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アヤカシの世界へ⑦

前回のお話→昼頃にやっと目覚めた渚は、自身の携帯が繋がらないことにまた絶叫する。その声を聞いてスオウと長老が渚の元にやって来る。

「わからないってことは、そこに行くこと、つまり頑張ることがゴールになっちまってるんだなぁ。お嬢ちゃんはなんで頑張ろうと思ったんかねぇ」


 頑張ることがゴールになっている。長老の言葉が、渚の中にストンと落ちた。


「私は、お母さんに褒められたくて……あ、いや、その」


 ほとんど無意識に、渚はそう言っていた。なんて子どもっぽい理由だと、長老に笑われると思った渚は、慌てて言い訳を並べようとした。

 しかし仰ぎ見た長老の顔は実に真剣な表情で、渚のことを笑ってなどいなかった。渚は何も言わずに、開きかけた口を閉じた。


「子どもはみんな、かあさんに褒められたいものよ。お嬢ちゃんは小さい時から、かあさんがそばにいなかったから、きっとたくさん我慢して、たくさん頑張ってきたんだろう。そのうちに頑張ることが、手段ではなく目的になってしまった。ま、よくあることさ」

「そう……ですかね」

「おうともさ。あのアカノにだって、かあさんはいるしな」

「それは長ろ……」


 渚は、言いかけた言葉をそっとしまって、思い切って昨日練習した呼び名で長老を呼んでみた。


「お、お爺ちゃんにも、お母さんはいますよね?」

「そりゃあそうだ。みぃんな、かあさんの腹から生まれたんだからなぁ」


 長老の笑い声を聞いて、ぐしゃぐしゃとなっていた渚の頭の中が晴れていく。その時渚は、ここでは素直に言葉を出せる理由に気がついた。アヤカシたちは、人間の大人たちや友人たちとは違って、自分に変な気を遣っていないし、生温い期待もしていない。漂う空気に警戒も、詮索も、困惑も感じない。それが自分は心地良いと感じている。渚は久しぶりに、相手の顔をしっかりと認識して、話ができていたのだ。

 頑張るのは当たり前のことだ。他人に気を遣わせているのだから、頑張るのは当然の対価だ。誰かに褒められたいという気持ちは、一種の甘えで、弱いからそう思うのだ。自分の弱さをさらけ出すなど、あってはならない。渚の頭の中で、そう誰かが囁く。

 渚は今まで、その姿の見えない声をずっと聞いてきた。しかし今は、その声がどんどん小さくなって、長老の声が頭を満たす。自分の周りに漂う、今までとは違う空気が温かいと感じる。渚の口から、思いが零れていく。


「私が頑張っていたのは、お母さんに褒められたかったから。お母さんに、よく頑張ったねって、抱きしめてほしかったから」

「子どもはね、そうやって親から愛情を貰うのも、誰かに甘えて安心するのも、大事なことなんだ。それは決して、弱いからじゃあない」


 長老に自分の心の中を見透かされたような気持ちになった渚は、慌てて話題を変えようと試みた。流石に全てをさらけ出す勇気も、わがままさも渚には無かった。何より、恥ずかしさが勝った。


「い、今、私が頑張らなきゃいけないのは、お母さんを助けること。そうですよね、お爺ちゃん」

「うーん……ホントはこんなこと、お嬢ちゃんにやらせたくないんだがなぁ。子どもは子どもらしく、笑ってられるようにするのが大人の役目だっていうのに」

「いいんです。自分で決めたことだし、私、頑張ることは人一倍得意なので! それに、私だってもう大人です!」

「わっはっは。頼もしい頼もしい。大丈夫、お嬢ちゃんがそうして頑張ってきたことは、ちゃんと誰かが見てくれてる。安心して、色々なことに迷いなさい。回り道に見えることが、実は近道になっているのだから。さて、わしは薬草でも採りに行こうかのぉ。しっかりやれよ、アカノ」


 長老は渚の頭を包み込むようにそっと撫でてから、庭の向こうに消えて行った。後ろにいたスオウが、「だから今はスオウだって」と文句を言っている。


「スオウ! 早速勉強を始めよう!」


 あぐらをかいて、そっぽを向き、ぶつくさと文句を言っていたスオウは、突然の渚の宣言に面食らったような顔をした。しかし、すぐにいつもの顔でニヤリと笑う。


「あいわかった」

毎日20時頃に最新話を更新できるようにがんばります!

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