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第39話 魔女修行

 バネッサはふた月しても村へ戻って来なかった。


 その間、ビアンカは一人で店に通い刺繍をしていた。手が早く、アトラが次々と仕事を言い付ける。


 どこかの姫君の婚礼衣装が仕上がった頃には、ビアンカのかける祝福だけで箱に収められた。


 アトラがこのままずっと村にいて欲しいと言えば、ビアンカは城に戻っても仕事を続けたいとアトラを喜ばせた。


「本当に杖の馴染みが早いね。まるで出会う前から知っているようじゃないか」


「私もなんだか、懐かしい気さえしています」


 暖炉に火を付けた時だ。イザークの屋敷と同じ、ふわりと薔薇の香りがした。たしか母もそんなことを言っていた気がする。


 母は自由のない生活の中で、暖炉の前で火とおしゃべりするのが楽しみだったと言っていた。いつもどこからか、甘く優しい香りがした。それを聞いたときは少女のように夢見がちな母を可愛らしく思った。


 でも、自分の壊れた心でもその香りだけは覚えている。怖いはずの火も、そこに最初からあるとわかっていれば近づくことができた。


「ララは、昔から私達の近くにいたのかも知れないわね」


 イゾルデは前の持ち主については教えてくれなかった。同じように魔法が使えるとも限らない。余計な期待をするなと言うことだろう。杖も一緒で、新しい使い手と一緒に魔法を覚えていく。


「ララ。私は花を咲かせたいの。できれば薔薇をね」


 杖がほのかに光った。


 ビアンカは時間を見つけてジュールへ贈る上着に刺繍を入れていた。少しずつ、思いを込めて。出来上がったものをイゾルデに預ければ届けてもらえる。


 本当は手紙も添えたかったが、書き出すと止まらなくなり、いつの間にか本のようになってしまったので、今は引き出しにしまっている。


「ここにはカラスがいないのよね」


 ビアンカは少し寂しそうに空を見上げる。


 ビアンカはカラスの代わりに、フクロウに餌を与えていた。首を傾げる様子が可愛らしい。


「ビアンカ様、カラスと狼はイゾルデ様が入れないそうです」


 ベロニカも魔女の村は初めてだったが、色々と噂話を仕入れてくる。


「残念だわ。コウモリにだって会えないのよ」


 カラスを使役する吸血鬼は多い。大昔に姿をカラスに変えてやって来た吸血鬼に惑わされた魔女がいた。ふらりと外へ出て魔女狩りにあった者が出た時から、カラスは出入り禁止。ジュールのカラスしか通れない。それも飛んでこないのだ。


 狼男も魔女にとっては天敵。魔力の一番高まる満月の晩は安心して過ごしたい。


 ビアンカは餌やりが終われば、庭の花に杖を当てる。まだ咲かせるまでは出来ないが、水代わりの魔力で、しなびた花が瑞々しさを取り戻す。


「ベロニカ、見て! 色が少し変わったわ!」


 黄色いタンポポが、うっすらとピンクに染まっていた。


「やりましたね! ビアンカ様はもともと魔女の素養があったんですよ。その上、細かい針仕事でさらに集中力を養いましたからね」


「ララのおかげよ。本当にありがとう」


 杖に名を付けるなど、ベロニカは聞いたことがなかった。お嬢様らしいと笑ったが、どうもその効果も大きいようだ。自分の杖にも名を付けてみようか。このまま「お婆ちゃんの杖」では可哀想な気がする。


「ベロニカは、お婆ちゃんとは会えたの?」


「それがまったく感じないみたいで、いくら話しかけてもそっぽを向かれています」


 バネッサに村へ飛ばされたベロニカの育ての魔女。杖を取り上げられ力はもうない。返してやりたいが、まだまだ黒い。


「ねえ。私をそのお婆ちゃんのところへ連れて行ってくれないかしら。私から話してみるわ」


 しばらく考え込んでいたベロニカだが、どうしてもと言われ、まあ信じなくてもいいかとビアンカを村外れの家に案内した。


 そこは身寄りのない魔女達が共同で暮らしていた。ビアンカが訪ねると、元女王で吸血鬼の嫁が何をしに来たのかと、不審がられたが、どうにか中へ入ることを許された。


「今は多くの魔女様とお話がしたいのです」


 ひとりひとりと杖同士を当て、挨拶を交わす。すると相手の杖がくるりと回ってみせる。敵ではないということだ。魔女達の杖はララに従うと決めたようだ。


「おや。これはまた偉大なる魔女の杖だね」


 幽黒城の女主人が来たと聞いて、皺だらけの魔女が奥から出てきた。ベロニカがビアンカの袖を引っ張る。


「こんばんは。あなたは昔、小さな魔女を育てたことがあったかしら」


「そんなことまでわかるのかい。大した杖だ」


 挨拶も交わしていないのに不思議だと言う。


「もしその小さな魔女がここにいたら、あなたは会いたいかしら」


「そうだね。最後くらい、よくやったと褒めてやりたいね」


「では、私と手を繋いで」


 ビアンカが両の手を魔女とベロニカに差出す。


「あっ」


 ベロニカの小さな声がした。魔女もまた目を見開く。


「ベロニカ、その姿は。私より早く死んじまうなんて。なんてことだい」


 家魔女になりさえすれば、人より長く、幸せに生きられると手放したのに。年老いた自分よりも儚い姿のベロニカに、魔女は涙をこぼす。


「お婆ちゃん、今の私は前よりもずっと幸せなの。大好きなお嬢様の役に立って、一緒にいられる。それにもうどこも痛くもないし、病気にもならないわよ」


 ララが起こした奇跡の魔法。会えない二人はビアンカを通して、語り合い、抱き合うことができた。


「ベロニカ。杖を頼むよ。今さらその杖に詫びても許してはくれないだろうが、お前の手に渡って本当に良かった」


 もう魔女に時間はない。思い残す事はなくなった。あの世でまた会おうと手は離された。


 屋敷への帰り道。ベロニカはビアンカの前にふわりと浮いた。


「私はまだあの世には行きません。だって、まだ思い残す事がありますから」


「それは何かしら。私に手伝えることがあったら言ってね」


「はい。その時はお願いします。ビアンカ様、帰ったらまた修行です。私も幽黒城が恋しくなりました」


「私もよ」


 ビアンカも、もう恋しくてたまらない。心の中は花嵐のようだった。

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