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第27話 白薔薇の姫

「本当に、これでお出ましになるのですか」


 バネッサの顔は少し暗い。大事な主が、心ない言葉に傷つくのではないか心配でたまらない。


 ビアンカが傷を隠さずに、「化粧でも誤魔化さないで」と言い出した。


 仕上げに白粉が叩かれる。傷さえなければと、バネッサはついため息が出てしまう。


「いいのよ。恥じることはないもの」


 顔を上げてしっかりと話せば、相手も傷より目を見て話してくれる。結婚相手を選ぶわけではないから、気遣う必要はない。


 中には肩を落として帰る子息もいるが、それは傷がと言うより、「もう相手は決まっている」とロザリアに明言されたからだ。


「それにね。この傷のおかげかしら。伯母に余所へ売られることもなかったし」


 笑うビアンカに、ベロニカの影が濃くなる。


「ちょっと待って下さい。あの女がお嬢様を売る? そろそろ本気で、祟ってきていいですか」


「ベロニカ、待ってちょうだい。あなたがそんなことをする必要はないわ。伯父夫婦には色々と疑いがかけられているの。きっと表で裁かれる」


「お嬢様は本当にお強くなられた」


「それはジュール様やあなたたちがいるからよ。私ひとりでは、きっとまだ殻に閉じこもったままだった」


 早くジュールに会いたい。それには、整えなくてはいけないことがある。


 ビアンカは、毎朝欠かさず枕元に届く白薔薇に微笑む。誰にも気づかれぬまま、いつの間にか置かれているのだ。


 ひとりじゃない。白薔薇を髪に挿した。


「今日はいよいよ、礼拝堂の完成ですね」


「ええ。これでやっとみんな静かに眠れる」


 シュバルツの企みを暴くため、協力してくれた使用人達。ひとりひとりの顔が目に浮かぶ。


 毎朝起こしに来て、支度を手伝ってくれたメイド。


 嫌いなものを残さず食べると、お茶菓子は大好きなものを出してくれた料理人。


 門の前に立ち、父が来ると口笛を吹いて知らせてくれた衛兵。


 枯れることのない薔薇に囲まれ、これからはずっと笑っていて欲しい。ビアンカはそう祈った。


 ◇◇◇


 メイドのような服にエプロンをつけた、どこか品のある娘が、農民の集まりに顔を出した。

 なぜか娘に寄り添うようにカラスが付いてくる。


「お嬢ちゃん、何の用かい?」


「今日は皆さんへお願いがあって参りました」


 農民達は、最初はどこかの貴族のお遣いかと思った。


 それにしては大勢警備まで連れている。聞けば女王の視察だと言われ、農民達は顔を見合わせた。


 こんな若い娘が女王だとは、とても思えなかった。それに、王族がわざわざこんな辺鄙な田舎まで来るなど、今まで一度もなかった。


 ロザリアは「この種を蒔いて欲しい」と袋を差し出した。


 中には艶のある重い種。きちんと選別されていた。


 前の王子が寄越した、小石と一緒に詰め込まれ、虫に食われた後の種とは違う。


「きっと実るわ」


「こんなに沢山。ありがとうございます」


 そして井戸の修理が必要だろうと、資材が運ばれた。


 長く使われていない古い井戸を、なぜ知っているかと聞けば、少し笑いながら、調べたと言う。


「水を濁らせないように。これだけはお願いします」


 水が澱めば、地が枯れる。

 その地に実りはない。


 地が甦れば、青薔薇に頼らなくても、きっとたくさん実る。


 女王だからと気取らず、畑の水やりまで手伝う。何かお礼をと言えば、カラスが落とした赤い林檎を手に「これで十分」だと言う。


 ロザリアは街にも出掛けた。


 商店を覗き、小さな子が無理矢理働かされていないか。裏路地にまで足を運び、困っている者はいないか探し回った。


「こんにちは。白薔薇のお姫様」


 貧しい子ども達がロザリアを見つけ、駆け寄ってきた。ロザリアも嬉しそうにポケットから炒り豆を出して配る。


「女王陛下に失礼だぞ」


「いいのよ。それよりもあなたの話も聞かせて」


 たしなめる護衛にも、ロザリアは話を聞きたがる。


 いつの間にかロザリアの周りには人が集まった。


 すべてカールやシュバルツが見向きもしない者達だった。


 ――白薔薇姫


 いつしかロザリアは、民からそう親しみを込めて呼ばれるようになった。


 執務室ではオスカーが、書類を並べて待っていた。


「ロザリア様は、ずいぶんと民に好かれているようですね」


「話を聞かせてもらっているだけよ。お祖父様のようなお仕事は出来ないけど、何か私にも出来ることがあるかもしれないわ」


 事務仕事はすべてオスカーに任せている。特別な教育など受けていない。玉座に座ったものの、わからないことだらけだった。それでも報告を聞き、陳情書を読み、地図を広げる。


