こちらが四辻御堂です②
前話までのお話→無事四辻御堂に辿り着いた渚は、男を師匠と呼ぶ幼いクロと出会う。クロのあまりの可愛さに抱きしめたい衝動を抑えつつ、渚は2人に促されて四辻御堂へと足を踏み入れた。
渚が建物の中に入ると、足元がぐらりと揺れたように感じてよろめき、近くの棚に手をついた。なんとか体勢を立て直すと、手をついた棚から不気味な笑い声が立ち上がった。どうにか叫ぶのは耐えたが、鳥肌が全身に立った。
美しい物や醜い物、骨董品のような物から、何語で書かれているのかわからない古そうな本まで、所狭しと置いてある。そしてそのありとあらゆる物から、異様な空気が発せられているように感じられた。
「目移りするくらい珍しい物がたくさんでしょうが、あまりジロジロ見たり触ったりしない方がいい物もありやすよ。さ、こっちに来て座りなせぇ」
この異様な空間の中に、きちんと綺麗にして置かれたアンティーク調のテーブルと椅子が、なんともチグハグだ。こんなところでお茶会を希望するお姫様なんて、居やしないだろう。
後ろからティーセットをカチャカチャと言わせながら現れたクロの可愛さに、渚は素直に椅子に座った。小さな体で、大きなお盆に乗せた人数分のティーセットをよろよろと運ぶ。男はそれをにこやかに見ているだけだ。
無事に運び終えたクロが、テーブルそばの台にちょこんと立つ。そして丁寧に紅茶を注ぐと、ハーブの香りが建物の中の異様な空気を清めていくように広がった。渚も思わず深呼吸して、肺いっぱいにその香りを吸い込む。
「……良い匂い」
「見たところ寝不足のようでやしたから、リラックス効果とお肌の調子を整えるハーブを調合してみやしたよ。何か悩み事ですかい?」
「今一番の悩みはあんただけどね。というかその喋り方やめてくれない? クロ君? には普通に話してたじゃん。私にもそうして」
「え!? 人間にはこの話し方で話すのがいいって親父から教わりやしたよ!」
男が初めて困惑した態度を見せた。
「いやいやいや、それ、いつの時代?」
「江戸の頃でさぁ」
「は!?」
今度は渚が驚く番だった。男はどう見たって大学生くらいにしか見えない。
「あっしら化け狸族はアヤカシ族の中でも長寿の一族なんでさぁ。ここにいるクロだって、生まれは大正でさぁ」
衝撃の事実に、渚の頭は混乱を極めた。最早それが嘘なのか本当なのかすら判断ができない。
「ちょ、ちょっと待って、化け狸とかアヤカシ族とかも意味わかんないし、あんた達がめちゃくちゃ年上ってのも意味わかんないんだけど」
「ははは。まぁ人間の生きる時間に比べたら、遥かに長生きでさぁ」
「だから! まず! その話し方をやめて! 余計に混乱するし、今は江戸じゃない。普通の話し方にしないとむしろおかしい」
「おかしい!? そうでやん……そうか。時代はいつの間にか変わったってことか」
「というかなんで今まで気づかなかったの? ずっと人の中で暮らしてたんじゃないの?」
「あっしが人族と関わることは滅多に無いんでね。指摘されることも無かったし……。今回は、澪さんの為にあんたを探してたんだ」
「あんたじゃなくて、渚。私の名前は渚だから」
「へいへい。覚えておきやすよ~」
「またその喋り方! ていうか、さっきから澪さん澪さんって、それってホントに私のお母さんのことなの? 信じられないんだけど」
「……ホントに何も聞いてないみたいだな」
自らを化け狸と言った男は、静かにティーカップを置いた。伏し目にして憂い気にすると、心なしか色っぽくも見える。晴菜が見たらキャーキャーと騒ぐだろう。この男、黙っていればイケメンだ。
隣で渚よりも遥かに年上なのに、見た目は幼児なクロも、悲しそうに俯いてしまった。小さな手をギュッと膝の上で硬くしている。
「なんで澪さんがあんたに何も言わなかったのかはわからないし、あんたが澪さんのことをなんて聞いてるのかも知らないが、これだけは言える。澪さんは生きてる」
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