第19話 ひとひらの花びら
第二王子から大事な発表があると通達され、大広間に貴族達が集められた。
「私にかけられた、疑惑を晴らそう」
カールが合図すると、ビアンカが連れて来られた。逃げはしないと言っても、腰には縄がかけられていた。
「この者は、第一王子ロベルトを惑わせた女の娘だ。しかしロベルトに子とは認められず、隠れ住んでいた屋敷に火をつけ、殺めた。間違いはないな」
ビアンカは顔を上げ、「違います」とはっきりと声に出した。
「しらを切る気か」
「私はロベルトとアンリエッタの娘です。証拠はここに」
第一王子の証、金のブローチを高く掲げた。
「盗んだのか。罪を重ねたな」
見守る貴族達は息を飲む。公にはされていない存在を知っていても、誰も声を上げられなかった。
ひとり、クラリスだけが歩み出た。
「お待ちなさい。この子は、私の侍女だったアンリエッタと兄の娘よ。面影だってある」
「姉上、それは身贔屓だと言われても仕方がない。女の目論見はすべて失敗に終わった。自分まで娘に焼き殺されるとは、自業自得だったな」
「お兄様がアンリエッタを望んだのよ。父にだって認められているわ」
「皆が騙されていた。それにこの娘は母と同じだ。吸血鬼を惑わし、薔薇を咲かせない。次はこの国を滅ぼす気だ」
「青薔薇は咲きます!」
「それならば、いつ咲く?」
「それは……」
カールの勝ち誇った顔に、ビアンカは唇を噛みしめた。
ふと、クラリスが目を細めた。
「カール。あなたも第二王子の証を皆に見せなさい。まさか、これだけの貴族達を集めて、部屋にお忘れではないでしょう」
「ここに……」
カールが胸に手を当てたが、何もなかった。
「確かに着けてあったはずだ……誰が盗んだ」
「あなたにはいつも護衛が張り付いているわ。誰が盗むと言うの。あなたこそ、皆を騙しているのではないのかしら」
顔を青くしたカールは、護衛を怒鳴りつける。今日の筋書きにはなかった。
「今日はこれで解散ね。皆はもう戻ってちょうだい」
貴族達が、がやがやと動き出した。どこかほっとした空気が流れる。
「ロザリア、こちらへいらっしゃい」
すると、ビアンカを縛った縄はひとりでに弛んだ。
クラリスの後ろで、メイドが片目をつぶる。
名を呼びそうになったが、ビアンカはうなずき、クラリスに従った。
◇◇◇
「やっとあなたに会えた。もう心配ないわ」
父から、仲のよい妹がいると聞いていた。初めて会う叔母は父に似ていた。
「アンリエッタは私の侍女で親友だったのよ。それなのにお兄様ったら」
王女が訪ねればどうしたって目立ってしまう。兄から屋敷への訪問を禁じられていた。
アンリエッタとは手紙のやりとりか、たまの外出で偶然を装って会うしかなかった。
優しい笑顔に、ビアンカも思わず笑みを返していた。
「お父様はもう長くはないの。兄がいない今、第一継承者はカールになる。それをどうしても止めたくて、あなたを巻き込んでしまった。本当にごめんなさい」
カールが怪しいと噂を流したのはクラリス。第一王子の死を不審に思っている家臣も多くいた。
「本当のことが知れて、良かったです。それにこうして叔母様とも会えました」
「アンリエッタにそっくり。あの子も、いつもそうやって静かに笑っていたわ」
クラリスがそっとビアンカを抱きしめた。
「この鎖をどうにかしないといけないわね。あなたの騎士が迎えに来られないわ」
「騎士?」
「ええ。吸血鬼でも、そう呼んで構わないでしょう?」
「夫です」
「ビアンカ様、やっと照れずに言えるようになりましたね」
「バネッサ、からかわないで」
メイドに化けたバネッサが、杖で鎖をトンと叩くと、音もなく外れた。
「こんな悪質な魔法。誰がかけたのかしら。とっちめてやる」
「はぐれ魔女に頼んだんではないかしら。カールにつく魔女はいないわ」
「イゾルデ様が見限る訳だわ。こんなところにいては、何をさせられるかわからないもの」
「大魔女イゾルデ様を知っているの?」
しまったという顔のバネッサ。口を押えても遅かった。
◇◇◇
部屋に戻ったカールは、手当たり次第に物を床に投げつけていた。
