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アヤカシの世界へ④

前回のお話→スオウの家はとても広く、渚は1日では回りきることができなかった。最後に案内された部屋には、長老と呼ばれた老人が1人、詰め将棋をしていた。渚は老人に対局を申し込まれ、あっという間に王手を指された。

 あっという間に渚は負けたらしい。なんの手応えも無く負けてしまって、これで良かったのだろうかと渚は心配になったが、どうやらそれは杞憂だったらしい。長老は満足そうに煙管をふかし始めた。


「いやぁなかなか面白かった。お嬢ちゃんは筋がいいねぇ。誰かに教わったのかい?」

「えっと……父に、小さい時に少しだけ……」

「それはそれは。今度お父様とも1局手合わせ願いたいねぇ」

「長老。そろそろ本題を……」

「わかってるわかってる。アカノは相変わらず余裕の持ち方を知らんなぁ。それじゃあ早死にしちまうぞ」

「長老程の長生き狸、見たことないですよ」

「え? え?」

「この見てくれに騙されるなよ。長老は化け狸族の長であり、アヤカシ族の中で1番の年長者でもある。こう見えて千の歳は超えてるぞ」

「う、嘘……せん……? 狸?」

「もう歳なんて数えるのやめちまったよ。それにこの姿の方が人間の女の子にはモテるのよ」


 アヤカシの生きる時間は途方も無く長いのだと思った瞬間、社会で習った歴史のあれこれが渚の頭の中を駆けていった。長老は、日本を見てきた人なのだ。それだけ長く生きているならきっとなんでも知っているし、さっきの鳥居を作るのも訳ないことだろう。渚は、納得したような、まだ信じられないような不思議な気持ちのまま、2人が話しているのを聞いていた。

 きっとアヤカシ族全体にとっても、頼られる存在なのだ。そう、14歳の渚にも思わせるほどの貫禄と余裕は十分にある。少しも自分は動かずに、報告を聞くだけで的確な指示を出せる、頭の切れるリーダーという感じだ。

 長老のカッカッカと笑う声と、スオウの呆れてつくため息に、渚は思わず顔を綻ばせた。凜の家とは違って、肩の力が抜けるというか、ホッとするという感情が湧いてくる。これが友だちから聞いていた、『祖父母の家に遊びに来た時』のような安心感なのだろうか。凜の家では、ずっと肩に力が入っていて、気が休まる間も無くこちらに来てしまったことに渚は気づいた。

 クロが一心に将棋盤を見つめている。大正生まれと言うクロなら、将棋は身近なものだったに違いない。長老の局面を一生懸命見てふんふん言っているクロは、おじいちゃんに勝とうとする可愛い孫にしか見えなかった。それがまた、渚の緊張した肩をほぐしていった。


「長老! こっちは真剣なんですよ!?」


 スオウが珍しくムキになって長老に詰め寄っている。まるで親の手のひらの上で転がされている反抗期息子のようだ。


「わーってるよ。しかし、わしはお断りだね」


 きっぱりとした拒絶の声でさらりと長老が言う。渚は2人の会話に入るタイミングを、完全に失ってしまった。


「この大事な時に!」

「わしは師匠業は引退したんだ。嫌なこった」

「な……このジジ狸がぁ……」

「ふん。そもそもお前さんが連れてきたんだ。自分でなんとかしな。それになぁ……このお嬢さんにわしの手助けは要らんわ」


 渚をじっと見据えて、長老はそう言い切った。その目は渚を見ているようで、渚のもっと奥、もっと遠くを見ているようだった。しかし渚は不思議と怖いとは思わなかった。むしろその逆。とても優しい視線だった。


「そうだ。教えはせんが、代わりに良い物をくれてやろう。どれ、お嬢さんついておいで」


 言い返せずにがっくりと肩を落とすスオウと、詰め将棋を始めたクロを残して、長老は掛け軸の裏に隠された扉へと渚を呼び込んだ。

 扉の中にはぼんやりとロウソクの明かりに照らされた廊下が長く続いている。長老が歩く度に、着物の擦れる音が渚の耳に響く。その音と暗さに、不思議と怖さは感じなかった。


「さ、着いたぞ」


 長老が、木でできた引き戸を開けると、たくさんの本や骨董品のような物が置かれた薄暗い部屋が、渚の視界に広がっていく。雰囲気は四辻御堂にも似ている。


「お前さんにこれを渡そう。きっと役に立つ」


 長老は部屋の角に置かれた鏡台の引き出しから何かを取り出して渚に見せた。木で作られ、ロウソクの明かりに浮かび上がる艶めいた鏡台から長老が持ってきた手鏡は、裏に花のような彫刻がされた重みのある物だった。思わず彫刻の縁を指でなぞる。


「これには百合の花が彫られていて、ここだとわかりにくいかもしれんが、漆塗りでこしらえてある」

「こ、こんな立派な物、頂けません!」

「持つべき人の元にあるのが道具の幸せ。これはお前さんが持つべき物だ。いいね?」

「でも……」


 なんとか押し返そうとした渚を、長老はまた言葉を使わずに制した。渚は渋々、その手鏡を自分の胸に抱き寄せる。


「有難う、ございます」

「よしよし。これはね、お嬢ちゃんが本当に欲しいと思ったものを1度だけ届けてくれる鏡だ。ただし、鏡に映せる物だけだがね」

毎日20時頃に最新話を更新できるようにがんばります!

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