修行⑦
前回のお話→水篝火の力を借りて、龍を出現させた渚。しかし龍の力を持っていると言われても、渚はそれを信じられずにいた。力についての話を、スオウとクロが渚に聞かせる。クロ曰く、スオウはかつて8本の尾を持っていたと言う。
「これクロ。それ以上は、しーだよ」
口に指を当ててクロを静かにさせようとしているスオウ。しかしクロは構わず喋り続けようとする。
「だって、師匠の力は! むぐっ」
スオウに頬を揉まれてその先を言えなくなってしまったクロは、顔をもちゃもちゃとされながらも案外嬉しそうだ。あまりにも微笑ましい光景に、渚もそれ以上を聞く気にはなれなかった。必要があれば、きっとスオウの方から話してくれるだろう。自分にも、簡単に踏み込まれたくない話題はある。渚は自分の好奇心をそっと宥めた。
今はそれよりも、龍のことや力のことをスオウから聞き出さなければならない。たとえスオウが8本の尾を持つ大妖怪かもしれなくて、しかし渚と会った時には尾なんて1本も見えなくて逆に不自然に見えた気がしたとしても、それを問いただすのは今ではない。
「スオウもクロ君も凄いのはわかったから。ねぇ、この子のことを教えて。どのくらい私に力があるの? お母さんやみんなを助けられる?」
イチャイチャしていた2人がスッと感情を収めて真剣な顔で渚と小さな龍を見る。渚は思わず1歩下がってしまった。
スオウは立ち上がると、渚の前にやって来て、そのまま龍に視線を落とす。改めて目の前にしたスオウはかなり背が高く、スオウをぐっと見上げた渚は初めて、少し怖いと思った。あくまでも、少し。
「龍は、アヤカシ界では最上位に位置するモノのひとつだ。神として扱う者もいる」
「え、じゃあ……」
「……あんたの力は、巫女様の力に匹敵しているかもしれん」
「嘘……巫女様って、あの巻物の?」
「まぁ、まだまだひよっこだけどな」
ツンとスオウにつつかれた龍が、頭をもたげて不満そうに睨む。この小さな龍が、自分の中に眠っていたとは未だ信じられない渚は、少し考えてからスオウにまた質問する。
「でも、私の家系なら普通にあり得るんじゃない? 巫女の子孫なんだし」
しかしスオウは、ゆっくりと首を横に振った。とても真剣な顔で。やはり、黙っていればかなり美形だ。いつものひょうきんさとのギャップも、それはそれでモテるのだろうが、渚にはまだその良さがピンと来なかった。
「巫女様の子孫でも、龍が現れたのは巫女様と、あんただけだ。澪さんですら、現れたのは龍ではなく白蛇だった。それだって凄いことだがな。大抵は小さな鳥や虫、4足の動物だったらしい」
スオウの話を聞きながら、渚はだんだんと体がだるくなっていっていることに気がついた。気がついてからは一気に体の力が抜け、立っているのもつらくなった。視界がぐらりと揺れ始める。
「ねぇ、なんか、すごく……からだが……」
渚はスオウの体に倒れ込むようにして、意識を手放した。
ハッと渚が目を覚ますと、どこかの部屋の布団で寝かされていた。ついこの前にもこのパターンがあったような気がして、渚は少し恥ずかしくなる。ぐっしょりと体が汗で濡れていて、とても嫌な夢を見た気がした。
渚は着替えを探して、部屋を見回して自分のリュックを探す。しかしどこにも置かれていないようだ。そして、自分が寝ているこの部屋は長老の部屋だということに気がついた。突然、誰かの気配を感じて体を起こすと、長老が1人で将棋を指していた。
「おう。起きたかい」
将棋を指しているということは、ずっとここにいたということだ。起きてから長老の気配を渚が感じるまで、時間がかかった。部屋を見回した時には気づかなかったのに。――いや、気配を感じさせられたというのが正しいのかもしれない。
アヤカシ界で長老と呼ばれている理由を、渚は僅かながら体感した。この人は、強い。
「……私、スオウと水篝火様に会って、それから……」
「スオウから聞いてるよ。龍を出したんだって? なんとも頼もしいねぇ。でも、強い力は時として脆い」
パチンと長老の指す将棋の駒の音が響く。それが渚には、叱る前の大人の気配に感じられた。怒るべきか、諭すべきか、悩んでいるような、そんな大人の気配。
「……えっと、どういう?」
「お嬢ちゃんの力は発現したばかり。しかし脆い体や精神に大きすぎる力が宿れば、宿主が壊れてしまう、ということじゃの」
「そんな……」
「なぁに、まだ澪さんたちとてやられはせん。こっちの強力なアヤカシがついとるからの。攻めることまではできんが、守るくらいの甲斐性はある奴らだ。安心して、体と心を力に慣らしたらいい。拾ってきた子犬を、懐かせるように」
「力を、懐かせる? でも自分の力なのに」
長老は将棋盤から顔を上げて、渚を見つめた。その視線はやはり諭すようでもあり、優しく語りかけるようでもあり、それでいて渚を見定めようとしているようでもあった。
「力というのは意思を持つ。主の言うことを聞かずに暴れて、力の限り破壊することだってできる。そうしない為には、主自身が強くなり、力を制御できなくてはならん。宮路家の者たちは知力も肉体も鍛える為に、厳しい修行に身を置いて、人間界とアヤカシ界の橋渡しという大役を何世紀にも渡って務めてきた。お嬢ちゃんのかあさんである、澪さんもな」
「私……何も知らなくて……そんな凄い修行、私にはとても……」
「なぁに心配する必要な無い。お前さんには恐ろしいほどの強力な助っ人がついとる」
「え、それってスオウのこと……?」
「あんなひよっこ、屁ほどの役にも立ちゃせんわ!」
カッカッカと大口を開けて笑う長老。スオウが聞いたら怒るだろうなと思った渚は、心の中でちょっと笑って、そのまま心の奥にそっとしまった。今の渚にとっては、大事な『先生』だからだ。
「ここで己の精神と肉体を鍛えて、相応の時期になればそれが誰かもわかるだろう。ちと捻くれもんだがな。まずは、己と向き合うんだ。それも、大事な修行のひとつ」
「……はい。わかりました」
「……また、一緒に将棋をやろう」
にっこり笑って、大きな手で渚の頭を撫でる長老。長老が本当に血の繋がった祖父だったら、きっと毎日が優しくて楽しくて、穏やかに過ごせたんだろうなと渚は想像して、また涙が出そうになってしまった。
1人で戻れるかと長老に聞かれ、迷子になりながら戻りますと、渚は答えた。それを聞いて、長老は楽しそうに笑っている。渚が長老の部屋の扉を閉めると、一際大きなパチンという音が聞こえた。王手だったのだろうか。一体何で、王を追い詰めたのだろう。
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