プロローグ
この世界には、二つの「理」が存在する。
一つは、古城の結界の内側。
そこでは時間が緩やかに流れ、銀髪の王と黒髪の女王が、世界にただ二人しかいないかのように愛を囁き合っている。王がグラスにワインを注ぎ、女王がそれに微笑む。ただそれだけの日常が、この世の何よりも尊く、誰にも犯されぬ聖域として守られている。
そしてもう一つは、結界の一歩外側。
魔王たちが支配する地獄と、救いを求めて這い寄る難民たちがすし詰めになった、泥と絶望の境界線。
古城のテラスからその惨状を見下ろすとき、銀髪の王はダークルビーの瞳に冷徹な光を宿し、ただ一言だけを紡ぐ。
「……邪魔だな」
その言葉は、慈悲ではない。愛する者が視界の端で眉をひそめることすら許さないという、究極の独占欲。
だが、その冷酷な支配者に寄り添う黒髪の女王は、ダークグレーの瞳を揺らして、そっと彼の手を握りしめる。
「貴方は本当に不器用ね。……でも、そんな貴方だからこそ、私はここにいるのよ」
魔王たちは知らない。自分たちが仕掛けている陰湿な冷戦や、恐怖による支配など、この古城の二人にとっては何の脅威でもないということを。
彼らはただ、愛のために世界を更地に変える覚悟を持つ、世界で最も甘く、最も恐ろしい夫婦なのだ。
結界の外で、ある幼い難民が天使の聖歌を聞き、黒髪の女を「魔女」と呼ぶ。
悲劇の幕は、そんな小さな、そして愚かな火種から上がる。
世界が八から七へと減るまでの、狂おしくも美しい破壊の叙事詩が、いま始まろうとしていた。