「次はここね」


 ロザリアの後ろに立つベロニカがうなずき、澱みを探しに消えた。


「貴婦人達も驚いていましたよ。長く王子妃教育を受けたはずのマリア様よりも、所作も会話術もすべて上だと」


「だとしたら、お母様に感謝しなくては。すべて母仕込みなのです」


 いつかのためにと母は身につけさせたのだろう。一般教養、音楽からダンスまですべて。

 静かな館で、母や数人の教師とのレッスンは楽しいものだった。


「舞踏会を開かれますか? 多くの者がロザリア様とお近づきになりたいと願っていますよ」


「いえ。私はダンスはできないの」


 オスカーがおやっとロザリアの横顔を盗み見る。踊れないとは言わなかった。


 頬が少し緩んでいるように見えた。まあ、そういうことにしておこう。


 ◇◇◇


 イザークとハンナは王都の高級宿屋に宿泊をしていた。


 何と言っても、新女王は自分の姪だ。これほど役に立つなど思ってもみなかった。


 手放した時は、家中の者が怯えるほど暴れていたイザークだったが、今ではすっかり王族気分でふんぞり返っていた。


「さすが私の妹アンリエッタの娘だけはある。器量もいいし、品だってある。世話のしがいのある子だった」


 まるで自分がロザリアを育てたかのような口ぶりに、宿泊客達はイザークを囲む。


 皆にちやほやされ、イザークの口は止まらない。


 その中でもとりわけ上品な男が、イザークに話しかけてきた。


「たしか、あなたの領には幽黒城がありましたね。ロザリア様はそこに住む吸血鬼に攫われていたとか」


「ああ。あの時はわしが城に乗り込んで、取り戻してきましたよ。無事に帰って来られたのは、伯父であるわしのおかげだと、ロザリアは泣いていましたな」


「ほう。そういえばご子息がいたはず。さぞやご立派なのでしょうね」


「あれは、いずれ継がせるまでの間、少し勉強をさせるために外へ出している」


「それに年頃のご息女も。これから社交の場に出られるのでしょうか」


「娘は、その。酷く人見知りで、家から出ようとしない。まあそのうちに」


 踏み込まれれば、忙しい、忙しいと言葉を濁し、イザークは高い酒を煽り始める。


 ハンナはハンナで、まだ来もしないお茶会の誘いや舞踏会のために、ドレスを買いあさり、贅沢三昧。支払いはすべて宿屋へ回された。


 宿屋の支配人が分厚い請求書の束をイザークの前に置いた。


「イザーク様、そろそろお支払いをお願いします」


「誰に言っている。わしはロザリア女王の伯父だぞ」


「それが何だと言うのです。まさか城へ請求を回せと?」


「そうは言っていない。わしが泊まれば名誉になるだろう。それでいいのではないか」


 わかりましたと踵を返した支配人は、警備兵を連れて戻ってきた。


「立て。お前は牢屋行きだ」


 イザークは警備兵に両腕を捕まれた。


「なぜだ? わしは女王の……」


「決してあなたを城に近づけるなと、警備隊に通達が来ていますよ」


「誰の差し金だ。あの娘がそんな事を言うはずがない。言われた事に黙ってうなずくだけだ」


「あの娘? ずいぶんな言い方だ。それにあなたが留守の間に屋敷を調べさせてもらった。言っていることと違うようだな」


「勝手にわしの屋敷を探ったのか!」


 傷だらけの使用人達は、「助けて欲しい」と口々に訴えた。


 書斎に隠されていたカールとの手紙には、ロザリアを売り渡す約束まで記されていた。


「旦那様、早く支払って下さいませ!」


 ハンナも請求書を突きつけられ、部屋から出された。


「金などない」

「えっ」


 宿泊客のひとりに、投資を持ちかけられた。王族なら特別に優遇すると言われ、全財産を預けてしまった。


「黒い髪の、いつもそこの椅子に座り、ひとりワインを飲んでいた男だ。そいつを捕まえてくれ」


「当宿にそのようなお客様はいませんよ」


 また大法螺だと支配人は呆れ顔だ。


「そんな馬鹿な。毎日わしの話を聞いて笑っておったぞ」


 どこか冷えたあの笑い。目は笑っていなかった。だが見つめられると、なぜか信じ込んでしまった。


 思い出せない。男の顔も、名前も。


「言い逃れは出来ないぞ。牢屋で全部話してもらう」


「わしに触るな。ロザリアをここへ呼べ!」


「離しなさい! 無礼よ!」


 逃げ出そうとしたハンナも取り押さえられた。


「私はあの子に何もしていないわ。連れて行くなら、あの人ひとりにして」


「黙れ! お前も同罪だ!」


 使用人達は、ロザリアが屋敷から出ることを許されず、都合よく使われていたことを証言した。躾だと言って体罰まで加えられていたことも。


 だが誰も、黙って見ていることしか出来なかった。


 震えるイザークとハンナが罪人用の馬車に乗せられ去って行く。


 大カラスだけがそれを見送った。

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