修行①
前回のお話→渚は長老との会話を通して、アヤカシたちには素直に感情を出せている自分に気がつく。それはアヤカシたちが自分を特別扱いしていないからだと気づいた渚は、逸る気持ちのまま、自身の力について学び始める。
渚からの、母の実家に行くという置き手紙を読んだ時、渚の父康太はこの世の終わりというくらい、顔を真っ青にした。渚の存在がどこから澪の親族に知られたのかと頭を巡らせても、その手紙からは何も読み取れなかった。それが余計に、康太には恐ろしく感じられた。
澪から全ての話を聞いた上で、康太は澪とお腹の子を守ると決めた。そして澪と話し合って、子どもには澪の実家のことや血のことは話さないことにした。この子は、普通の子どもとして大人になって、普通の幸せを歩んでもらいたいと、本気で思ってのことだった。
しかし今、その本人が自らの意思で宮路家の元へ行ってしまった。澪がいなくなってから混乱の中に生きてきた渚は、きっと自分のことを信頼してはいないだろうと思ってはいたが、まさか母親の実家を知られてしまうなんて、康太には正に晴天の霹靂だった。
澪がアヤカシの世界へ行くと決めた時、康太は初めこそ大反対した。しかし宮路家との約束がある。家族とは言え、覚悟と強い意志で決断した他者を縛れるほど、自分は偉いのかと思うと、最後には折れるしかなかった。澪は、「渚を巻き込まない為に、ちょっと行ってくるだけだから」と言って旅立った。あれから7年余り。母親とよく似た娘が、同じように決断したその行く末を、康太は見守るしかなかった。
渚の手紙を見つけた日、康太は仕事中何度も携帯を確認した。しかし渚からの連絡は昼を過ぎても入らない。思春期に入った娘に何度も連絡をするのも気が引けてしまうし、待つと決めた以上、自分の娘を信じるしかないとため息を吐く。それにしても、なぜ今なのかと、康太は回らない頭で悩み続けた。
夜になっても渚からの連絡は無かった。澪の実家で何かあったのか、それとも単に忘れられているだけなのか。同じように娘を持つ上司からは、「覚悟しておけ」と散々言われてきた康太は、覚悟なんて言葉だけでは、俺の心は落ち着いてくれなさそうだと、自嘲気味に幾度目かのため息を吐いた。
康太は重い体に鞭打って風呂に入り、リビングでひと息つくと、棚に飾られている3人で写った写真が目に入る。渚が小学校に入学した時の写真だ。写真が置いてある棚の引き出しから、澪から預かったペンダントを取り出し、写真立ての横に置く。薄いピンク色の勾玉が付いたそれは、お守りだと澪が昔言っていた。康太の目に、涙が溜まる。
『渚が大きくなっても私が帰らなかったら、渚に渡して。きっと渚を助けてくれる』と、澪は確信を持って言っていた。きっとこれも宮路家に伝わる何かしらの道具の1つなのだろう。康太が左手首に常に着けている、黒い数珠もそのうちの1つ。
「もっと早くに渡してやれば良かったよ。俺はいつも判断が遅くて。もっとしっかりしなくちゃな」
康太が力無く笑うと、どこからか、「貴方には感謝してるわ。今はあの子を信じて」と、澪の声が聞こえる。
「そうだな、渚は君に似て、とてもしっかり者で、強い子だから、きっと大丈夫だよな。最近は見た目も君そっくりになってきたんだ。なんとか会話しないとと思って、久しぶりに祭りに行かないかと誘ったんだが、やっぱり振られてしまったよ。子育てって難しいね」
写真に向かって報告を済ませると、康太は自分の顔を両の手でひと叩きした。今は2人が無事に帰ってきてくれることを願うほか無かった。
次の日の朝になっても、渚の姿は家に無く、連絡も入っていなかった。康太は学校に、「どうも良くない風邪を引いたようで、しばらく休ませます」と電話を入れた。康太は嘘が苦手だ。電話を切ってから、ふーっと額の冷や汗を拭く。
結局金曜日になっても、渚から連絡は入らなかった。4日も心配し通しでは、流石の康太も仕事に身が入らない。
「宮路、顔色悪いけど、大丈夫か?」
「あ、あぁ。大丈夫だ。すまない、すぐこれ終わらせるから」
「どうした? 風邪でも引いたか?」
「いや、ちょっとな」
「あれか? 娘さんのことか」
篠崎が同情するような、同志とでも言いたげに康太の顔を覗き込んできた。同期入社で同じ部署に配属されてから、なんだかんだで仲良くしてきた篠崎には、康太が隠し事などできるはずもない。観念したと言うように、康太はそれっぽく話を合わせる。
「まぁな。近頃難しくて」
「わかるぞ。うちも娘が最近やたらと反抗的でな。見た目も派手になってきてて、俺のことなんかまるで糞でも見るみたいによ……父親ってのはつらいな」
「お前のとこも大変そうだな」
「まぁなぁ。娘は嫁に似てるせいか、最近は嫁と娘が一緒になって……家に帰るのが憂鬱だよ」
「それは……なんて言うか、こう言ったら悪いが、悲惨だな」
「……いいや! その通りだ! 俺は一生懸命家族の為に頑張ってるのに、あまりにも悲惨! あまりにも無情! 宮路ぃ。今度飲みに行こうぜぇ」
今にも泣きそうな声を上げてしな垂れかかってくる篠崎をあやしながら、康太は考えた。もし、澪がいてくれたら、渚とももっとコミュニケーションを取れていたのだろうか。それとも篠崎のように、反抗期らしい反抗期に悩んでいたのだろうか。
渚はとても賢い子だが、澪がいなくなってからずっと心を閉ざしたままのような気がする。父親というのは、どんな案件よりも難しい仕事だよ、澪。本当のことを渚に言えば、きっとあの子は君を助けに行くと言うだろう。そうさせない為に沈黙を貫いてきたのに、一体どこから漏れたのか。
康太は鼻で大きく息を吐いて、尚も飲みに行こうとくっついてくる篠崎を引っぺがす。
「悪いな。今、娘は具合が悪くて学校休んでるんだ。早く帰って看病してやらなきゃ」
「ありゃ。それは大変だ。頑張れよ、お父さん」
けろっと篠崎がいつもの頼れる同僚モードに戻る。
「ありがとな」
「じゃあ残った仕事は俺に寄越せ」
「いや、それは悪いよ」
「いいんだよ。ここで恩を売っておけば、あとで飲みに付き合ってくれって堂々と言えるだろ?」
相変わらずちゃっかりしている同僚に、康太は思わず笑った。降参の印に両手を挙げる。
「わかったわかった。全部落ち着いたら付き合うから。すまないな」
「いいってことよ!」
颯爽と歩き去る篠崎の背中は、頼もしくもあり、寂しそうでもあった。家に居場所が無いというのは、やはりつらいのだろう。篠崎とは気も合うし、今度渚にも話してみんなで食事会のようなことをしたら、女の子同士気が合うかもしれない、と康太は思った。
毎日20時頃に最新話を更新できるようにがんばります!
活動報告には質問箱を設置しておりますので、コメント欄にご質問やご感想やリクエストなど、お気軽にご活用ください。




