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第41話 残された者達

 幽黒城の地下。


 ビアンカはジュールに唇を塞がれ、熱に浮かされていた。ジュールの魔力が流れてくる。


 ジュールもビアンカの魔力に、心を奪われていた。それは慈雨。どこか乾いた心の隙間に染みこんでいく。


「ビアンカ、もう離してなどやれない」


 ビアンカも、もうジュールから離れたいとは思わなかった。


 不意にララが、ビアンカの手を離れた。ララは浮いたまま、魔力を四方に放つ。まるで城へ挨拶をしているかのようだった。


 ジュールの体が急に硬くなった。その目がじっとララを見つめていた。


「ジュール様……」


「母のだ」


 忘れるわけがない。毎日母がかける魔法を飽きずに見ていたのだ。


「すみません。イゾルデ様からは何も聞いていなくて」


 そんな大事な杖を渡されていたとは思わなかった。


 ジュールが杖を手に取り、軽く振ると杖の先に青い火が灯る。


「いや。ビアンカの手にあるならそれでいい。そうだな。少し昔話を聞いてくれないか」


 ジュールが自身の過去を口にするなどなかった。それをビアンカに、まるで昨日のことのように話して聞かせた。


 杖はジュールの手の中でそれを黙って聞いていた。


 主ブレンダの涙と嬰児の産声。薔薇は咲き乱れた。城中を楽しそうに駆け回る子どもの足音。それを追いかける声も笑っていた。杖にとって、それは嬉しいことだった。温かい魔力に満たされた記憶。


 それは城も同じだった。遠い記憶は城のあちこちに刻まれていた。


 ブレンダとの別れの日、城は最後の願いを聞いた。


「私の愛し子が心を分かち合う者と出会うまでの間だけでいい。この者達が住まうことを許して欲しい」


 城にかけられた、ブレンダの最後の魔法が解けていく。きらきらと無数の光が天に向かって昇り始めた。


 幼い子を守るために残された幽霊達が、静かに去って行く。子守唄を歌い、あやし、諭した。そして生き残る術、知識を与え続けてきた。


 棺の中でひとり震えていた時もあった。己を守るため、同族を消した時もある。それでも何も言わずに見守ってきた。ジュールが本当に欲しかった物は与えてやれない。


「……ありがとう」


 ジュールの握りしめた拳が震えていた。ビアンカはそっとその手を包み込んだ。


「だから、僕はひとりを選んできた。ただの怖がりなんだ」


 この世を動かすことも出来るほどのジュールの小さなつぶやき。今度はビアンカがジュールを抱き寄せた。強く。


「私はあなたと共にありたい。だから、私を……」


 今まで怖くて言えなかった。もしだめだと言われたら……。


「少し考えさせてくれ」


 ジュールはビアンカの目をまっすぐに見ることが出来なかった。それだけはまだ心が決まらない。ジュールはビアンカを残し、姿を消してしまった。


 ひとり私室へ戻ったビアンカは、バネッサの胸に顔を埋めた。


「一体全体、どうしたのですか?」


 ビアンカの目は涙で濡れていた。二人きりで甘い時間を過ごしているとばかり思っていたのに。


「私じゃだめなの。どうしたらいいの。こんなに愛しているのに。あの方はまたひとりを選んでしまう」


 バネッサはため息をつく。こればかりは魔法では解決しない。


「ビアンカ様。もう少しジュール様に時間をください」


「もう私に時間なんてないのよ!」


 ベロニカに分けてもらった時間も残り少ない。


 ビアンカは床に崩れ落ち、声を出して泣いた。もう何がなんだかわからない。やっと近づいたと思ったら、ジュールは遠くへ離れてしまった。


「もう、届かないの……」


 突然、ビアンカが胸を押さえ苦しみ出した。息をするのもやっとだ。


「ビアンカ様!」


 バネッサはとっさにビアンカに眠りの魔法をかけた。


 ◇◇◇


「ジュール様。出てきてください」


 薔薇園でバネッサは杖を突き立て、ジュールを呼んだ。答えはない。


「ここにいる限り、私からは逃げられませんよ」


 “ビアンカ”に杖を向けるバネッサ。


 地中から、ジュールが姿を現した。


「城魔女は怖いな」


「この弱虫! あんな必死なビアンカ様を見て、何も思わないんですか」


 自分のためだけなら、生き長らえたいなど思いもしないだろう。もし瀕死の子どもが目の前にいたら、惜しむことなく残りを与えてしまう。そんな娘だ。


「黙れ! お前に何がわかる。この先は人の永遠だ」


 数十年では気付かない。周りから知った者が次々に去って初めて、自分も終わりを望むようになる。だがそれが叶うのはいつになるのか。


 そして、果てに待つ最期は魂さえも残らない。砂だけ。それもやがて消えていく。


「だからですよ。二人なら残るものはあります」


 バネッサは、ガクリと膝をつくジュールの頭を優しく撫でた。ひとりになって可哀想になどと思ったことはない。魔とは本来、孤独だ。苦しみもわからない。それでも救いたいと願ってきた。


「イゾルデ様はあなたを残して逝けないと、薬を飲み続けている。魔力なんてもうほとんどないのに」


 大魔女ももう表には出られないのだ。村を守り、ジュールを慮る。そうしてどれだけの時を生きてきたのか。もう本人も齢など覚えていないと笑う。


 泣いても笑っても変わらないなら、笑え。突然訪ねてきては、不貞腐れた頬を思い切り引っ張られた。


「……」


「ビアンカ様に会ってください。そして話をして」


 バネッサは“ビアンカ”を一本、ジュールの手に握らせた。



 静かに眠るビアンカ。頬に涙の痕を見つけた。


「許してくれ。僕はどうしたらいい」


 バネッサは子をなせと言っているのだろう。もうこの世に同族はほとんどいない。そんな中で生きる辛さも知っている。


 せめて朝までここにいようと、ジュールは窓辺に腰かけた。空にはぽっかりと丸い月が浮かんでいた。


 ここから月を眺めながら、天国がどこにあるのかと聞いたビアンカ。ひとりで行くなと、失いたくないとあれほど自分は願ったのに。


 ふと、この城に似つかわない箱を見つけた。ずいぶんと明るい色だ。妙に引っ掛かる。


「……これは」


 それは赤ん坊の服だった。カラスやらウサギの刺繍がしてある。そっと箱から出してみる。その下に自分へだろうか。上着が入っていた。同じカラスの刺繍。


 ビアンカの祝福がかけられていた。


 『笑って。今日も。明日も。この先も。ずっとあなたが笑っていられますように』


 そして、箱の底に隠すように入れられた手紙を見つけた。自分への愛が綴られていた。


 ジュールの目から涙がこぼれ落ちた。


 これほど愛されて、何を怖がっていたのだろう。

 自分よりも、遥かに短い年月しか過ごしていないビアンカの深い愛は、枯れることなどないのだ。


 ――自分はずっと誰かに守られていた。ビアンカにも。


 ビアンカが目を覚ましたら、今度こそ夫婦になろうと誓う。


 ジュールは眠る妻へ“ビアンカ”を捧げた。

ここまでお読みいただきありがとうございます。

事前のお知らせなしで大変申し訳ございませんが、作品タイトルから副題を削除いたしました。より内容に合わせてなのですが、連載途中の変更、本当にすみません。

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