「もう少しで王冠が手に入るところだったのに!」
「焦るな。まだ、手はある」
「父がクラリスを指名しようとしているんだぞ。早くしなければ、私まで追い出される」
「ならば次はクラリスか」
シュバルツが目を細める。
「出来るわけがない。続けて死ねば、残された私に疑いがかかる」
「そうだな」
「他人事ではないぞ。貴様だって道連れだ」
「おかしな事を言う」
シュバルツが鈴を鳴らした。
「第二王子を騙る、偽物だ」
王子付きの護衛がカールを縛る。
「何を言っている? 偽物はあっちだ! 私が本物のカールだ!」
「どちらがふさわしいか、わかるだろう? もうお前は用済みだ。連れて行け」
シュバルツの胸には銀のブローチがあった。
「貴様、この私を裏切る気か! 待て! 不敬だぞ! こら離せ!」
カールは姿見の後ろへ連れて行かれた。
「あら。これで私の夫はひとりになったのね」
マリアはカールが連れて行かれるのを、黙って見ていた。
「お前は実家へ帰れ。共に行きたければ止めはしないが」
「あれと行くわけないわ。退職金はたっぷりお願いね。それと最後に舞踏会を開くわ。新しい夫を探さないといけないから」
「好きにしろ」
マリアが出て行くと、シュバルツはほくそ笑んだ。
「すべては私のものになる」
王冠も、この国も、血も。
その夜から、シュバルツは悪夢にうなされるようになった。
見えない手で首をしめられたような息苦しさに目を覚ますと、暗闇から何かがじっと見ている。
灯をつけると、それは消えた。
今度は天井から。見上げると、コウモリがぶら下がっていた。
追い出すように衛兵を部屋へ入れると、いつの間にか消えている。
フクロウの鳴き声。ネズミの走り回る足音。床を何かが這う気配。
部屋を変えても、それは続いた。
「吸血鬼が忍び込んでいる。城にある銀を集めろ」
シュバルツは銀に囲まれ過ごした。すると、すべてが収まった。
「あの娘がいる限り、手出しが出来ないのだろう」
獲物を横取りするのは気分がいい。奪われたままで終わりたくなどない。
マリアの舞踏会。
大勢の貴族が集められた。
しかし、マリアに近寄るのは幾人かの噂好きな夫人だけ。
「急に離縁なさるなんて、驚きましたわ」
「子に恵まれなければ、仕方ないことです」
そう言えば、誰も不審に思わない。
「また次の王子妃が選ばれるのですね」
「どなたにしようかしら」
あらかじめ推薦された娘達から、元王子妃が次を指名する。
だが次は決まっている。カールが非を認め、ロザリアが呼ばれたことになっている。
あちらこちらから拍手と、さざめきが聞こえた。
扉からロザリアが、クラリスと一緒にホールへ入ってきた。
口々に新しい王族を歓迎していた。
「なによ。今夜は私が主役なのに」
そこだけが、光り輝いて見えた。
華美ではないドレス、それでも目で追ってしまう。
纏う空気が違う。自分にはとうとう身につけられなかったものだ。
でも、なぜ顔を隠しているのかしら……。
新しい帽子から黒い羽を抜き取り、胸に飾った。なぜか、そうせずにはいられなかった。
マリアが歩きだすと、貴族たちが道を空ける。
「こんばんは、ロザリア。あなたに会うのは今夜で最後になるかもしれないわ。もっと顔を見せて」
「申し訳ございません。私には傷があって……」
とっさに額を押さえた。
「この城を出るまでは私は王子妃よ。いいから見せなさい!」
「マリア、およしなさい!」
クラリスが前に立とうが、マリアはビアンカに執拗に迫る。
「やめて!」
自分が笑いものにされても構わない。でもジュールの妻が、化け物だと言われたくない。
突然、きゃーとマリアが悲鳴を上げた。
マリアの胸に挿したカラスの羽が、突然燃え上がった。
だが人々の視線は、天井へ向けられていた。
「あれは何だ!」
「まあ、綺麗」
ひとひらの白い花びらが、舞い落ちてきた。
やがてそれは増え、ビアンカの髪に、床に降り積もる。
――ジュール様だ。
「ありがとう」
窓辺の大カラスは、応えるようにひと鳴きして飛び去った。




