第33話 王城からの招待
国中の小麦畑が黄金色に染まった。
日照りと大雨に襲われ一時は諦めていたが、思わぬ大豊作に民は歓び、各地で収穫祭が行われた。
城でも祝いのための舞踏会が開かれる。そこに幽黒城、ジュール夫妻も招待されていた。
眉をひそめる者もいたが、クラリス女王と王配オスカーが何も心配ないと言い含めた。
ビアンカの願いを叶えるため、ジュールも力を使わないと約束し、数日王城に滞在することになった。
日も暮れた頃に馬車が到着した。
先に降りたジュールが手を差し伸べると、はにかんだビアンカが降りてきた。珍しくもない光景だが、つい皆は見入ってしまう。
ジュールは常にビアンカの耳元に囁いていて、ビアンカの耳はもう真っ赤だった。恐る恐る出迎えた者は皆、呆気にとられた。
「噂とぜんぜん違う」
「お二人が並ぶと、まるで絵画のようだわ」
「ロザリア様が、帰りたがるわけね」
ビアンカのすぐ後ろを離れず歩くジュール。容貌もさることながら、所作は優雅。何よりビアンカへ向ける目は優しい。
人の視線がジュールには少し鬱陶しいが、姿を消すことはしなかった。ビアンカを一人になどしない。
「ふふ」
「何がおかしい?」
「おかしくなどないですよ。ジュール様がいてくださる。それが嬉しくて」
「そうか。では……」
ジュールが無言で腕を差出すと、ビアンカもそっと手を預けた。
前方から拍手が聞こえた。出迎えにしては大げさだ。ジュールが顔をしかめる。
「これは、これは。流石の吸血鬼殿も妻の笑顔には弱いのだな」
「オスカー。早く部屋へ案内してくれ」
オスカーは護衛の後ろから、ジュールの反応を面白く見ていた。
「叔父様、からかわないでくださいな。これからの数日、ジュール様がお部屋に籠もってしまいます」
「それは困る。この機会を逃したら、何年先になるかわからないからな」
ジュールも気が向けば王城を訪れることはあるが、それは時代の変わり目であったり、王宮からの願いであったり。だが姿を現すかは別だ。
「ビアンカ、そのようなことはしない。心配するな」
「無理はなさらないでくださいね。私も社交は苦手ですから」
静かな幽黒城がもう恋しいとビアンカが言えば、ジュールもうなずく。
「クラリスが待っている。その後は二人でゆっくり寛いでくれ」
「ええ。伯母様とウォルフに会いたいわ。もうおすわりが出来るようになったかしら」
ビアンカが王城を出た頃は、生まれたばかりだった可愛い従弟の第一王子。
「もう、つかまり立ちだよ。目が離せない」
クラリスの部屋に入ると、ウォルフが「あーあー」と机につかまって立っていた。まだおぼつかなく、すぐに座り込んでしまう。
「少し会わないうちに、こんなに大きくなってる。もう歩き出しそうね」
可愛いわとビアンカがウォルフ抱き上げる。
「ジュール様もウォルフを抱いてみますか?」
「僕が触れては泣くだろう。それは可哀想だ」
こんな小さな赤ん坊を間近で見るなどジュールは初めて。人の成長など今まで気にしたことがない。人をよく見たことさえなかった気がする。
「ジュール、抱いてやってくれ。この先も見守ってやって欲しい」
「そうですよ。ジュールがいればこの子も安心ね。大丈夫、泣いてもすぐに止むわ」
クラリスは、いつかビアンカにも自分の子を抱かせてあげて欲しい。ジュールに言いかけて呑み込んだ。
「こんなに頼りない姿で、もう王様気取りか」
床に座る小さな生き物が、不思議そうに自分を見ている。欲せば抱かれるとわかっているのか、小さな手を伸ばしてくる。
「ジュール様、赤子は正直です。本当のお姿しか見えないのでしょう」
魔ではない、神にも近い存在。そうビアンカは信じている。
白い手が、怖々とウォルフを抱き上げた。
「思ったよりも重いのだな」
「あー、あー」
ジュールの髪を掴み、その手で頬にも触れてくる。その小さな手は、どこか自分の奥の冷えた部分を温めた。
だが……。やはり怖い。残すのも、残されるのも。
「ほら。心配などいらなかったでしょう」
「そうだな。泣かなかった褒美を与えよう」
王子ともなれば敵は多い。黒い羽を一枚握らせた。多少の守りにはなる。
ロザリアの使っていた部屋は残されていた。
次々に挨拶だと人が訪れる。その度にビアンカはジュールを紹介した。
ジュールはビアンカの敵になるような者でなければ挨拶を返し、少しでも下心が見えれば、いつの間にか外へ出していた。
「ジュール様、お疲れになったでしょう。お食事はここに運ばせますね」
「ビアンカはすごいな。あれが毎日だったとは。僕では務まらない」
城主と言っても、普段は城に籠もっているだけだ。同じ魔が近づくこともないし、多少気にかける土地が増えたが、それもビアンカが手伝ってくれる。
ジュールは幽黒城から持ち込んだワインをグラスに注ぎ、ビアンカは運ばれたものをひとり食べていた。
「ジュール様、ワインばかりでなく、こちらも少し召し上がってはいかがですか」
「今夜はこれでいい」
「そうですか……」と、今度はグラスをじっと見ている。
「それはどんなお味なのですか? 特別なものが入っているのですか?」
「昔からある醸造所で作らせているだけだ」
葡萄も人の知らない畑のもの。すべて魔女達が作っている。
「私もここで、少しですがお酒を口にしたことがあるのですよ」
「そうか。では君にも」
ビアンカは気になるのだろう。共に味わえるのはジュールとて嬉しいことだった。
人に害になるものは入っていない。飲んでも魔力は取り込めない。
ビアンカが一口含む。目を丸くして、あっという間に飲み干した。
「お酒じゃないみたいです。甘くて、すごく美味しい」
「ビアンカ、ゆっくりと」
ジュールが止めるのも聞かず、次も飲み干す。そして顔が赤くなり、いつもより多く話をして、気づくと船を漕いでいた。
本当はビアンカも疲れたのだろう。社交は苦手。それなのに夫を立て、ずっと気遣っていた。
「君は少しも変わらないな」
心の奥底だけは見えない。
ビアンカが本当に望む幸せ。ジュールには難しいことだった。




