私を呼ぶ声⑥
前回までのお話→父に祭りに誘われた渚は、母のことを思い混乱のまま眠りについてしまった。そして夢の中で、「四辻御堂に行け」という声を聞く。
はっと飛び起きた渚は思わず周りを見渡した。どうやら眠っていたらしい。部屋は暗く落ち込み、しんとした静けさの中に自分の心臓の音が反響する。クーラーの作動音が鼓動と連動して大きくなったり小さくなったりした。
渚は何も考えずに家を飛び出した。顔はわからなかったが、確かに感じた懐かしい声。懐かしい浴衣姿。どんよりとした夜空の下、渚の頭の中に何度も繰り返される言葉。――よつじみどう。
それが聞いたことのない場所だと気づくまでに、時間がかかってしまった。気づけば目の前には見慣れた校門が冷たく閉ざされている。夜中だというのにじめっとした空気が、渚の首筋に汗を作った。背中に悪寒が走る。いつもより、『静かじゃないか』?
「よつじみどう……どこよそれ……携帯も置いてきちゃったし。というか夢を真に受けて、ハハ。馬鹿みたい」
ぶっきらぼうにひとりごちてみても、進むべき道はわからなかった。――帰ろう。きっとただの夢だ。
渚が辺りの不気味さに耐えきれなくなって勢いよく振り返ると、その足下に動物がいた。
「きゃあ! え、何!? 猫? 犬?」
暗くてどんな動物なのかよくわからなかった。シルエットは猫にしては大きいし、犬にしては……。
「太ってるな」
渚はつい、思ったことを口から出してしまった。まるでそれに抗議するように、目の前の不明動物はひと声上げた。長く響くその声は明らかに犬ではない。そして渚を見ながら、今度は短く鳴く。それからきびすを返して歩き出した。と思ったら渚を向いて止まる。着いてこいということなのだろうか。
渚が考えあぐねていると、少し先を行くその不明動物が太い首をくいっと振った。どうやら本当に着いてこいということらしい。
「そんなことって……」
困惑している渚にもう一度首を振って見せたそれは、少し足早に夜の闇に消えようとしていた。渚は慌てて追いかける。自分でも何をしているのかわからなかったが、こうなったらとことん着いて行ってみようと思った。しかし意外と不明動物は足が速い。しっかり目の早歩きをしないと見失ってしまいそうだった。
学校の塀の終わりを曲がり、また曲がり、気づけば学校の周りを一周していた。校門の前で不明動物は渚に向き直り、得意げに足を止める。
「……うん、よくわかんないあんたに着いていこうと思った私が馬鹿だった。あんたも人間に見つかる前に家に帰んのよ。そんなに太ってたらすぐ捕まっちゃうだろうし」
「さっきからホントに失礼な奴でさぁ!」
それは暗闇の中、一気に陰を大きくし、やがて人のシルエットになった。帽子を被り、ワンピースを着ているようなその黒いシルエットと変な話し方を、渚は知っている。
「え、は、はぁぁぁぁ!?」
「しっ! そんな大きな声を出したら近所迷惑になるでさぁ」
「あんた、朝の変人!? ていうかさっきの犬だか猫だかわかんない生き物は!?」
「変人でもないし、犬でもねぇ! あっしは狸! 太ってんじゃなくて毛が多いんでさぁ! この可愛さがわからないたぁホントに失礼な小娘でありやすね」
「だって、狸が、狸が人間に、それで、喋って、え???」
「まぁ混乱するのもわからなくはありやせんが……あんたホントに澪さんの娘っコなんですかい?」
「澪さんって……お母さんを知ってるの!?」
「知ってるも何も、あっしは澪さんに頼まれてあんたを探していたんでさぁ」
信じられなかった。母がこのびっくり人間に自分を探すように頼んだことも、狸から人間に変身したことも、渚には現実のものとは思えない。混乱する頭で渚は必死に自分を落ち着かせようと思考を巡らせる。
「その蛇みたいな目で睨むのはやめてくだせぇ。ホントに澪さんとは似ても似つかない気の強い子供でありやすよ。頑固と言えば似ているのかもしれやせんが……」
「ふん。私を騙そうったってそうはいかないわよ。母のことなんか何も知らないくせに。学校の周りを歩かせるだけ歩かせて、私を馬鹿にしてんの?」
「馬鹿になんてしてやせんよ。あんたが行きたがってるところに案内したんでさぁ」
「それ以上近づいたら警察呼ぶから! 嘘ばっかり! ふざけないで!」
「一旦落ち着いて、学校の向かいを見てみなせぇ」
「は?」
気づけばいつも通りの夜中の音――救急車のサイレンや車のクラクション、名前も知らない虫の声が、耳に返ってきていた。
毎週月曜と金曜の22時頃、続きを更新予定です!
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