表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
12/47

第12話 小さな抗い

 ベロニカは部屋の隅で膝を抱えていた。


  部屋へ戻されたビアンカは、ただすすり泣いていた。


 眠ってさえくれれば、すべてを渡すつもりだった。なのに側に寄ることも出来ない。


 やがて疲れ果てたのか、静かになった。ベロニカはビアンカの手を握った。


「……お嬢様なら、きっと打ち勝てます」


 時間とは別に、もうひとつ流れ込んだ。


 その時、ベロニカの手に何かが触れた。


「待て」


 知らない男の声に、思わず手を引っ込めた。


「それ以上は削るな。ビアンカは望んでいない」


 振り向くと、赤い目をした吸血鬼が立っていた。


 すぐに目を伏せた。

 家魔女は契約者以外に服従できないはず。なのに、その目に吸い込まれそうになった。


「呪いを解くにはこれしか方法がないのです」


 術者の死。それ以外にはない。


「手はある。それまで守れ」



「出来るな」


「……はい」


 気配が消えると、ビアンカの手に黒い羽が一枚残されていた。


 ビアンカは目を覚まし、虚ろな目で羽を見つめた。


「……会いたい」


 声は、ほとんど音にならない。


 窓の外で、カーとひと鳴きしたカラスが飛び去った。


 ◇◇◇


 セレーナが庭へ出ると、白薔薇は消えていた。


「黒にしたのね。情熱的だこと」


 吸血鬼はもう自分を無視できない。


「跪いて、許しを請えばいいのよ」


 薔薇を一輪手折り、髪に挿した。


 城に戻ると静かだった。幽霊は音を立てない。


 だが、それとは違う静けさだった。


「セレーナ、戻ったのね。お客が来ているわ」


 どこか落ち着きがない。母の様子が変だ。


「誰? まさかお父様なの?」


「ええ。あなたに話があるそうよ」



 応接室に行くと、イザークがイライラと足を揺らして待っていた。


「遅いぞ」


「支度に手間取っていたの」


「勝手ばかりしおって。吸血鬼はどうした」


「知らないわ」


「雨が降らない」


「だから何? 霧は晴らしてあげたわ」


「もうひと月以上も雨が降らない。このままではすべて枯れる」


「それよりもお茶が出てこない」


 イザークが机を叩いた。


「それだけじゃない。山から獣たちが下りて来た。作物は荒らされ、人にも被害が出た」


「狩ればいいじゃない。そんなことも出来ないの?」


 イザークは顔を赤くして立ち上がり、腕を振り上げたが、鞭がないことに気づき、舌打ちした。


「もう引退なさい。そしてもうここには来ないで」


「魔女はやる。……ロザリアを渡せ」


「絵は返したでしょ。実の妹に懸想するなんて本当に気持ち悪い」


 酔えばアンリエッタと繰り返し名を呼んでいた。子どもの頃から嫌でたまらなかった。


「お兄様のほうがまだましね」


「あれにやるつもりか?」


「まさか。他にも欲しがる者はいるでしょう」


 王宮のある東へ目を向けた。


「それだけはならん!」


 セレーナがほくそ笑む。


「とにかく、吸血鬼に雨を降らせるように言え」


 イザークが出ていくと、やっとお茶が出て来た。


「……ぬるい!」


 カップを床に投げ捨てた。


 無性にイライラする。


「ジュール! 出てきなさい! 人形が痛い目をみるわよ」


 窓がガタガタと鳴り、湿った風が流れ込む。


 気づくと、足を組んだジュールが向かいに座っていた。


「聞いていたのでしょう。領民を困らせないで」


 悪戯をした子どもを叱るような口ぶりだった。


「お前が困ることは何もないだろう」


「そうね。でも騒がしくされるのは嫌よ」


「だから?」


 ジュールの前に、音もなくカップが置かれた。


 良い香りがセレーナにも届いた。


「私に忠誠を誓うように言いなさい」


「忠誠? 幽霊にそんなものはない」


 おかしなことをとジュールが笑う。


「私はあなたの妻よ」


「勘違いするな。入れろと言うから、城へ入れてやった。それだけだ」


「あれがどうなってもいいのね」


「好きにすればいい」


 ジュールがまた姿を消して、どこかへ行ってしまった。


 同時に、セレーナの髪に挿した黒薔薇が、ボロボロと崩れ落ちた。



「セレーナ、ロザリアがどこにもいないわ!」


 ハンナが様子を見に行くと、部屋は空っぽだった。


「ベロニカ! すぐにロザリアを探しなさい!」


 城中にセレーナのわめき声が響く。


 ベロニカが何事かと慌ててやって来た。


「セレーナ様、お嬢様ならお部屋にいます」


「嘘よ。誰もいなかったわ」


 ハンナはこの目でしっかり確認したと言う。


「いいわ。私が行く」


 セレーナが扉を開けると、ビアンカが窓辺に座っていた。


 その手には黒薔薇が一輪。

 花びらを一枚づつ引き抜いては、風に飛ばしていた。


 呼びかけても返事はしない。


「お母様までどうしたのよ。あれは壊れたままの、動かないただの人形じゃない」


「おかしいわね。さっきは本当にいなかったのよ」


 ハンナが首を傾げる。


「あら」


 セレーナがいくら入り込もうとしても、ビアンカの心は、固く閉じられていた。


「呪いはまだ効いているはず。お前がまだ生きているのが証拠」


「私の時間は残り少ない。魔力も切れかかっているのでは」


 杖だけではどうにもならない。


「その杖の魔女を呼び出しなさい。お前の代わりにするわ」


『魔女はお前達を、決して許さない』


 ベロニカの声が揺らぐ。


 セレーナは身震いした。一瞬、体が凍るように冷たくなった。


「命令よ。契約書がある限り、お前は最後の瞬間まで私に逆らえない」


 ベロニカがゆっくりと頭を下げた。


 扉が閉まり、ビアンカとベロニカだけになった。


「ビアンカ様」


 ベロニカがビアンカを抱きしめた。


「遅くなってすみません。もう大丈夫ですよ。バネッサが付いていますからね」


 ビアンカは、静かにうなずいた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