アヤカシこぼれ話(1)
本編の流れには入れられなかったお話を、アヤカシこぼれ話としてちょいちょい公開していきます。
今回は、渚と長老が縁側で話すその前の夜に、渚が出会ったアヤカシとのお話。
「いきなり叫ぶんじゃねぇ! 心臓止まるかと思ったじゃねぇか!」
「ははは。元気はあるようで何より何より」
学校の存在を思い出して絶叫した渚。慌てふためく渚には、スオウと長老の言葉は届いていないらしい。渚は顔を青くしながら、カバンから携帯を取り出し、その画面を開いた。
「お願いお願いお願い……」
渚の懇願虚しく、アヤカシ界に人間界の電波は届いていなかった。画面の右上には圏外の文字が表示されている。
渚は諦めきれず、持っている連絡アプリを全て使ってメッセージを送ったり通話ボタンを押してみたりした。が、結果はどれも渚の願いを聞き入れてはくれなかった。
渚が半泣きの状態で携帯を見つめて呆然としていると、スオウがその画面を覗き込んでくる。
「ほぉ。これが人間たちの心を盗むって噂の、ケータイってやつか」
そのいつもの調子に、渚は少しイラっとした。
「心なんて盗まれないし、そもそもなんでここ圏外なの⁉︎ これじゃあ誰にも連絡できないじゃん!」
「ここは人間界とは少しずれた場所にある。だから人間界の電波は届かねぇ。それより、なんだかいろんな色の四角いマークが描いてあるな。それを押すとどうなるんだ?」
「もう! いい加減にして!」
「なんでぇその言い草は! おめぇがここに来たいって言ったんだろ!」
「私、ここに連れてこいなんて一言も言ってない!」
「よさねぇか手前ら!」
長老は決して怒鳴ってはいない。怒鳴ってはいなかったはずなのに、渚もスオウも息を呑み体を強張らせる。
「ったくしょうがねぇ奴らだな。もう今日は時間も遅いし、話は終いにして飯にするぞ」
「でも……」とは言わせてくれない雰囲気に、渚は押し黙るしかなかった。スオウも何も言わない。
「お嬢ちゃんも、わしらと一緒に食べるか?」
渚は一瞬悩んだ。言葉には無くとも、遠慮は要らないという長老の思いがちゃんと伝わってくる。渚はなんとなくの気まずさが勝ち、遠慮は要らないという言葉に甘えて、1人で食べたいと恐る恐る答えてみた。
「うん。それならクロに部屋まで案内させよう。アカノは残れ」
「へい……」
断ったからといって、特段がっかりしたり引き留めたりはされない。渚にとって、そのリアクションはある意味新鮮でもあった。
渚はクロに促されて、長老の部屋を出て、また長い廊下を歩いて行く。スオウのことが少し心配になった渚は、そっとクロに話しかけた。
「スオウ、大丈夫かな?」
「何がですか?」
「だって、おじい……長老さん、一瞬ちょっと怖かったし」
さすがにすぐすぐには、渚は初対面の人をおじいちゃんと呼べなかった。
「あぁ。あれはいつものことですし、長老は怒ったらもぉっと怖いですから、あれは怖いに入りませんよ」
「そ、そうなの? でも、スオウはなんか小さくなってたような」
「それもいつものことです。師匠にとっては一番怖い人ですから」
クロはどこか嬉しそうにそう言った。渚は、昔見たドラマで、孫がおじいちゃんにべったりのシーンがあったなと思い出した。クロにとっては、大好きなおじいちゃんで、パパを叱れる強いおじいちゃんでもある、ということなのかなと、渚はひとり納得しておいた。
クロが案内してくれた部屋は、さほど長老の部屋からは離れていない6畳の和室だった。すでに布団と食事が用意されていて、食事にはまだ湯気が立っている。いつこの部屋に戻ってくるかはわからないはずなのに、魔法みたいだと渚は思った。
「それじゃあ、ボクは師匠たちのところに戻ります」
「え、あ、そうなの?」
「はい。きっと今日はたくさんお酒も飲まれるでしょうし」
「あ、なるほど?」
「食べ終わったお皿は、廊下を向こうに歩いて突き当たりが台所なので、そこで洗っておいてください」
「うん、わかった。行けばわかるよね」
「はい。わからなくても、誰かしらいると思いますから」
「それじゃ」と言って、クロはスオウたちの部屋に戻っていく。渚は今日、初めて1人になって、ようやくひと心地が着いた気分になった。食事を前に腰を下ろしても、一向に食欲が湧いてこない。それよりも、布団を見たことで一気に眠気が襲ってきてしまった。
