた。
フローラはそれを見ても何も思わず、再び悲しく見えるように俯いた。
周囲の声が聞こえて来る。
「デクスター様、エジャートン公爵家の長男で、唯一の子供でしょう? エジャートン公爵家の後継者はどうなるのかしら?」
「それなら大丈夫そうですよ。エジャートン公爵閣下の弟君、エジャートン子爵閣下には息子がいて、その子に継がせるようですから」
「確かレスター卿でしたっけ? 年は二十四歳だったかしら?」
「ええ、合っています。ほら、あちらにレスター卿とその奥様であるアデレード様が。それに、レスター卿とアデレード様には三歳になるご子息がいらっしゃるので、レスター卿の後の世代も問題ないらしいです」
周囲の会話を聞き、フローラは再び顔を上げる。
チラリとレスターの方に目を向けた。
レスター・オーティス・エジャートン。エジャートン公爵家当主の弟の家、エジャートン子爵家の令息だ。デクスターの従兄というだけあり、髪色、目の色は同じで顔立ちもどことなく似ている。しかし、デクスターよりもしっかりしているように見えた。
(デクスター様とは大違いね)
フローラはそう感じた。そして、その隣に目を向ける。レスターの妻、アデレード・デリア・エジャートンは肩を震わせていた。黒褐色の髪に、チラリと見えたサファイアのような青い目。華やかな美人だとフローラは思った。確か年は二十二歳だと記憶している。
(アデレード様……悲しそうね。きっと心優しいお方なのだわ)
フローラはそんなことを思っていた。
そうしているうちに、デクスターの葬儀が終わっていた。
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「フローラ嬢、聞いたよ。エジャートン卿のこと」
「ヘンリー様……」
デクスターが亡くなったことを聞いたヘンリーは、ヴェイン侯爵家の王都の屋敷まで駆けつけてくれたようだ。
婚約者であるデクスターが亡くなったというのに、フローラはヘンリーが来てくれたことに内心喜んでしまう。
(婚約者が亡くなってから一年は喪に服さないといけない。……もう婚約者がいないから、ヘンリー様と婚約することは可能なのに)
フローラはため息をついた。
「フローラ嬢、悲しいのかい?」
ヘンリーは心配そうにフローラを覗き込む。
「え、いえ、そうではなく……。デクスター様は、幼馴染のサリー様を優先しますので、特に婚約者を失った悲しみは……」
フローラは肩をすくめる。
「私、薄情ですわね」
「そんなことないさ。エジャートン卿に約束を反故にされ続けたらそうなるさ」
優しい表情のヘンリー。
フローラの表情が綻ぶ。
「ありがとうございます、ヘンリー様」
「フローラ嬢が笑ってくれて良かった」
ヘンリーはホッと胸を撫で下ろしたようだ。
「こんなことを言ったら駄目なのだろうけど、僕、エジャートン卿が事故で亡くなったと聞いて、チャンスがやって来たって思ってしまったんだ」
ヘンリーのエメラルドの目が真っ直ぐフローラに向けられる。
「え……?」
フローラはその真っ直ぐさにときめき、戸惑ってしまう。
「僕はさ、ずっとフローラ嬢のことが好きなんだ。ラヴィニアが君をサックヴィル公爵家の王都の屋敷に連れて来た日から」
ヘンリーの言葉に、フローラはアクアマリンの目を大きく見開いた。
「でも、僕がフローラ嬢と出会った時、既に君は婚約者がいた。婚約者がいる令嬢に対して横から婚約を申し込むなんて、このネンガルド王国の社交界で白い目で見られてしまうからね」
ため息をつき、嘆くヘンリー。
「ごめんね、フローラ嬢。僕からこんなこと言われても困るよね」
眉を八の字にするヘンリー。フローラは首を横に振る。
「いいえ、ヘンリー様……。困ることなどありませんわ。むしろ、ヘンリー様にそう仰っていただけて、嬉しいです。私、ヘンリー様のことが好きで、ヘンリー様が婚約者だったらと考えておりました」
フローラはアクアマリンの目を真っ直ぐヘンリーに向ける。
すると今度はヘンリーがエメラルドの目を大きく見開いた。
「フローラ嬢……! 本当に……!? 嬉しい……!」
心底嬉しそうな表情のヘンリーだ。
「ああ、フローラ嬢、婚約者がいなくなった今、すぐにでも君と婚約を結びたい」
「私もですわ。でも、一年は喪に服さないといけません」
フローラは肩を落とす。本当にデクスターは余計なことしかしないと毒づいた。
するとヘンリーは何かを思いついたような表情になる。
「いや……フローラ嬢と亡くなったエジャートン卿との婚約を白紙、なかったことにしたらすぐに僕との婚約が可能になるかもしれない」
「まあ……!」
フローラは表情を明るくした。
今すぐにヘンリーと婚約が出来るかもしれない。その事実に心を踊らせた。
「お父様に相談しなければいけませんわね。お父様は、ヴェイン侯爵家の利益を考えて行動するから、きっとすぐにエジャートン公爵家に私とデクスター様の婚約を白紙にしていただけるようお願いしてくださいますわ」
「僕からも釣書を送ってみるよ」
こうして、フローラとヘンリーは早速動き出した。
フローラの予想通り、父であるヴェイン侯爵は家の利益を考え、すぐにエジャートン公爵家に元々フローラとデクスターの婚約をなかったことにしてもらうよう頼みに行った。エジャートン公爵家も、レスターが次期当主になり既にアデレードと結婚していて子供もいるということで、難色を示されることなくすぐにフローラとデクスターの婚約は白紙になり、なかったこととなった。
それにより、フローラはヘンリーと婚約することが出来たのである。
「フローラ嬢、今度演劇を観に行かないか? 二人で。ラヴィニアも、是非二人で行くようにってね」
「ええ、楽しみですわ」
婚約者となったヘンリーからの誘いに満面の笑みで答えるフローラ。ラヴィニアも、フローラとヘンリーの婚約に飛び上がって喜んでいたようだ。
想いを寄せていて、自分を大切にしてくれるヘンリーとの婚約出来て、フローラは幸せいっぱいだった。
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