第14話 約束
城に戻るとビアンカがひとり、薔薇を摘んでいた。
「ジュール様、お帰りなさいませ」
「もう外へ出ても大丈夫なのか」
ビアンカが小さく頷く。その手には黒薔薇。
「少し待て」
ジュールが手をかざすと、黒薔薇は色を失い、次々に白へと変わっていく。
不思議な光景に驚いていたビアンカの目が揺らぐ。
「どうした? もう黒は咲かせない」
「この薔薇は黒くても、ちっとも怖くないのです」
「そうか」
ジュールが手を当て口元を隠す。
「おや。ジュール坊は嬉しいのかい」
イゾルデが杖を向けると、薔薇は束ねられ、赤いリボンが結ばれた。
「これでいい」
腕いっぱいの白薔薇を抱えたビアンカが微笑む。
「ビアンカ、話がある」
薔薇園に備えられたベンチに座り、ジュールは新しく城に迎えられた幽霊の話をした。
ビアンカは少し悲しげだったが、しっかりと頷いた。
「ベロニカはやっと解放されたのね」
「そうだ。どこへでも自分の好きな場所に行ける」
ほらと言われて、前を向くと、うっすらと人影が見えた。
次第に濃くなり、ベロニカが現れた。
「お嬢様、これからはずっとお側にいさせてください」
身も心も自由になったベロニカは、ビアンカを選んだ。
「ベロニカ! なぜ私に見えるの」
「ほんの少しですが、私の力をお嬢様へ流したのです」
まあと驚くビアンカ。
よく見れば、庭のあちこちに人影が立っていた。ビアンカに手を振る者までいた。
「声も聞こえるなんて。こんなに賑やかだとは思いもしませんでした」
「ビ……ビアンカ様、私もいますよ」
よれよれのフクロウが、空から落ちて来た。
「まったく。いつになったら上手く飛べるんだい」
「高いところは苦手なんです。痛い!」
バネッサが姿を表すと、イゾルデの杖がお尻を叩く。
「ふふ」
「やっと笑い声が聞けたな」
ビアンカの隣に座るジュールだって笑っている。顔をのぞこうとして、ふと胸元に目が止まる。
「ジュール様!」
突然、ビアンカが叫んだ。
ジュールの胸に赤い血が滲み出ていた。
「少し休めば塞がる。問題ない」
「私に掴まってくださいませ」
「ビアンカ、気持ちだけでいい。ありがとう」
ジュールが姿を消したとたん、薔薇たちがしおれ始めた。
「急にどうしたのかしら」
慌てるビアンカに、魔力を回復に回したのだろうとイゾルデが教えてくれた。
◇◇◇
「私は魔女イゾルデ。ジュールの大叔母にあたる」
「初めまして。ビアンカです。どうぞよろしくお願いいたします」
イゾルデとビアンカ、二人は向かい合って座っていた。
「ここは気に入ったかい?」
「はい」
「不思議な娘だ」
ビアンカは目を伏せた。イゾルデにすべてを見透かされそうな、そんな気がした。
「あの子はずっとひとりだった。この先も、ひとりでいるつもりだ」
顔を上げたビアンカはなぜと、首を傾げる。
いつか自分も吸血鬼になるのだろうと、そう思っていた。覚悟もある。なのに。
「怖くてたまらないのさ」
「怖い?」
「いずれ分かるだろう。邪魔したね」
イゾルデは姿を消した。
ジュールの眠る部屋に、ビアンカはひとりで入った。
棺がふたつに増えていた。白い棺。これは自分用だろうか。
ジュールの棺に耳を当てる。
規則正しい息づかいに胸をなで下ろした。
「お目覚めまで、ここにいさせてくださいね」
ビアンカは白い棺に横たわった。
◇◇◇
「まったく。ベロニカが気づいて良かった」
「ごめんなさい。少しならいいかなって思ったの」
なかなか出てこないビアンカを心配して、ベロニカが様子を見に行くと、ビアンカが棺の中で眠っていた。
「もう。心臓が止まるかと思いましたよ」
「ベロニカ。あなた、もう幽霊よ」
「気持ちの問題です。そもそもバネッサがひとりで行かせるから」
「それは邪魔をしてはいけないからよ」
「待って。二人とも仲良くしてちょうだい」
「お嬢様がそう仰るなら」
ベロニカも本当はわかっている。つい言い過ぎた。魔女仲間なんていなかった。でもこれからは違う。
「いっそジュール様の棺をここへ運び込みましょうか」
バネッサは杖を取り出した。
「それは、ちょっと……」
「恥ずかしがることないですよ。ご夫婦なんですから」
「私、妻らしいことなどしたことないし。どうしてよいのやら」
困り顔のビアンカ。勝手に城へ押し掛けたのだ。花嫁衣裳を着ただけで、果たして妻と呼ばれていいのかさえもわからない。それにイゾルデの話も気にかかる。
「まだお二人は、式も挙げてないですよね」
「吸血鬼が結婚式? ないわね」
ベロニカは楽しみにしていた。なのにバネッサに笑われてしまった。
ビアンカは、ジュールの部屋と薔薇園で多くの時間を過ごした。
少しでも薔薇を元気にしようと花がらを摘み、祈った。
「ビアンカ様! 来てください! 急いで!」
バネッサの呼び声に、ビアンカは駆けだした。
「ビアンカ、心配をかけた。ほら、もう大丈夫だ」
少し掠れた声のジュールが、地下から出てきて、私室のベッドの上にいた。体を起こすと、ビアンカに止められる。
「バネッサ、ここならば、お側についていても良いかしら」
「もちろんですよ。お二人のお食事はこちらに運びますね」
扉が閉まり、しんとなる。
ビアンカはまだ不安そうな顔だった。
「本当にお医者様は呼ばなくて大丈夫ですか」
「大丈夫だ。吸血鬼も不死ではない。でも人よりは頑丈だ」
「もう無理はなさらないでくださいませ」
「ああ。約束する」
ようやくビアンカがほっとした表情を浮かべる。
この先も、自分の手でビアンカを守りたいと思った。誰にも手折らせない。
――約束
それは、血の契約よりも確かな、誓いだった。




