こちらが四辻御堂です①
前話までのお話→登校前に渚を助けた男が狸になっていた! 狸から人の姿になると、「あんたが行きたがっているところに案内した」と言うが……。
頭の中に入ってくる音を聞きながら、渚は男に促されるままに首を曲げた。実際には、ボーッとする頭のせいで、ついそちらを見てしまったというのが正しい。渚の目の前には、さっきまで、いや、いつもだったら空き地になっているはずの校門前に、奇妙な建物が建っていた。
暗闇に浮かぶシルエットの建物の壁は丸く、屋根は尖り、十字の鉄格子がはめ込まれたいくつかの窓が、ちぐはぐに並んでいる。気持ち斜めに建っている気もする。さっきまで何も無かったはずの空き地を埋め尽さんとするほどの大きさだ。高さは普通の家の2階建てくらいのようにも見える。入り口の大きな扉の前には階段があり、レトロなランプがぼんやりと照らしている。薄緑色のレンガの壁に掲げられた看板には、『四辻御堂』と書かれていた。
「ここ……ここ! 四辻御堂ってここ!?」
「ようこそ、我が四辻御堂へ!」
狸だか人間だかの男が得意そうに声を上げる。奇妙な男が、これまたなんとも奇妙なオーラを放つこの建物を愛おしげに見つめている。
渚もその奇妙な建物を見て、「大人が駄菓子屋に行くとこんな気持ちになるのだろうか」と、なぜか懐かしい気持ちを感じた。駄菓子屋に行ったことは無いし、この辺に駄菓子屋なんて見たことも無いのだが。
「ささ、入りなせぇ」
男がいつの間にか渚の後ろに立っていて、馴れ馴れしく渚の肩に手を乗せる。渚は男を睨みつけた。
「おぉ怖い。あんたホントに蛇なんじゃ?」
渚の肩から手を離し、わざとらしく肩をすくめた男がおどけながら言う。見るからに怪しい男と2人きりで見知らぬ建物に入るほど、自分は馬鹿ではないと、渚は心の中で反論する。男からは一瞬たりとも目を逸らさない。
2人がどちらも譲らず、動かないでいると、突然四辻御堂の扉がカランカランと音を立てた。
「師しょ…っとご店主、お戻りでしたか! そちらの人間は……新しい人形ですか?」
「……か、可愛いいいいい!」
沈黙を先に破ったのは渚だった。
扉から顔を出し、渚の声にぎょっとしたつぶらな目の持ち主は、まだ幼い子どもだった。5歳か6歳くらいにも見える。よく見ると、顔は人間と狸の半々になっていた。人間の姿に狸の耳と黒い模様というのは、なんとも愛嬌があるような無いような。
渚はいろいろと頭に浮かぶ疑問はこの際考えないことにして、今すぐこの子どもを抱きしめたい衝動に耐えていた。渚のことを人形と言ったことも聞かなかったことにした。
「違うよクロ、お客さんだ。今後の我々の命運を握っている、頑固で蛇みたいなお嬢さんさ」
「た、確かに……なんだかさっきからじっと見られて……動けません」
「と、取って食べたりしないから!」
クロと呼ばれた狸顔の少年は、後退りしながらチラチラと渚を見やる。
「ははは、うちの店番を怖がらせるたぁ、大した子どもでさぁ」
愉快そうに男が笑う。幼い子どもに店番をさせる奴に子ども呼ばわりされるなんて、ますますあり得ないと、渚は強く抗議したかったが、これ以上クロを怖がらせたらいけないと思ってぐっと飲み込んだ。仲良くなれば、扉を開けるときに見えた、もふもふのしっぽを触らせてもらえるかもしれない!
クロと仲良くなる為にも、渚は意を決してこの店とやらに入ることにした。中は暗くてよく見えないが、扉を押さえているクロ越しにぼんやりと見える店内には、たくさんの物が置かれている。
「さ、入りやしょう。話は中で。美味しい紅茶やコーヒーも入れやすよ」
この男から似つかわしくない紅茶やコーヒーという言葉に思わず、「えっ」と渚は声を発してしまった。案の定男は、渚がそれらを望んでいると勘違いしたのか、「色々揃っておりやすよ! 特にハーブティーのハーブは自家製でオススメでさぁ! コーヒーが良ければ好みの味にブレンドも可能!」、「クロ! すぐにお湯を沸かしなさい!」などと言って、さっさと2人で中に入って行ってしまった。
「クロ君に話す時は普通に話せるなら、私にも普通に話しなさいよ……」
渚は小声で文句を言いつつ、兎に角、斜めに傾いたこの妙な店に入るしかなくなった。母もここに行けと言っていたのだ、悪いことは起こるまい。もしかしたら母に会えるかもしれないと、渚は自分を励まして、四辻御堂に足を踏み入れた。
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