申し訳ないと思いつつも、どうしても胃がムカムカとして食事を食べられそうになかった渚は、お膳をそのまま台所に運んでいった。台所の前に着くと、何やらキャアキャアと賑やかな話し声が聞こえてくる。
口をきゅっと結んで、渚は思い切って台所の暖簾をくぐった。中にいた、3人の女性が一斉に渚の方を向く。渚は思わず、「あ……」と声を漏らしてしまった。3人の首が、180度、ぐるりと回って渚の方を向いたからだ。体はあちらを向いたままの3人と、ばっちりと目が合う。
「あ、あの……」
さすがの渚も叫びそうだった。昼間ならまだしも、夜の暗い中で目の当たりにした光景に、自分は本当にアヤカシの世界にいるのだと、渚は嫌でも実感させられてしまった。しかしそんな渚にはお構いなくといった様子で、3人は首はそのままに体をぐるりと渚に向かせて、「きゃー」とまた楽しそうに声を上げた。
「あんただね、今日来た人間の娘って」
「ヤだよぁこんなに若いなんて」
「スオウ様と一緒に来たんだって? 羨ましいねぇ」
やいのやいのと盛り上がる3人。渚はその3人のペースに完全に飲まれて、何も言えなくなっていた。3人は渚よりも少し年上に見える姉さんたちで、ピンク、黄色、水色の着物を着ている。困惑している渚を置いて、3人の姉さんたちのお喋りは止まらない。
「ヤだ。この子全然食べてないじゃない」
「ほんと! ハナさんの卵焼きは絶品なのに!」
「人間は全然食べないって聞くけど、ホントなのねぇ。だからこんなにほそっこいんだわ」
「あんたは食べ過ぎなんだよ」
「もちょっと痩せないと、また首が回らなくなるわよ!」
「うるさいなぁ。しょうがないでしょ、ご飯が美味しいんだから。それに、ろくろ首はちょっとぽっちゃりくらいが美人なんですぅ」
「ろ、ろくろ首、なんですか?」
渚が思わず口を挟む。3人は一瞬キョトンとして、ケラケラと楽しそうに笑った。
「なんだ、喋れるんじゃないか」
「あたしらはろくろ首の3姉妹。あたしがキヨ。桃色の着物がサヨで、黄色の着物がミヨ」と水色の着物のキヨが3人の名前を渚に紹介する。
「あんた顔色悪いけど、ちゃんと食べてんの?」とピンクの着物のサヨ。
「体調悪くてもバクバク食べれるのはあんたくらいだろ」と黄色の着物のミヨ。
「少しくらい食べないと勿体ないよ。卵焼きだけでも食べな」と水色の着物のキヨ。
渚は卵焼きを、キヨに口に突っ込まれるまま食べた。確かに卵焼きはとても美味しくて、元気な時ならこれだけでご飯のおかわりができただろうと渚は思った。しかし、今の渚の胃は悲しくもギブアップを表明した。
「ごめんなさい。ちょっと胃が……」
「あら、それは大変だ。お皿はいいから、もうお風呂入っちゃいな」と水色の着物のキヨ。目元にセクシーなほくろがある。
「勿体ないからこれ食べていい?」とピンクの着物のサヨ。口元に小さなほくろがある。
「あんた着替えは? 風呂の場所わかんの?」と黄色の着物のミヨ。右の頬に3つのほくろがある。
「わ、わかんないです……」
渚は圧倒されっぱなしだった。しかし、表情がころころと変わる3人の顔を見ながら、何かが違うとも思った。アヤカシたちとの会話と、父や先生たちやクラスメートとの会話とは、何かが違う。
それをうまく言葉にできない渚は、悶々と考えるうちにあれよあれよと黄色の着物のミヨに連れられて、着替えの甚兵衛を持たされ、服を引っぺがされ、誰もいないお風呂に放り込まれていた。ミヨ曰く、服は洗濯しておいてくれるらしい。
「そんなみすぼらしい格好でスオウ様の横歩くなんて、あたしなら恥ずかしくて耐えらんないよ!」
とミヨは渚の服を持って行ったが、その言い方に嫌味さは無い。ちょっと口が悪いだけで、実は面倒見がいいお姉ちゃんという感じだ。
お風呂でしっかり体を温めた渚が、渡された甚兵衛を着てみると、紫陽花柄の綺麗な物それは渚の体にピッタリと合った。思わず渚も、嬉しさで顔が綻ぶ。
なんとか台所までの道を思い出して戻ってみると、もうそこには誰もおらず、渚が残してしまった食事とお皿は綺麗に片付けられていた。渚は、心がうずうずとして顔を赤くする。自分の中に湧いた感情がなんなのかわからないまま、渚は布団の中に入った。
次から新章、修行編に入ります!
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