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第15話 手紙

 穏やかな暮らしに、ビアンカの笑顔が戻ってきた。


 ビアンカは日が暮れると庭に灯りをつけ、虫を集める。


「みんな、おいで」


 ビアンカの呼び声にコウモリが次々に集まってくる。


 いつの間にかカラスだけでなく、コウモリまでビアンカに懐いてしまった。


「見慣れると、なんだか可愛いわね」


 そんなビアンカにバネッサが呆れかえる。


「普通のご令嬢なら、悲鳴を上げて逃げ出しますよ」


「お屋敷にいた頃、ネズミが出ようと、セレーナにムカデを部屋に投げ込まれようと、決してめげなかったお嬢様ですからね。それを怒りもしない。本当にお強い」


 これにはビアンカも苦笑い。


「じっとしていれば、いつの間にかいなくなるもの」


「それでもですよ」


 ……強くなんて、ないのに。


「お嬢様?」


「何でもないわ。さあ、ジュール様のお支度を手伝いに行きましょう」


 ジュールが深い傷を負って以来、ビアンカは世話をしたがった。


 支度と言っても、タイを結び、上着を掛けるだけ。それでもジュールは喜んで、部屋で妻を待っていた。


「それにしても、銀のナイフにわざと刺されて、灰になる直前に、古い棺と入れ替えたなんて」


 とんでもなく強靭な体と高い魔力持ちだとバネッサは驚いていた。


 セレーナが心臓を狙うのがわかっている。魔力を集め盾にした。あとは先に用意しておけば簡単だったと、ジュールは事も無げに言う。


「もう二度と危ない真似はなさらないと固く約束もしてくださったけど。心配だわ」


 その話を聞かされた時、ビアンカはポロポロと涙をこぼし、ジュールを慌てさせた。


「ここもまた、青薔薇城に戻るのでしょうか」


 昔は青薔薇を見に領民たちも気軽に訪れていたと、ベロニカは古くからいる幽霊に色々と聞かされていた。


「まだ咲かせなくていいわ。領民も落ち着いているし、今は休んでいただきたいの」


 ビアンカの心配そうな顔に、ジュールは薔薇へ注ぐ魔力を弱めていた。


「ビアンカ様、お花はこちらでよろしいですか」


「ありがとう。とても綺麗ね」


 姿を現すようになった幽霊達が、ビアンカの指示を待つ。女主人としての顔もみせるビアンカに、バネッサもベロニカも得意顔だ。


「どこでそのようなことを?」


「昔のことよ。今はジュール様のお役に立ちたいだけ」


「そうですね。では奥様、そろそろ執務室へ」


 まだ本調子ではないジュールに、できる限り付き添っていた。



「ビアンカがいると、仕事がはかどるよ」


 吸血鬼は人と関わらないのかと思ったら、そうではなかった。


 狼男が現れた。亡霊が歩き回っている。人の手には負えない獣を退治して欲しい。山が枯れた。そんなものまで。


 次々に相談の手紙が舞い込む。あげたらきりがない。


「厄介この上ない」


「頼りにされているのですね」


 手紙の仕分けを手伝っていたビアンカの手が、不意に止まった。


 ビアンカの表情が少し硬くなる。


 ちらりと見えた封蝋。王宮からだった。


「そうだ、今年は葡萄の実りが良かったそうだ。今度農園に連れて行こう」


「楽しみしていますね」


「ビアンカ、そろそろ休みなさい。僕に付き合って夜遅くまで起きている必要はない。また明日頼む」


「ジュール様、ではお先に」


 ビアンカは手紙を机の上に戻した。



 ジュールの顔が険しくなる。


 手紙には、「領主の妹アンリエッタの娘を探している」と書かれていた。


「すでに墓まで建てて、死人にしているくせに!」


 手紙は青い火に焼かれ、灰となった。


「二度と辛い目に合わせるものか」


 城の門は固く閉じられた。



 手紙は毎日届けられた。


