第7話 過去からの呼び声
黒塗りの馬車から、女が降り立つ。
「お届け物にございます」
小さな箱が門前に置かれた。
馬車が去ると、カラスが鋭い嘴で箱をこじ開けた。
中から光る物を見つけ、カラスはそれを主の元へ運ぶことにした。
「あら。またあの門番カラスが来ましたよ」
バネッサが窓を開けると、音もなくカラスは窓枠に止まり、どうだと獲物を自慢げに見せる。
「ご苦労様」
ビアンカがパンくずを与えると、カーとひと鳴きして、門へと戻る。
「何を咥えてきたかと思えば。先にジュール様へお見せします」
「バネッサ、何だったの?」
「遺髪入れですね。これはどなたのかしら……」
蓋を開けると、丁寧に編み込まれた金の髪が入っていた。
「もしかしたら、お母様のものかも」
杖をコツンとあてる。
何も起きない。
バネッサはそれをビアンカに渡した。
「……やっぱり」
手にしたリングは、伯父がはめていたものだった。
「私にくださるようお願いしてもいいかしら」
「もちろんですとも。きっとお許しになりますよ」
銀ではジュールが火傷するかも知れないと言えば、ビアンカの顔が曇る。
「触れなければ、大丈夫ですよ」
執務室にいたジュールは「大事にしなさい」とビアンカに与えた。
身につけることはしないと約束して。
ビアンカは宝物のように胸に押しあて、部屋にしまいに行った。
嬉しそうな背が消える。
ジュールの目が、赤く光った。
「今さら詫びたところで手遅れだ」
あれから、イザークの領には晴れ間が訪れなくなった。
日中でも霧が立ちこめ、作物は枯れていった。
その次の日も箱が届いた。
カラスはまたビアンカの元へ運ぶ。
装飾品に、ハンカチ、ドレスまで。
どれも伯父が隠し持っていたものだろう。
増えていくたびに、ビアンカの表情はやわらいでいった。
「今日は姿絵。お綺麗な方ですね」
「……」
ビアンカは絵を抱きしめ、ポロポロと涙をこぼす。
「もう会えないかと思っていたの」
ジュールは、何も言わずにその背をなでた。
それきり、箱は届かなくなった。
「ビアンカ、今日も庭へ出ないのか?」
「ごめんなさい。今日は、お部屋で休ませていただきます」
ジュールは、わずかに眉をひそめた。
「そうか。無理はしないように」
絵でも、母との対面だ。
心を動かすはずだ。
——そう思うしかなかった。
「バネッサ、少し外の様子を見てくる。朝までには戻る」
「行ってらっしゃいませ」
大カラスが飛び立つと、バネッサはビアンカの部屋へ急いだ。
「ビアンカ様、お母様のドレスを着てみたいのでしょう。ジュール様はお留守。今しかありません」
若い頃の母は少し派手な服を着ていたようだ。たぶん伯父が選んだのだろう。
バネッサは赤だと言っていたが、ビアンカには黒にしか見えない。
それでも温もりが残っているようで、一度袖を通してみたかった。
「うーん。ビアンカ様にはいつもの白の方がいいですね」
「いつもは赤いドレスをすすめるのに?」
「深みのある赤はお似合いですよ。これはさすがに派手すぎますね」
「お母様はいつも、優しいお色をお召しになっていたわ」
バネッサにはずいぶんと打ち解けて話すようになった。
「ネックレス、指輪、髪飾り。どれも銀製ね。……今夜だけなら構わないかしら」
「きっとお似合いですよ」
二人だけの秘密にして、ビアンカは届けられた物を身につけた。
「少し、母と話してもいいかしら」
「ええ。鈴を鳴らしてくだされば、すぐに参ります」
「ありがとう」
ひとりになるとビアンカは母の姿絵をじっと見つめ、涙をこぼした。
「お母様の元へ行きたい。でも……」
ビアンカは母にそっと触れた。
『ロザリー……』
「今……」
何かが、心の奥底に触れた気がした。
「声がした?」
『ロザリー ロザリー』
また聞こえる。
——すぐ、目の前から。
「お母様の声……」
ビアンカは絵から目が離せなくなった。
いつまでたっても、鈴は鳴らされない。
バネッサが部屋に入ると、ビアンカは絵の前でじっと動かないでいた。
「ビアンカ様、お着替えしましょうね」
無言でうなづく。
今はそっとしておくしかないと、バネッサは頭をふった。
ビアンカをベッドに寝かせ、蝋燭を吹き消す。
「ゆっくりお休みください」
扉が閉まると、ビアンカはゆっくりとまぶたを開け、ベッドから抜け出した。
「お母様、ロザリアはここにいます」
母の絵を指でなぞった。
絵の中の母は、微笑んでいる。
——だが。
その目は、もうここにはなかった。




