第22話 白薔薇の棘
シュバルツはフードを深く被り、街外れにある占いの店へと急ぐ。
「おや。ここへ来るなど珍しい」
「魔除けが欲しい」
「そんなものはないよ。私を誰だと思っているのさ」
しゃがれた声で笑う魔女。
「何かあるだろう。亡者が蔓延っている」
「なるほどね」
シュバルツの目の下には隠しきれない青黒いくま。普通ならばとうに正気を失っている。
「どうしても、あの魂から逃げ出したいのなら……」
魔女は声を潜め、シュバルツに囁いた。
「墓を暴いて、もう一度焼けばいい。今度は砂になるまでだ」
シュバルツの目が見開かれた。魔女の言葉に恍惚の表情を浮かべる。
「そうすれば消えるだろう。ただ、それにはお前さんのものを捧げなくてはいけない」
「それはなんだ」
「時間だよ。奪ったんだ。当然だろう」
「出来るものか!」
「なら諦めるんだね。そこらで手に入るような石やお守りでは効きやしないよ。それだけの罪を犯したのだから」
「罪? この顔にした者に罪はないのか?」
「あの方がしたわけではないだろう。あの女なら言われた通りにしてやった。もう自分が何者だかも忘れている。かえって幸せそうに見えるがね」
「ふん。あれに幸せなど訪れるものか」
王妃だった女は、夫も生んだ子も忘れ、鶏を追っていた。温かな卵を手にして「金の卵だ」と子どものように喜ぶ。時折届く、封蝋つきの手紙は読むことなく炉にくべられた。
「そうだ。もうひとりの“カール”が消えた」
「殺したのか?」
「違う。家には入れられず、どこかへ姿を消した」
子を売るような、ろくでもない親だった。
それでもと思ったが、すでに自分は死人だった。
「まあ、でも一度、棺の中を確かめてみるといいさ。案外もう砂になっているかもしれないよ」
「もうひとりを探してくれ」
シュバルツが重たい袋を机に置くと、魔女は来たついでだと、まじないをかけた。
「今のはなんだ」
「お前さんの顔。まるで死人だよ。これで少しはましになるだろうさ」
「知らせはいつものように」
「わかったから、もうお行き」
シュバルツはうなずき、足早に去って行った。
「これでいいかい。もう足を洗うから勘弁しておくれ」
分厚いカーテンの奥から、バネッサが現れた。杖を構えている。
「それは大魔女イゾルデ様がお決めになるわ。その杖はもう折って土に還します。こんなに真っ黒にされてしまって、可哀想に……」
バネッサが杖を取り上げると、知った魔法の気配にはっとした。
「あなた、ベロニカを知っているわね」
「あの子がどうした。今頃、貴族の家で家魔女をしているよ。こんな年寄りを置いて、まったく薄情な子だよ」
口とは違い、目はどこか優しげに細められた。
一度だけ、身寄りのない幼い魔女を引き取って育てたことがある。優しい子だった。自分の知る魔法を教えるたび、目を輝かせていた。
そんな子の杖を黒くするのは忍びなかった。ここにいるよりよほど良いだろうと、貴族に渡してしまった。
寂れた店の中で、バネッサはため息をつく。
占いだけでは大して稼げないのだろう。縛られずに生きるはぐれ魔女は、時に黒い仕事も請け負うことがある。
「ベロニカは今、幽黒城当主の奥方様に仕えているわ」
「そうかい。ずいぶんと出世したもんだ」
「だから、あなたももう悪さするんじゃないわよ」
「ひひ。すべての魔女が白かったら、誰が恨みを晴らしてやるんだい?」
「いいから。もう魔女の村で大人しくしていなさい!」
バネッサの杖が光り、占い魔女は遠く人里離れた地に飛ばされた。
◇◇◇
王家の墓には常に番人がいる。
いつもなら何なく通れる。だが今日はじっと顔を見られた。
「お前がここに来るなど、葬儀の日以来か」
「陛下がご存じないだけですよ」
「ところで、カールはどうした。最近、姿を見かけなくなったな」
「いつものことです。それより、あなたにはわかるのか」
「自分の子だ。そしてお前も私の子だ」
――違う。同じように疎まれていた。
「もう終わりにしてやるのも、親の努めなのだろうか……」
「ならば私は、子の努めとやらを果たしましょう。そろそろ、お見送りの頃合いだ」
「急ぐな。手を汚さずとも良い」
「それならばお早めに。あなたの大事な者はまだ他にいるだろう?」
「ロベルトだけに与えたつもりはなかったが、お前たちには情などわからなかったか」
ハンセルは深く息を吐き、侍従に抱えられるように戻って行った。
「情など、この牢獄にはない!」
ロベルトの墓には白薔薇が供えられていた。
「これも見せかけだ!」
薔薇を掴み、投げ捨てる。
「くっ……こんなものにまで……」
薔薇の棘が指に刺さった。
忌々しげに踏みつけ、散らした。
「カール様、側近殿が探しておられましたよ」
「すぐに戻る」
気まぐれに、なぜこんな場所へ足を向けてしまったのかはわからない。
墓暴きは人を寄越せばいい。何も自分でやることはない。
シュバルツが隠し通路へ姿を消した。
「ずいぶんと荒んでいるな。だが、花を荒らした罪は大きいぞ」
大カラスは闇に隠れ、それを見ていた。
シュバルツは気付かない。
棘は、ゆっくりと、深く入り込んで行った。
それからシュバルツは、ロベルトの影を見なくなった。
「もう砂に変わり果てていたか」
じきにすべてが戻るだろう。
ハンセルももう部屋から出ることはなくなった。
最期は孫娘に看取られ往生する。
行方知れずの孫娘を探し出してきたのは、カール。
脚本などいくらでも書き換えればいい。
これで“カール”に後ろ指を刺す者はいなくなる。
もうひとりは、どれだけ悪評を立てれば気が済むのか。尻拭いばかりさせられてきた。
だが、これからは違う。自分が立てば、賢王と呼ばれ、歴史に名を残すだろう。
最初にあの城を獣から取り上げる。
青薔薇などなくても、この国が困ることはない。
「まただ……」
体の中を何かが這いずっているような、気持ち悪さを覚えていた。
腕を這っていた違和感が、今度は背中へと移っていく。
「疲れだ。こんなところで立ち止まる訳にはいかない」
もうひとりのカールが履いていた靴は川縁で見つかった。川下にはちぎれた服。
「あれに墓などいらない。最初からカールは私ひとりだ」
コンコンと扉が叩かれた。
「入れ」
「殿下。また陳情が届いております」
事務官が手紙の束を机の上に置いた。
――実りが少ない。大飢饉。
「外から買い付けろ。それでいい」
「しかし、皆が青薔薇が咲かないせいだと騒いでおります」
「なら、直接吸血鬼に頼めばいいだろう」
「民にそのようなことは無理でございます」
「そうだな。ここにはその吸血鬼に嫁いだロザリアがいる。ここへ連れて来い」
「かしこまりました」
まだ使える札はある。
あの吸血鬼が、この城で自分にひざまずけば、揺るがないものになる。
「すべてが私の思い通りだ」
シュバルツの顔は醜く歪んだ。そこにカールはいなかった。