 その手紙を見ると、一瞬ジュールの眉間に皺が寄る。


 すぐにいつもの優しい顔に戻るが、ビアンカは気になって仕方がない。


 私室の窓を開けて待っていると、いつもの門番ガラスが飛んできた。


「良い子ね。これを覚えてちょうだい。同じものを見つけたら、ここへ運んで欲しいの」


 ビアンカは、小さな手提げ袋から金のブローチを取り出し、カラスへ紋を見せた。


「カー」


 パンくずを貰い、カラスは門柱へと戻って行った。


「お嬢様は何をなさるおつもりですか?」


「お願い。内緒にして。少し確かめるだけよ」


「まさか、ここから出るおつもりですか?」


「いいえ。今の私はビアンカよ」


 死なない吸血鬼になりたいと思った。罪を忘れないために。


 でも今は、違う。


 少しでも長くあの人と一緒にいたい。



 カラスが窓ガラスをコツンとつついた。嘴に手紙を咥えていた。


「カラスちゃん、ありがとう。今日はご褒美にチーズよ」


 カラスが飛び去ると、すぐに封を開けた。


 中を確かめたビアンカは、手紙をくしゃりと握りしめてしまった。


「まだ生きていると、知れたのね」


 王宮が探している。ここにも使いが来るだろう。


 大きなため息が漏れた。



 ビアンカの様子が変だ。どこか元気がない。また何か、ためているのだろうか。


 ジュールが話しかけても、どこか落ち着きがない。


「今日は約束だった葡萄畑に行ってみないか。ここから馬車で一時間くらいだ」


「ジュール様とお出かけなど始めてですね。嬉しい」


 バネッサが目を見開く。


「ジュール様、女性は外へ買い物に出掛けるものです」


「それは気づかなかった。ビアンカは何が欲しい? 店にも寄ろう」


「いいえ。もう十分いただいていますから」


「遠慮してくれるな」


「ならば、帽子をひとつお願いしてもよいでしょうか」


「それはいいな。ビアンカの綺麗な髪が隠れてしまうが、いいだろう」


「……ジュール様のです」


「そうか」


 ビアンカの小さな声に、ジュールが顔を赤らめた。


 馬の繋がれた馬車が用意された。御者は赤い目を見たあと、口を開くことなく馬を操った。


 帽子店に着くと、二人であれこれ手にとっては被せあった。


「ジュール様にはこのつばの広いものを」


「君には、この花飾りがついたのはどうだろうか」


 店主は仲睦まじい二人をにこにこと見ていたが、ふと女性に見覚えがあると気づいた。


 カウンターの中に張ってある人相書きと見比べる。


 白い髪に、青い目。同じだ。


「お客様、どうぞこちらへ。奥にまだ店に出していない新作がありますよ」


「見せて貰おう。ビアンカ、おいで」


「はい」


 その隙に、店の小僧が役人に知らせに走った。



 二人が店を出ると、物々しい雰囲気だった。警備兵に囲まれていた。


「ロザリア様ですね。ずっと探しておりました」


 しかし、警備兵が手に持つのは、銀のナイフ。弓矢にも銀が塗られていた。


「僕を誰だと知っているのか」


「大人しく渡せ。さもなくば」


「通せ。ビアンカは渡さない」


 矢が放たれるが、届く前に焼かれた。


「ジュール様、お逃げください。私なら大丈夫です」


「残せるものか!」


 ジュールの瞳が赤く揺らぐ。


「いけません! あなた様まで罪人になってはいけないのです!」


 一瞬、ジュールの目が光を失った隙に、ビアンカが歩み出た。


「ロザリアは、もう逃げも隠れもしません。どこへでも行きます」


「違う! ビアンカだ」


 ジュールに微笑み、ドレスの裾を持ち、頭を垂れる。


「ジュール様。お世話になりました」


「待て!」


 ビアンカは振り向かず、馬車に乗り込んだ。

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