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私を呼ぶ声⑤

前回までのお話→泣きじゃくる晴菜をなだめながら、帰宅する3人。晴菜の家に着いた3人は連絡先を交換した。

 晴菜と別れてから崎本の家を聞くと、なんと反対方向だったらしい。渚は、「帰りが遅くなって悪いから1人で帰る」と言ったのだが、崎本は「もう暗いし送って行く」と聞かなかった。仕方なく、渚はそのお言葉に甘えることにした。

 このくらいなら晴菜も許してくれるだろう。こんなことで目くじらを立てるような子ではない。篠崎なら何をされるかわかったもんじゃないが。


「そういえば、篠崎どうなったかな」

「さ、さぁ……」


 心を見透かされたのかと思って、渚は一瞬焦ってしまった。温度が下がり始めた風が弱々しく渚の足の間をすり抜け、蝉の声が遠くなっていく。渚はいつも通りの無表情を作り直して言葉を繋げた。


「まぁ土日挟むし、なんとかなるんじゃない?」

「よく言うよ。あいつの性格はよぉく知ってるくせに」

「日本語が通じない人のことで悩んでる暇なんて無いもの」

「……宮路はすげぇよなぁ。なんでもできて」

「別に。すごくないよ。それになんでもできるわけじゃない」


 渚は少しムッとして、ぶっきらぼうに答えた。しかしそんなことには気づきもしない崎本が、熱弁を振るう。


「いいや、俺はわかってる。宮路は裏で努力してるって。それに友だち思いだし。俺だってそれなりに勉強は頑張ってる方だと思うけど、宮路にいつも負けてるもんなぁ。でもそれを僻む奴は碌でなしだ。」

「そ、そう。ありがとう」


 あまりの熱量に、渚はそう言うしかなかった。そんな風に言われたのは初めてのことで、どうリアクションするのが正解なのかわからなかったのだ。崎本は狙って言っているようにも思えないし、天然の人垂らしなのだろうか。これは晴菜には内緒にしておいた方が良さそうだと、渚は自分の心にそっとしまった。。


「なぁ、なんで宮路は秋野に『氷の渚』って言われてんの?」


 なんの脈略も無い質問に、渚は呆気に取られた。崎本といると調子が狂ってしまう。渚は会話を終わらせることにした。


「さぁ? 本人に聞いてみたら? メッセージ送ったらすぐに教えてくれると思うけど」

「そ、そうだよな……」


 私も意地の悪いことをするなと思ったものの、崎本が携帯を取り出してメッセージを送ろうかどうしようかと悩んでいるところを見るのは悪くないと渚は思った。大事な親友を泣かせたのだ。このくらいの意地悪はご愛嬌だろう。

 そうこうしているうちに渚の家に着いた。渚は崎本に、ここまで送ってもらった礼を言って、晴菜には改めて泣かせたことへの謝罪文を送っておくようにと促しておいた。崎本はばつが悪そうにしていたが、満更でもないというように、「わかった」とだけ言って帰っていった。もしかしたら今日の電話はないかもしれない。それならそれで、やっておきたかった参考書の勉強を進めればいいかと、渚は玄関の扉を開けた。


「ただいまー」


 誰も居ない家に自分の帰宅を知らせる。気持ちとしては母に帰宅を知らせているのだが、毎回返事は無い。普通の家なら、「おかえり」と言ってもらえるのだろうか。「ご飯できてるよ」と、良い匂いと一緒に出迎えてくれるのだろうか。今は家に親がいないとか当たり前だしと慰められることは多くても、やはりそういうことを渚は望んでしまう。帰ってきたら冷蔵庫を開けて今日の夕飯の献立を考えるのが、渚にとっての当たり前だとしても。

 父は、母がいなくなってからは比較的早く帰ってくるようにはなった。だから夕飯は一緒にというのが暗黙の了解になっている。しかし最近の渚は上手く父と話せていない。これが思春期かと自分でも思うのだが、母のことを話したがらない父への不信感は、そう簡単に10代の心で割り切れるものではなかった。

 かと言ってよく聞く、感情に任せて怒鳴り散らすということも無意味だと渚はわかっていた。そんなことをしても母は帰ってこない。ただ黙々と食事を取り、一言二言やり取りをし、渚は自室に行って勉強する。食器洗いは父がやることになっているから、渚は食事の前にお風呂を済ませてしまう。食事の時以外、土日も顔を合わせないことは多い。


「今度の祭り、久しぶりに一緒に行かないか? もう夏休み入るだろ?」


 あり合わせで作った夕食を食べている時に、唐突に父がそう言った。母がいなくなってから一度も行っていなかった、いや、行けなかった地元のお祭りに行こうと言うのだ。

 最後に母とお祭りに行った時の記憶は、渚の中でもう朧気になっていた。当時母が行方不明になるとは露とも思っていなかったし、ずっとそばにいるものだと思っていたから、ただの日常でしかなかったのだ。

 渚が覚えているのは母が作ってくれた、母とお揃いの浴衣にたこ焼きを落として、浴衣をソースだらけにして大泣きをしたこと。父が泣きじゃくる渚を肩車して、花火を見せてくれたこと。音が無い記憶の中で、母が着ていた浴衣だけがはっきりと色を持っている。


「うん……。考えとく」

「そうか」


 現実を突きつけられてしまった気がして、渚にはそう答えるのが精一杯だった。

 自室に戻ってから、ガンガンと鳴る頭の中に、ぐちゃぐちゃと感情が暴れ出す。

 ――何で今? お母さんのことは忘れろってこと? お父さんはお母さんのことどうでもいいの? なんで平気でお祭りに行けるの? ろくに探しもしてないくせに。なんでお母さんはこんな人と結婚したの? お母さんは今どこにいるの? 何をしているの? そもそも生きてるの?

 気づけば渚は顔をぐしゃぐしゃにして泣いていた。声を押し殺して、唇を強く噛みしめて、ぐっと力を込めて握った手には爪が食い込む。ただ母に話を聞いてもらうこと、頭を撫でてもらうこと。当たり前に与えられるはずだった母の優しさを焦がれることは悪いことなのだろうか。普段冷静に取り繕っても、実際はあちこちに母の影を感じて渚の心臓は忙しなかった。そういう娘の気持ちに、どうして父は気づかないのか。いや、気づこうとしないのか。

 さっきからピロンと連続で音を出している携帯は、晴菜からのメッセージなのだろう。今の渚はそれどころじゃなかった。氷の渚なんて呼ばれていても、必死に感情を押し殺しているだけで、本当は……ほんとうは……。


「渚。四辻御堂(よつじみどう)へ行って。あなたを待ってる人がいる」

毎週月曜と金曜の22時頃、続きを更新予定です!

活動報告には質問箱を設置しておりますので、コメント欄にご質問やご感想やリクエストなど、お気軽にご活用ください。

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