こちらが四辻御堂です③
前回までのお話→男は、自分とクロは化け狸で、見た目以上に長生きなのだと渚に話す。そして、渚の母である澪は生きていると告げた。
「やめて! 散々生きてるって色んな人に慰められたけど、もう8年になるんだよ!? お父さんも探してるようには見えないし! 同情心で期待持たせるようなこと言わないで! お母さんはもうどこにもいないの! そう思って生きてきたの!」
「生きてる! 澪さんは今……別の場所にいる!」
「は!?」
「人とは一線を画す場所。アヤカシ族の世界で、澪さんは今、戦っている……ご自分の、命を懸けて」
渚の全身から血の気が引いていく。あまりにも突拍子のない話すぎて、渚は力無く笑うしかなかった。
「はは。ちょっと……何言ってるのかわかんない。アヤカシ族? 命を懸けてる?……ホントに意味わかんないんだけど……」
「はぁ……そうだな。まずは歴史や、あっしらについてから話そうか。クロ、新しいお茶と、あの巻物を持ってきなさい」
「はい師匠。ハーブはどれにしましょうか」
「そうだな。目がシャキッとするやつで」
「わかりました! すぐにお持ちします!」
そんなあやふやな注文でわかるのかと、ぼんやり考えながら、渚はフリーズしたパソコンのように動けなくなった。ただただ、クロの揺れるモフモフのしっぽを見つめていた。すると視線を感じたのか、クロが不意に振り向いた。
「あの……ボクのしっぽに何か付いていますか?」
「あ、いえ……えっと、可愛いしっぽだなと思って……」
「クロのしっぽは特別だからな。化け狸にとって、しっぽってのはとても大事なもんだ。クロはきちんとしたところで修行を積めば立派な妖力使いになるだろうに。よりにもよってあっしを師匠に選ぶとは……」
「ボクは師匠のそばがいいんです! それになんだかんだ色々と教えてくれるし、ここの物を勉強するのは楽しいです」
「ささ、早く持っておいで」
「はい!」
優しくなった男の声に、クロの可愛い声が重なる。申し訳なさそうな男の表情とは裏腹に、クロの足取りは軽く、でもしっかりとしていた。自信を持ってこの男のそばにいるというのがわかる。まるで親子のような絆を、渚は2人から感じた。──そういえば、この男が狸姿で現れた時、あんなしっぽなんてあっただろうか。
「ねぇ。あんたの名前聞いてなかったんだけど。呼ぶ時に困る」
「じゃあ、スオウとでも」
「じゃあって何?」
「あっしらは基本、本名を名乗らないから」
「何それ」
「はは。あっしは蘇芳色が好きでね。この着物の色、綺麗だろ?」
スオウと名乗る男は、愛おしそうに着物を撫でている。スオウの話が本当なら、この着物も、もうかなりの長い時間を共にしているのかもしれない。好きな色だからという理由だけで、チグハグな格好でも着続けるのだろうか。変な喋り方といい、この男の感覚は理解できないと思った渚は、考えることをやめ、短くため息を吐いた。ハーブティーのお陰か、少し頭が軽くなった気もしていた。
スオウが言った、「澪さんは別の場所で戦っている」という話。アヤカシの世界に化け狸、それからこの四辻御堂というこの場所と、ここに置かれている品々のこと。冷静になってきた渚の頭の中には、聞きたいことが雨のように降ってきた。
「師匠、持ってきました!」
カチャカチャと音を立てるティーセットを運ぶクロの脇には、大きな巻物が入った手提げが下がっていた。
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